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訪日外国人と接する食・宿・旅のプロ3人が、今のインバウンド景気について本音を語る

2024年、インバウンド需要によって外国人で賑わう日本の各都市。今回は「インバウンド景気の現状」について、訪日外国人と接する機会の多い国内事業者に、リアルな実情を聞いてみた。本音をぶつけてくれたのは、外国人旅行者から好評を得ている「飲食店」「ホテル」「旅行会社」で働く3人のプロたちだ――。

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2023年4月29日に日本政府は、新型コロナウイルスに関する水際措置を終了させた。そこに円安が重なり、2024年の訪日外国人数が前年よりも増加している。

日本政府観光局(JNTO)によると、直近の2024年の訪日外国人数(推計値)は、3月は308万1600人、4月は304万2900人と2ヶ月連続で300万人の大台を突破。3月に関しては、単月では過去最高値を更新した。

出典:日本政府観光局(JNTO)

上図のオレンジの折れ線グラフが2024年で、グレーが2019年。1月はほぼ同じ数値だが、2月以降すべての月で2024年が上回っている。年間3000万人が射程圏内に入ってきたどころか、過去最高を記録した2019年の3188万人を超える可能性だってありうる。

数字が表している通り、今や日本中どこに行っても、外国人旅行者を見ない日はない。一見どこも潤っているように見える。でも実際、日本国内の事業者は、このインバウンド景気をどう捉えているのか。生の声を聞いてみた。

日本に移住して飲食店を営むチチョーネ・ロレンツォさん

まず最初に登場いただくのは、福岡市・天神のリゾットボール専門店「もしもしSupplì(スップリ)」の店主、チチョーネ・ロレンツォさん。

福岡在住歴7年のチチョーネ・ロレンツォさん

店名にもなっている「Supplì(スップリ)」とは、イタリアで有名なリゾットボールのこと。中にモッツァレラチーズたっぷりのリゾットが詰められている。

日本人はもちろん、外国人旅行者や在住外国人に人気のお店。一度食べに来たお客様の紹介やGoogleの口コミを見て、新規で来られる方も多いという。

店舗入り口から

※現在、リノベーションのため臨時休業中。2024年8〜9月にリニューアルオープン予定。オープン日程はInstagramで更新されるとのこと
▶️もしもしSupplìのInstagram

筆者も二度訪れており、看板メニューのスップリにどハマりした。なにより、ロレンツォさんの陽気な性格と笑顔に、みんな癒されに来るのだろうと思った。

二つに割るとモッツァレラチーズが糸を引くように伸びる

ロレンツォさんはイタリア・ローマ出身。2013年に初めて日本の地に降り立った。日本に来るきっかけは、アニメ「ドラゴンボール」だった。

「子供の頃、ドラゴンボールばかり観ていました。そうした中で『このアニメが作れた国、日本とはどういった国なんだろう』と思うようになりました。たとえば、街の雰囲気・文化・住んでいる人がすごく気になり、2013年に来日しました。実際来てみたら、アニメ通りの街並みで興奮しましたね(笑)」

来日時点では日本語がまったくできず、1年半ほど日本語学校に通い、日本語を習得したという。そのとき大学からインターシップで日本語を教えにきていた日本人女性と結婚し、日本に住み続けることを決めたとのこと。そして2021年に、待望の第一子が産まれた。

「来日したときは日本に住み続けるとは思っていませんでした。実際、住んでみると結構イタリアと似ているポイントが多いんです。ディナーのとき長めの時間を取ってお喋りしたり、お酒を飲みながら話す内容も同じ。もちろんイタリア人も日本人と同じく、美味しい料理は大好きですよ! ちなみに福岡はイタリアでいうとフィレンツェですね! コンパクトシティなところが似ています」

日本での職をどうするか考えたロレンツォさんは、イタリアでピザシェフの免許を取得するなど2年間の準備期間を経て、福岡市にイタリアローカルフード店をオープンさせた。では外国人店主の目線で、現在のインバウンド景気をどう見ているのか語ってもらった。

「私の店のお客様の割合は、外国人旅行者と国内在住者、半々くらいです。私は日本が潤うのでインバウンドは良いと思っています。なので、みんなが福岡をもっと楽しんでもらえるように私の店では、外国人旅行者と日本人がふれあえるイベントを開催しています」

