【第一話】一泊2日の都内ホテルおこもり旅で浮世離れした私は、
「プリンスパークタワーホテルに
泊まって帰りたいな」
夏の太陽がガシガシ照りつける昼間、
私は、父と食事に来ている。
今日は、いや今日も寝不足でとても
体調が悪い。しかし、なんとか重い体を
動かし、父が手配したタクシーに乗って
ここ芝公園までやってきた。
父は3ヶ月先の朝昼夜すべての食事を
スマホのカレンダーに登録するぐらい
食べることが好きだ。
そしてこの日は、予約のとれない
日本料理「白川」の日だった。
1人5万円するとかでよほど期待していた。
私は芝公園7丁目でおもろしてもらった。
予約時間の3分前。焦っていた。お店が、
見当たらない。7丁目以降の番地を伝え忘れたのだ。
iPhoneで地図アプリを見ながら小走りで
店へ向かった。せっかくの優雅なタクシー
訪問のはずが、結局は慌しさに汗を流す。
しかしこれはよくあることだ。そういう時は
大抵、(まぁ心拍数が上がって少しはテンション
上げられるからいいか)と、自分を励ます
ようにしている。
50mほど走ったところでようやく
父の姿が見えた。機嫌が良さそうだ。
店に入り、エレベーターで2階にあがると
そこにはカウンター席が8席ほどの
こじんまりとした空間が広がった。
もうすでに私たち以外の席は埋まり、
雑談する声で賑わっている。
明るいお店で少し安心した。
たまに、こういうカウンター席の店では
お互い面と向かって座っているのが
気まずいのか、しんと静まり返る
ことがある。あれがどうにも苦痛なのだ。
その点ここは、少しうるさい気もしたが
無言よりは静かだった。神経があっちこっち
情報を拾わないので頭の中が穏やかなのだ。
まぁ完全に拾わないわけではないが。
気まずい空気の中に漂うよりはよかった。
私はこうして東京にくる父と
食事に出かけることがよくある。
食事の最中は最近ハンドメイドに
ハマっていることや弟や兄としたラインの
内容など、他愛もない話をした。
父はあまりネガティブなことを言わないし
とても優しいので2人でこうして
食事をとりながら話していると
つい楽しくなってしまう。
楽しくなってしまってもいいのだが。
テンションが上がるとあとあと一気に
疲れが来てやっかいなのだ。
側から見れば仲のいい親子だろう。
まぁ実際にもそうなのかもしれない。
現に、父は私をつい甘やかして
しまうようだ。
都内に住んでおきながらこの近くの
ホテルに泊まりたいとつぶやく私のため
即座に部屋を手配した。
もはやそんなことは私にとって
当たり前となっていた。
私は声にも表情にもあまり抑揚が
ないものの小さく「やったー」とつぶやいた。
もちろん、実際に泊まる気はなかったので
お泊まりセットなど持ち合わせていない。
だけど、ここは日本だ。コンビニに行けば
なんでもあるだろう。
私は小さなショルダーバッグ一つで
ホテルに一泊することを決めた。
時には、それも良いものだ。身軽。
宮崎出身だという料理長の懐石料理を
存分に味わった私たちは愛想のいい
女将さんと店主に挨拶をし、ホテルへ向かった。
時刻は午後2時を回った頃。
がんがん照りつける太陽の下
長袖のシャツで陽を避けいい気持ちのまま
歩いた。今日は痛くないサンダルだ。
お腹が苦しくならないワンピースに
日光から頭を守るためと、きまらない
髪の毛を隠すための麦わら素材の
キャスケットも手伝って暑さの割に
私の気持ちは穏やかだった。
いい選択をした。いつも服を決めるのに
時間がかかる方だが、最終的には
その日の状況に最適な服装を選ぶことが
できる。ナイスだ自分。
「芸能人が出入りするような裏口が
あんねん。そんなんめっちゃ知っとるねん」
父は自慢げにそう言ってお寺を抜けて
あっという間にホテルの裏側に着いた。
たしかに芸能人の1人や2人
いてもおかしくなさそうな
どことなく冷たい空気が漂っている。
「おーすごいな」
私はすでに高級感のある壁や照明に
心を躍らせた。
こういう煌びやかな場所はたまにくると
非日常感があってすごくいい。
迷路みたいな地下を潜り抜けて
エスカレーターで2階分上がるとようやく
ロビーらしき場所にたどり着いた。
その最中、父はずっと
「懐かしいー懐かしいー」と
昔よくここへ来たことを思い出していた。
ロビーは暗がりで、更に気持ちが良くなった。
飾られてある壁掛けやソファ、棚にある雑貨
その全てが細かく計算し尽くされ
配置されてあるような繊細な美を感じた。
(ばりおしゃれやん・・・わぁ・・わぁ)
私はまた静かに喜んだ。
けれど、体が疲れていたのでソファに
座りインスタ用に写真を撮った。
5分ほどするとチェックインの手続きを
済ませた父がこちらへやってきた。
スタッフのお姉さんは非常に愛想がよかった。
周りにいるスタッフさんも皆はっきりと
見なくてもなんとなくニコニコしてる
雰囲気が伝わってきていて、やっぱり
気分が良かった。
「これ、持って帰って」
さっきのお店でおみやげにもらった
ごはんだ。白ごはんの上に昆布とじゃこが
まぶしてある。これを家に帰ってから
食べるのが私は結構楽しみなのだが
父はもう満足したのか私に持たせた。
そしてあっさり帰っていった。
私はカードキーをかざして開いたドアを抜け
エレベーターに乗り込む。
スタッフのお姉さんにありがとうございますと
一声かけるとドアは閉まりみるみるうちに
19階へと上り詰めた。
都会のエレベーターは、速い。
フロアに出ると、これまた
しゃれた雰囲気で更に気持ちは盛り上がった。
暗がりでところどころ間接照明が
つけられた廊下を
(角部屋かな?角部屋かな?)
と、期待しつつ歩みを進めた。
1920。ここだ。
カチャッ
(うわ、ひろ。サイトで見てた部屋と
同じや。これこれ。)
ドアを開けるとすぐ目についたのが
壁一面の大きな窓ガラスだ。
19階なのでそれなりに高さはあるし
何しろ窓の範囲が広すぎる。
最高の見晴らしだった。
カーテンを開け、まずはあれを探した。
「ん?ないな・・・どこやー?
あった。うわ、ちか。」
こんな大きさで見たことないよって
ぐらい大きいの東京タワーが見えた。
なんだかんだ東京タワーを見ると
テンションのあがる上京人だ。
そして私はあちこち見回しては
写真を撮り満足げにベットに横たわった。
お風呂場もベッドの頭上にある壁掛けも
デスクチェアも何もかも私の好きな色や
デザインばかりで、最高としか言えないような
気分になった。
青。
水色。
このホテルのオーナーさんも
きっと好きなんだろうな、と思った。
趣味が合いそうだ。どんな人だろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
これから一泊2日の都内おこもり旅が
はじまる。このあとどんなに自分が
楽しむかも知らずこの時はまだ
体調の悪さにげんなりしていた。
続
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