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Camden 500というマイクプリの話

みなさんマイクプリは好きですか?
自分はマイクプリのスペックをおかずに白飯食べれるくらいには大好きで、オーディオインターフェイスに内蔵されているもの、ミキサー内蔵のもの、単体のもの、どれも使っています。

オーディオインターフェイスに内蔵されているものはだいたいクリーン系のものが多いですね。ミキサー内蔵のものだとEQやコンプが付いていて使い勝手が良いです。

また、単体ですと好みに合わせてキャラクターを選べるのが良いです。Neve系、API系、その他Retro InstrumentsやShadow Hillsなどの個性系などと、いろいろなタイプがあって面白いです。
そのなかでもクリーン系と呼ばれるマイクプリはGrace DesginやMillenniaが代表格でしょうか。

今回紹介するのはそのクリーン系ラインナップのひとつ、Cranborne AudioのCamdenシリーズについて。発表されたのは2018年と結構前ですが、この辺はラインナップの入れ替わりがあまりないのでまだまだ新顔というところでしょうか。

Cranborne Audioは2017年にミキサーでも有名なSoundCraftのアルムナイを中心としたスタッフで設立されたまだ若い会社で、所在地であるロンドン郊外の通りの名前(Cranborne Rd)を冠しています。
今回紹介しているマイクプリアンプのCamdenシリーズのほか、API 500シャーシである500 R8、500 ADAT、それにLANケーブルを利用したC.A.S.T.という伝送システムを中心とした製品群、そして最新のハーモニックEQであるCarnabyシリーズを展開しています。

さて、このCamdenシリーズにはMojo機能というちょっとしたサチュレーションをかけられるダイヤルがついているため、厳密にいうとクリーン系という扱いからは外れるのかもしれませんが、でもこれを使わないとたいそうクリーンなんです。

ということでGrace Designのm501とMillenniaのHV-35、そしてこのCranborne AudioのCamden 500のスペックを比較してレビューしてみましょう。

仕様比較

以下に自分がマイクプリを見るうえで重視している仕様を列挙して3機種の比較を行いました。

EIN

クリーン系のスペックの中でもダイナミックマイクを利用する時にめちゃめちゃ重視すべきがこのEIN。ダイナミックマイクはエレキギターを録る時にアンプの前に立てたりドラムを録る時のメインで利用するなどありますが、ボーカルを録る際にどれくらいクリーンなゲインを稼げるかがこのEINのスペックに反映されます。もともと単体マイクプリはそんなにこのEINのスペックが良いものってそれほどありません。-125dBu以下であれば良いほう。ShureのSM7Bなどの低感度ダイナミックマイクを使う場合は特にこのスペックは気にしてください。なんかノイジーだなっていう場合はこのスペックがあまり良くないかも。クリーン系を謳うマイクプリでもこのEINの数値が良くないものがあります。求めるクリーン系が低ノイズでもある場合は注意しましょう。

では比較を:
m501: <-130dB(50Ω source), <-128dB (150 ohm source), <-124dB(600Ω source) INPUT @60dB Gain 22Hz-22kHz BW)
HV-35: -130 dB EIN (60 dBu Gain, 10 Hz - 30 kHz, Inputs common)
Camden 500: <-129.5dBu (150 ohm source, unweighted), <-131dBu (150 ohm source, A-weighted), <-135.5dBu (Inputs common, unweighted)

ちょっと比較が面倒ですね。HV-35は測定条件がInputs commonとありますが、これは見かけ上の数値が一番良くなるやつで入力端子をショートさせて計測するパターンです。一般的なマイクと同様の負荷である150オームで測定して欲しいところ。ちなみにCamden500はInputs common, unweightedの条件だと<-135.5dBuでぶっちぎり性能です。m501も性能いいですね。

Frequency Response

どの周波数帯でどのくらいフラットに増幅できるかを表すのがこのFrequency Response。

m501:
Mic input @ 40dBm Gain -3dB: 3.8Hz-288kHz
Mic input @ 40dBm Gain -0.5dB: 8.35Hz-135kHz
Hi-Z input @ 20dB Gain -3dB: 1.7Hz-180kHz
Hi-Z input @ 20dB Gain -0.5dB: 4Hz-72kHz
HV-35: < 10 Hz to  > 200 kHz, typical -1.0 dB @ 10 Hz, typical  -1.5 dB @ 200 kHz
Camden 500: ±0.25dB (<5 Hz to >200 kHz, 35dB gain), <±1dB (<5 Hz to >200 kHz, max gain)

m501とHV-35ではマイナス方向のみですがCamden 500ではプラマイの表記となっています。ただグラフを見る限りではCamden 500はかなりフラット。

