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研究備忘録:「日本人が忘れかけている闘魂とは何か?」
プロレスの「ヒール(悪役)」は観客から憎まれることが仕事である。しかし2025年1月5日、東京ドームで開催された「WRESTLE DYNASTY」にて、ケニー・オメガとのスペシャルシングルマッチで激闘を繰り広げ、日本のファン、そして全世界のファンの心をつかんだヒール外国人レスラーがいる。その名はゲイブ・キッド(本名:Gabriel Michael McMenamin)。彼が「週刊プロレス」増刊号(2025年1月9日発売)の表紙を飾った。
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1997年4月24日、イギリスのノッティンガム生まれ。11歳でレスリングを始め、2011年11月12日、わずか14歳でプロレスデビューを果たす。デビュー当初は年齢を隠すため、「キッド・デンジャー」という名前で覆面レスラーとして活動した。2019年6月29日、新日本プロレスのLA道場コーチである柴田勝頼と出会い、LA道場入りを表明。LA道場の若手育成システムを経て、2020年1月25日、新日本プロレスでデビュー。2023年6月4日、バレットクラブに加入しヒールターンを果たし、2024年5月にはSTRONG無差別級王座を獲得、単独王者としての地位を確立した。
昨年11月、大阪での衝撃的な事件が業界を揺るがした。アメリカのプロレス団体AEW副社長として挨拶に訪れたケニー・オメガに対し、バックステージでゲイブ・キッドが突如襲撃を仕掛けたのである。この事態を重く見た新日本プロレスリングの棚橋弘至社長は、ゲイブに厳重注意と罰金処分を科した。事件の背景には深い因縁があった。かつてヤングライオン時代、ゲイブはケニーと親交があった。しかし、ケニーの新日本プロレス退団とAEW移籍を「裏切り」と感じていたゲイブは、その怒りを爆発させたのである。
1.5東京ドームでの因縁の対決。ゲイブは、新日本プロレスの象徴である「ライオンマーク」と所属ユニット「WAR DOGS」のマークを右左に配置した特製スパッツを着用し、新日本プロレスへの忠誠を表明。この試合は新日本プロレス対AEWの一騎打ちの様相を呈し、ゲイブは試合中、ほぼ全ての掛け声を日本語で放つなど、その心意気で観客の心をつかんでいった。
13ヶ月ぶりの復帰戦となった日本でも超人気スターであるケニー・オメガとの一戦は、開始早々から場外戦へと発展。両者流血する中、ゲイブの日本語での気合いと共に繰り出される技の数々に、会場は徐々にゲイブコールで埋め尽くされていった。レフェリー不在の混乱の中、パイプ椅子での攻防、雪崩式ブレーンバスター、コブラツイスト、投げっぱなしジャーマンと、死闘は30分を超えて続いた。
最後はオメガの片翼の天使で決着したものの、ゲイブの闘争心と実力は、解説の棚橋社長を感動の涙に導いた。棚橋社長自身、新日本プロレスリングが目指すプロレス像をかけ、当時新日本プロレス最高峰IWGPヘビー級王者だったケニー・オメガにイデオロギー闘争を挑み、2019年1月4日に勝利した過去を持つ。試合後、ケニーは予想外のブーイングに戸惑いながらも、ゲイブを「特別な存在」と称賛した。
ヒールでありながら、観客の心をつかみ、日本語での気合いと新日本プロレスで学んだ技術、そして「闘魂」を魅せつけたゲイブ・キッド。その熱い闘いぶりは、新日本プロレスの新時代の幕開けを告げる歴史的な一戦となった。そして、イギリス生まれの悪役レスラー「ゲイブ・キッド」が、日本文化の根底にあるはずの「闘魂」とは何か?その問いを、今の日本社会の現状に諦めかけている私自身を含めた日本人に投げかけた試合時間31分55秒、彼の入場から退場までの42分だった。