お店で開催されたイベントでの一コマ。外国人と日本人の交流の場になっている

ロレンツォさんのお店では、外国人×日本人だけではなく、LGBTQパーティーも開催。近年、日本でも声が上がりだしている「多様性のある文化」を応援したいと話した。

次に、今後より活況になると期待されているインバウンド需要に備え、今の日本に何が必要になってくるか尋ねると、もっと堂々と英語を話す人が増えてほしいと話した。

「イタリア語と日本語はまったく違うので勉強は簡単じゃありませんでした。同じように英語と日本語もまったく違うので難しいのはとても分かります。けど、間違いを気にせずにどんどん話してみることが重要です」

最近では英語対応のできる飲食店スタッフも増えたが、まだまだ消極的な日本の英語教育。文法を間違ってもいいから、とりあえず自信を持って声に出すことが、外国人との交流のキーになると話す。

最後に日本が、もっとこうなればいいなという思いを伝えてくれた。

「同性カップルの権利や、二重国籍を認める法律を整備してほしいですね。あとは外国人の名前だったら賃貸の初期費用が高くなったり、そもそも契約できなかったり……。これらがもっとよくなると外国人が、より日本という国に親しみを持ち、もっと来やすい国になると思っています」

お店では頭にイタリア国旗カラーのペイントをして出迎える日も

全国を飛び回った元ホテルマン・山津幸基さん

二番目に登場いただくのは、2つの大手ホテルグループで、支配人として全国各地で勤務経験を持つ山津 幸基やまつ こうきさん。

ホテルマン歴20年の山津 幸基さん

東京、神奈川、大阪、兵庫、長崎、福岡といった訪日外国人に人気の都市でホテルマンとして働いた山津さん。今回は長い経歴の中で感じたインバウンド需要の移り変わりについて話を聞いた。

初めに山津さんの入社当時、約20年前の訪日外国人の様相について語ってくれた。

「その当時の訪日外国人旅行者は、いわゆるゴールデンルートを周る方が多かったです。成田空港に着いて、東京〜箱根〜富士山〜名古屋〜京都〜大阪を巡り、関西国際空港から帰宅するというルートですね」

その後、インバウンド景気のきっかけとなったのは、日本が中国に対して実施した「ビザ発給要件の緩和」だと話した。

ビザ発給要件の緩和とは、「発給要件の一部の緩和」「必要書類の簡素化」「有効期間であれば何度でも入国できる数次ビザの発給」「ビザ免除」が適用されること。国単位での緩和が基本だが、旅行者個人が必要な経済力を有しているか見られるケースもある。

「2009年あたりから中国からのお客様が増えました。あの当時、『爆買い』って言葉が流行りましたよね。あの現象は、中国に対して、2009年より前は団体観光ビザのみ発給していたのが、2009年に十分な経済力を有する人だけに『個人観光ビザ』が発給されるようになったため起こったものです。ようするに中国のお金持ちが日本へ来やすくなったんですね」

その後、2012年からアベノミクスの政策の一つ「ビザ発給要件の緩和措置」が実施された。その結果、ASEAN(東南アジア諸国連合)の国々を中心に緩和対象の国が増えていった。

「ほんと毎年すごい勢いで外国からのお客様が増えていきました。ビザ緩和の狙いは東京オリンピックのある2020年に向けて、訪日外国人旅行者数・年間2000万人を目標にしていたからです」

アベノミクス最大の成果と言われるだけあって、2016年に2404万人を呼び込み、その目標はあっさりクリアされた。観光産業の可能性を感じた政府は、2016年3月に2000万人から4000万人に目標値を上方修正した。しかし、コロナウイルスの蔓延で東京オリンピックは1年延期され、混沌とした時代に突入することとなった。

「実は観光業界全体が落ち込んだのはコロナ禍のときだけではありません。私が入社してから、リーマンショック、東日本大震災でも大打撃を受けました。なにか災害や不況になると、みなさん一番先に削るのが『旅行』です。ですので、観光に携わる者は何年かに一回、大きく沈むことを覚悟しなければいけません。でもコロナ騒動のときが一番キツかったですね。あのときは出勤日数や給料を減らされたり、リストラもありましたから」

出典:経済産業省

上のグラフを見ると、国内初のコロナウイルス感染者が確認された2020年1月から観光業全体の指数が急降下している。その後、「Go Toトラベルキャンペーン」の実施で回復を見せたが、第3波の感染拡大によって、またも低下。第3波以降は緩やかに回復していった。