THD+N

どれくらい歪みないかを表すのがTHD+N

m501: <0.00085% @ 20dB Gain +20dBu out, <0.0010% @ 40dB Gain +20dBu out, <0.0050% @ 60dB Gain +20dBu out
HV-35: < .003%, Typical < .001% (35 dB Gain, 10 Hz - 20 kHz bandwidth, +24 dBu Out)
Camden 500: <0.0004% (1kHz, 35dB gain, 24dBu out)

耐歪み性能も上々ですね。

Maximum Gain

どのくらい増幅できますかという指標です。

m501: Mic = 65dB, Hi-Z = 45dB (Output trim control 0 to +10dB)
HV-35: 60 dB (70 dB in Ribbon Mode)
Camden 500: Mic = 68dB, Line = 60dB, Hi-Z = 63dB

m501とHV-35はリボンマイクモードが付いていて70dB以上となっています。

Max Output Level

どのくらいでかい音出せますかというスペック。

m501: 27dBu (100k Ohm load, 0.1% THD , 1kHz, API Lunchbox)
HV-35: 1 kHz @ 35dB of gain, THD+N is: < 0.001% at +26dBu output, < 0.05% @ +28 dBu output.
Camden 500: 27.5dBu (<0.002% THD, 30dB gain)

ここは3機種とも27dBuくらいと優秀。オーディオインターフェイスだったらMax Input Levelは必須でチェックしますが、単品マイクプリであればだいたいそれなりのヘッドルームが確保されているので大丈夫かなと。

CMRR

Common Mode Rejection Ratioの略です。日本語で言うと同相信号除去比。バランス入力した場合にノイズをどれだけ効果的に除去できるかを示します。よくバランス伝送の説明で2つの信号のうち片方をひっくり返して足し合わせることでノイズを除去しますって書いてありますが、そのノイズの除去性能を示すのがこれ。

m501: >55dB @100Hz, >75dB@1kHz, >65dB@10kHz
HV-35: > 65 dB, Typ > 85 dB (35 dB Gain, 10 Hz - 20 kHz bandwidth, 100 mV C.M.)
Camden 500: >70dB, typ >85dB (35dB gain, 10-20kHz, 100mV Common mode)

HV35とCamden500が良くてm501がそれらの次点となっています

IMD

Intermodulation Distortionの略で非線形歪みがどれくらい発生するかの仕様です。

m501: SMPTE/DIN 4:1 7kHz/50Hz<0.0020 @ 40dB Gain +20dBu out
HV-35: < .0006% +12 dBu Out, < .001% +20 dBu Out (50 Hz & 7 kHz, 35 dB Gain)
Camden 500: <0.0008%, 50Hz and 7kHz, 35dB gain, 20dBu out <0.0006%, 50Hz and 7kHz, 35dB gain, 15dBu out

これも結構Camden 500の性能が良いですね。

Phase Shift

オーディオ信号がマイクプリを通過する際に、その信号の異なる周波数成分が異なる速度で伝達されてしまうかどうかを示す仕様。

m501: <10, 50Hz-25kHz @40dB Gain
HV-35: < 2 degrees deviation @35 dB Gain, 50 Hz - 20 kHz bandwidth, +27 dBu Out
Camden 500: <2.25°, 40dB gain, 20Hz to 20kHz <4°, Max gain, 20Hz to 20kHz

Camden 500は57.5dBまでは2.25°までの範囲内です。46.5dBまでは2°以内。Maxゲインだとやはり低域側が4°にはなるものの、それでも60Hzでは2°に収まっていて優秀な値です。

まとめ

仕様の比較を通してCamden 500はクリーン系マイクプリの2傑、Grace DesignやMillenia Mediaのマイクプリと比較しても高性能なマイクプリであることが読み取れるため、昨今の機材高騰傾向にあってはクリーン系マイクプリを求めるなら候補に入れても良い一台ではないかと思っています(とはいえこちらも値上がりして2024年7月現在68,200円)

