適応障害の治療②診察
私が受けている適応障害の治療。
投薬とは別に、主治医の先生との診察で行われてきたやり取りをまとめたいと思います。
投薬編でも書きましたが、私は治療にあたってカウンセリングは受けていません。
先生から「受ける?」と聞かれたこともなければ、自分で希望したこともない。
ですが、体感的には先生との診察でのやり取りが、時にカウンセリングに近い役割を果たしてきたように感じます。
以下は、これまで2年ほど通院する中で行われたやり取りの中で、特に私の記憶に残り、且つ私の回復の礎になったと感じている内容です。
治療の家庭で医師と話す内容は本当に千差万別だと思うので、あくまで私の体験例です。
治療開始当初、うつ病スレスレの状況にあった私に、先生は会社をまず1ヶ月程度お休みしてゆっくりしてはどうかと言いました。
でも私は、どうしてもそれを受け入れられなかった。
先生は言葉を替えたり、様々な提案を織り混ぜて、お休みすることを薦めてくれましたが、「仕事は休みたくない」と譲らぬ私。
「では、お仕事しながら治療しましょう」と先生の方が折れることに。
その代わり、以下のことを約束させられました。
・もう無理だと思ったら、どこにも行かずにまずここへ来ること
・すぐに要休職の診断書を書く
・予約も電話もいらないから、とにかくここへ来ること
今振り返ると、衝動的な自傷や自死を警戒されていたのかもな、と思います。
日常生活は普通に送っているわりに、精神状態は滅茶苦茶でしたから。。。
仕事は休まないと決意したものの、会社へ行くのがしんどい日々が続きました。
背中の痛みや息苦しさが酷くて仕事にならずお手洗いに籠ったり、会議中に予兆もなく腹痛が起きてやはりお手洗いに駆け込んだり、ということも頻繁にありました。
仕事は休みたくないけど体調的に辛い…と、診察で支離滅裂な弱音を吐く私に、先生は毎回次のような言葉をかけてくれました。
・毎日出勤して帰ってきただけで合格点にすること
・出勤簿にマルをつけるためだけに行ってるくらいの感覚でもいい
今思えば、そこまで辛いなら一度休めって感じですし、給与泥棒感も否めないレベルですけれども…
先生がもうお休みを薦めず、仕事は休まないと決めた私に寄り添って言葉をかけてくれたことは、とてもありがたかったです。
治療開始から半年くらい、最も苦しかった時期は「出勤して帰ってくれば合格点」と、ただそれだけを考えて過ごしていたかもしれません。
最も苦しかった時期を越えた2019年春以降、状態は少しずつ良くなっていきました。
具体的には、薬の効果で睡眠が安定していくにつれ、背中の痛みや息苦しさといった身体症状が本当に少しずつ軽減していきました。
だけどまだまだ安定せず、急に調子を崩すのがお約束の展開。
すっごく調子のよかった翌週には、眠れない、集中できない、苦しい、死にたい、みたいなことが起きたりしました。
週1回の診察で状況を話すと、先生はこう言うのでした。
・調子に波があるのは、病気でもそうでなくても同じ
・季節の変わり目、変化の大きい時期など、誰もが調子を崩しやすい頃合いがある
・きちんと薬を飲んで、いつもと同じを心がけていれば大丈夫
調子を崩して不安感が異様に増した時、薬を飲んでも全然眠れない夜は、やはり先生から言われた↑の言葉達を繰り返し自分に言い聞かせて過ごしました。
それから更に1年8ヶ月ほどかけて、調子の良い期間/悪い期間が交互に訪れながらも、ゆっくりゆっくり調子が上向いていき、今に至っています。
今はあまり目立った症状はありません。
しぶとく残るのは、不眠症状くらいでしょうか。
それでもほとんどの日は、薬を飲んでいればよく眠れる感じです。
ここまでを振り返って…私にとって主治医の先生の言葉は御守りのような存在でした。
無理をしないためのブレーキ、必要以上に不安にならないための安心材料。
薬と同じくらい、私の回復過程を支えてくれるものと感じています。