その後、2022年10月に全国旅行支援が実施されたことや、2023年4月に新型コロナウイルスに関する水際措置を終了させたことにより、ようやく国内外の観光客の移動が活発になりだした。

ではなぜ、外国人はわざわざ極東の日本まで足を運ぶのか?
ホテルマンの視点から見た理由を説明してもらった。

「海外の方が日本に来られる理由はさまざまあると思います。私が感じるのは、日本は清潔で綺麗であること、安全であること、そしてホスピタリティが高いことが人気の理由と考えます。特に人当たりの良さは世界トップレベルだと思います。実際に海外に行ってみるとよく分かりますが、ホテルはもちろんのこと、コンビニやスーパーの店員さんまで日本の接客は群を抜いてレベルが高いです」

実際に海外に行ってみると日本との接客レベルの差がわかる。日本人は、心の底から「はるばる遠いところまで、ようこそおいでくださいました」といった「もてなしの精神」を大切にするという。

「私が働いていたホテルでは、急に雨が降ってきて濡れたお客様にタオルを差し出したり。チェックインするとき、ペンを握る手が寒くて震えていたら、温かいおしぼりを渡したり。周辺のおすすめ飲食店を尋ねられたら、その方の好みをちゃんと聞いてから店舗を伝えたりしていました」

このような日本の「一歩踏み込んだサービス」を求めて来られる海外からのゲストは多かったと話す。

だけど今後、サービスを充実させるだけで良いのか?
もしコロナのような感染症がまた流行したらどうするのか?
将来に対する疑問が次々と頭に浮かんできた。

「もちろん、ホテル業界は今回のコロナ騒動でいろいろ学びました。コロナ禍以前にインバンドに特化していたホテルは大打撃を受けて、業態変換を余儀なくされたケースも散見されました。やはり特定のセグメントに偏った営業は、非常にリスクが高くなることを痛感しました。常に時代の変化に柔軟に対応しつつ、さまざまなセグメントをバランスよく獲得していくことが重要であると考えます」

セグメントとは、居住地域、国籍、性別、年齢、収入、ライフスタイルなどの切り口からまとめたグループのこと。

そうは言っても国内だけでは手薄。今後、人口減少が進む日本において生き残っていくためには、より一層インバウンドを獲得していく必要があることは変わらない。最近ではSNSを上手く活用し、ホテル自身が情報発信をしたり、インフルエンサーを招待し、レビューをしてもらうなど営業方法も様変わりしているという。

「宿泊業は日本の数少ない成長産業だと思うんですよ。それもまだ成長過程にいるので、今後より良い未来になることを願っています」

訪日外国人を導く旅行コーディネーター・雨池 さやかさん

最後に登場いただくのは、北海道の旅行会社で多くのインバウンド向けツアーを企画してきた、旅行コーディネーターの雨池あまいけ さやかさん。Zoomで応じていただいた。

旅行コーディネーター歴7年の雨池 さやかさん

北海道の魅力を伝えたいと、今まで多くの訪日外国人向けツアーを企画し、実施してきた雨池さん。今回は日々、接するインバウンド旅行者のじかの需要(求めているもの)について、旅行会社の視点で話してもらった。

初めに簡単な経歴と、なぜ旅行会社に入社したのかを尋ねると、北海道の魅力が海外にうまく伝わっていないという実情が返ってきた。

「私は北海道北見市出身です。札幌周辺の大学を卒業後、まずは印刷会社に就職しました。そこで北海道の企業の販促に携わっていくうちに、北海道の情報発信力の弱さや、素材の編集力の弱さに気がつきました。素材はいいのに力が弱いんです。それならと商品を作ることができる旅行会社に転職しました」

道内外問わず旅行が趣味。特にトレイルが好きとのこと

豊かな自然に囲まれている北海道。昔から国内外問わず観光客は多いイメージだが、昨今のインバウド需要の加速と円安が重なり、道内の状況が少し変わりつつあるという。

「弊社は英語での会話が可能な方が、メインのお客様です。ただ、北海道自体は韓国、中国、台湾から来られる旅行者もすごく多いんです。そんな中、近ごろは新たな客層が増えてきていますね。たとえば、団体旅行が苦手な旅慣れた方や、日本のゴールデンルートを訪れた経験のある訪日リピーターの方などです。彼らは団体の募集型ツアーには参加したくないけど、どうやって宿や交通機関、アクティビティの手配をすればいいのかわからない。そういった方向けに、弊社ではカスタマイズツアーを提供しています」