上記で紹介した仕様以外の機能を見ていくと
ハイパス:m501は75Hzから2次特性、つまり12dB/octで、バターワースフィルタなんだそう。HV-35は80Hzから6dB/oct。Camden 500は80Hzから12dB/oct。
位相反転:ポラリティを反転する機能。m501にはついてないです。マイクを複数立てて録音するときに位相がずれているものを反転できます。ドラムを録る際には付いていて欲しい機能ですね。
Hi-Z入力:今回紹介した3機種にはどれもついているやつ。
リボンマイクモード:低感度のパッシブリボンマイク用のモード。Camden 500にはついていません。m501では入力デカップリングコンデンサーをバイパスし、入力インピーダンスを8.1kΩから20kΩに上げ、ファンタム電源を無効化してゲインを10dB上げます。HV-35でもファンタム電源を無効化して入力デカップリングコンデンサーをバイパスして10dBゲインアップします。m501は入力インピーダンスの切り替え機能があるのでパッシブタイプのリボンマイクを使う場合に良さそうですね。ただパッシブリボンの場合、マイクによっては周波数特性がかなり独特なのでEQつけられるAEAのRPQ500なんかが良いかも。

あと、Camden 500にはMojoというアナログサチュレーション機能がついています。色付けをしたいときに使うもので「Thump」は低域を分厚くするやつで「Cream」は中高域へ作用して倍音を付加していくやつ。自分はそれほど使っていませんが、この辺の技術の発展系がCarnabyなんでしょう。

ステレオで使う場合には個体ごとの差が小さい(異なる2台の特定ゲインステップで0.05dB以内)ので、マッチングペアなど用意しなくても適当に合わせて使って良いそうです(Gearspace
自分は今回2台目を用意してステレオでも使えるようにしました。ゲイン調整はステップ式のロータリースイッチなので複数チャンネルのゲインを揃えやすくなっています。
また正面にHi-Z/Lineの入力がついているのが嬉しいです。Hi-Z入力のみ前面についているタイプと違ってシンセなどのLine入力を正面から行えるのはめちゃめちゃ楽ちんなんです。

ということでクリーン系の単体マイクプリを探している人にはおすすめしたい一台です。今回紹介したのはAPI 500モジュールですが、スタンドアローンの1ChタイプであるCamden EC1、それと2ChタイプであるCamden EC2というラインナップがあります。

欠点はないのかと気になるところです。こちらに関してはモダンなマイクプリなのでLEDのVUをつけるなりしてもうちょっと視覚的なフィードバックが欲しかったというのはあります。ですがコスパを考えるとこれでも良いのかなという感じです!

あ、音質について書いていませんでしたね。音質はクリアです。低ノイズですし、Mojo機能を使わなければ誇張などもありません、ぐらいでしょうか。もっとこう、グッとくる音質の表現はないのかと思われるかもしれませんが、いやもう、腰のしっかりしたとか艶やかなとか、機材についての主観を無理にそれっぽい言葉で表現するのは疲れちゃいまして……。

使いどころ

せっかく単品のマイクプリを使うなら多少色付けのあるタイプが良いのではないかと思われるかもしれません。ですがダイナミックマイクを高いゲインで利用する際にぶち当たるのがEIN性能の悪さからくるノイズフロア問題で、これをクリアするのにはノイズ性能の良いマイクプリがどうしても必要になり、今回紹介したCamdenシリーズのようなマイクプリが一つは欲しくなるんです(すでに2台ありますが)
コンデンサーマイク用であればそういった色付けのあるタイプで楽しむと良いんじゃないかと思います。自分はコンデンサーマイクを使った結果、反響音を抑えるのに吸音材バシバシ貼っていかなきゃならなそうなことに気づいてもっぱらダイナミックマイク派です。SN稼げる楽器収録ならコンデンサーマイクで大丈夫なのですが……。
あと先ほども少し書きましたがシンセ類の入力。Line入力からそのまま入れてもいいですし、DIを通して弱々になってしまった音を増幅するのにも良いです。「マイク」プリだからって増幅する対象はマイク音声に限りません。低電圧動作する機材はたいてい出力が小さいのでマイクプリでぐいっと持ち上げる必要があります。

番外

操作パネルに実は小さなアップデートがあって、アップデート前は信号入力とクリップ時のLEDは別々だったものがアップデート後は一つに統一され、48Vの電源供給時に点灯するLEDが追加されています。また、ノブの質感が改善されてちょっと……いやかなり良くなりました。

左がアプデ後、右がアプデ前

アップデート後でも音響性能は変わらず、混ぜても大丈夫みたいです。