海外のお客様の知床のツアーに添乗した際の写真

観光庁が発表した2023年の訪日外国人消費額は、2019年と比べて10.2%増の5兆3,065億円と過去最高を記録した。2014年に2兆円超えをしたときも驚いたが、2023年は初の5兆円超えである。

訪日外国人消費額とは、訪日外国人が日本滞在中に使った旅行消費額のこと。

消費額出身国別でわけると、台湾がトップで、次いで中国、韓国、米国、香港と続く。北海道もほぼ順位は変わらないと雨池さんは話す。

出典:観光庁、北海道運輸局

だが、インバウンド顧客が増えていくにつれ、現場の対応に困難が生じているケースもある、と雨池さんは話す。そのうちの一つの例として、多様性への対応について示した。

「宗教や信条の多様化にともない、食の趣向も多様になってきています。たとえば、日本ではヴィーガン、ベジタリアン食を提供している飲食店はまだまだ少ないです。特に地方に行けば行くほど。現状そういったお客様には、ビュッフェ形式のお食事を提供するしかありません。日本がもっとインバウンドを伸ばしたいなら、さらに深い多様性を受け入れる意識と改善が必要になってくると考えています」

日本食を食べることも海外からの顧客にとっては一つの体験である

中には科学調味料が入っている食事がNGというお客様もいるほど、食文化の違いは大きいと話す。

「それと観光業全体の料金が安すぎること。外国からの旅行者にとって円安は魅力的だと思います。けど、北海道ではニセコなど一部を除いて、アクティビティや飲食店の料金設定が安すぎる傾向にあります。しかも円安の中でも、日本の物価は上がり続けています。ですから、できるだけ全体の料金設定を上げていけば、おもてなしの気持ちがより増すのではないでしょうか」

最後の質問として、わざわざ極東にある日本、その中でも一番北にある北海道を、外国人が何を目的に選んでいるのかを尋ねてみた。

「さまざまな目的があります。やはり一番多いのは『海産物やラーメンなど北海道グルメを食べたい』ですね。その次に『自然や野生動物を見たい』が続きます。自然といえば、数年前から上質のパウダースノーを求めて外国人スキーヤーがニセコなどを訪れていますね。野生動物はヒグマやタンチョウ、シャチが人気です」

北海道の湖でタンチョウと触れ合う旅行者

「あと変わった理由に、黒澤明監督の作品を観て来たと言われることもたまにあります! やはり映画やアニメの影響は大きいですね。特にアニメファンは熱狂的で日本語もアニメで覚えてきます」

北海道の魅力を存分に語ってくれた雨池さん。最後に彼女は「この魅力的な素材を、どう海外に伝えていくかが私の使命です」と力強く答えてくれた。

編集後記

日本の観光産業が順調に伸びている昨今の状況を見て、私はもう安泰なのかと考えていた。

しかし今回の取材で、観光産業は今もなお成長過程であることを知った。それも今後、押し寄せる少子高齢化や災害にも対応していかなければいけない。

観光業はなんて辛い仕事なんだ、と一瞬だけ思ったが、でも根本にあるのは「旅行が好きな人たちの手助け」だ。そして、旅好きが世界中からいなくならないかぎり、産業自体は衰退しないだろう。

これから先、まぎれもなく日本の観光業を支えていくのは私たち日本人。今のインバウンド景気を活かすも殺すも私たち次第だ。だからこそ今のうちに、準備すべきことをみんなで共有しなければいけないと意識させられた取材だった。

追伸

最後にチチョーネ・ロレンツォさんに再登場いただいた。

ず〜っと昔から気になっていることがあった……。

私が大好きなサイゼリアのティラミスをイタリア人が食べたら、どんな反応をするのか......。

早速、食べていただいた。

「ん〜〜……」

「ボォーーノッ!!」

っしゃーー!!!!

■チチョーネ・ロレンツォさんの店舗情報
・名称:もしもしSupplì(スップリ)
・住所: 福岡市中央区大名1-3-5 ARK CUBEⅡ 102
・営業時間:未定
・定休日:未定
・アクセス:地下鉄七隈線 赤坂駅より徒歩8分
・駐車場:なし(近隣にコインパーキングあり)
・Instagram:https://www.instagram.com/moshimoshisuppli/
※現在、リノベーションのため臨時休業中。2024年8〜9月にリニューアルオープン予定。オープン日程はInstagramで更新されるとのこと

取材・文・撮影: Evan Lee

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