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リファレンスレベルと-18dBFSとAG03

つい先日、JAPRS(日本音楽スタジオ協会)から4月1日から0VUのリファレンスレベル推奨値を以前の-16dBFSから新しく-18dBFSに変更するという発表がありました。

この基準自体は協会に加盟しているスタジオ向けであり、宅録をしている人に関係のあるものではありません。ですがこの基準を適用してデメリットはないので実際にどのようなものか試してみましょう。メリットとしては録音レベルはJAPRS基準で録りましたって胸を張って言えることでしょうか。

ということで今回はこの基準で録音にチャレンジしてみます。YAMAHA AG03で!いつものようにダラダラと長くなっちゃいましたがチャレンジするだけなら一番下のほうを見るだけでOKです!VUメーターを使うのは全然難しくないですよ。

0VUとは

VUメーターにはだいたい-20から+3までの数値が表示されており、そのうち0の位置を0VUと呼び、実機のVUメーターでは大抵の場合ではこの0VUを+4dBu(約1.23V)でキャリブレーションしています(なかには0VUを-2dBuでキャリブレーションするフランス式というのがあるみたいです)
VUメーターは音声信号の聴感上の平均レベルを示すためのものでピークレベルを表示するのものではありません。入力した音声信号を反映しきるまでに300msかかり、この反応速度の遅延から聴感上の音量を表示するのに適しています。RMSと似てますけど平均を出すためのウィンドウサイズはRMSのほうがもっと狭いはず。

では0VUが-18dBFSとはどういうことでしょうか?dBFSというのはコンピュータ内で音量を表す単位で0dBFSを最大音量とする場合のスケールです。プラスにはなりません。で、このスケールの-18をVUメーターが0を指す位置に揃えるということです。結果として+4dBu = 0VU = -18dBFSという関係が成り立ちます。

この0VUを-18dBFSとすることで聴感上の基準がこの値に集まります。また-18dBFSが基準ですとヘッドルームも十分です。24bitレコーディングが一般的になり、EINの数値もかなり改善されてきたことから-2dBFSしても特にS/Nに問題はなくヘッドルームを広げられることの利点が大きかったり、ほかにもプロフェッショナル用の機器であれば難なく対応できるなどいろいろな判断基準から総合的に決まっていそうですが、今回の判断について公式の説明があると良いですね。

基準が揃っていると何が嬉しいのか

リファレンスレベルがあることの利点とは一体なんでしょうか?それは異なるスタジオ間でレコーディングなどをした際にレベルが揃うということです。レファレンスレベルが-16dBFSとなっているスタジオ、また-20dBFSを基準としているスタジオがあって、それぞれで録音したものをDAWに取り込むとそこに4dBもの差が生まれてしまいます。ですがJAPRSに加盟しているスタジオで推奨値で録るとこれが見事に揃うようになるということです。
ですのでスタジオで録音をそもそもしなかったり、一つのスタジオでしか作業しないという場合には「基準が揃っている」ことの利点はあまりありません。難しいですね。ただし録り音はあとから調整したっていいので、ユーザとしては特に今までと何かが変わるということでもないのかもしれません。

dBFSとアナログ信号

先ほどもちょっぴり説明しましたがdBFSとはデジタル界で音量を表す単位です。アナログ界のdBというのはもっぱら電圧やワット数などを示します。よく使われるのはdBuで、0dBuが0.775Vとなっています。デジタルのdBFSでは0dBFSを最大の音量として表しています。最大音量をゼロとしているので0dBFSより上はありません。

では例えばある大きさのアナログ信号を入力した場合にdBFSではどのくらいになるのか。逆に0dBFSを出力した場合はどれくらいの信号レベルになるのか。
今回の改訂で+4dBu = 0VU = -18dBFSとなりましたがこれを達成するためには+22dBu(基準レベルの4 + ヘッドルーム分の18で22) 以上の入出力レベルが機器側に求められます。

なんですけど、ガチ業務用ではない場合は千差万別。メーカーが各製品の特性に応じて決めちゃっています。ノイズ特性なども含め、オーディオインターフェイスの細かい話はJulian Krause氏がよくYouTubeで話しているので興味のある方はぜひ。

さて、例えばマイク入力ではAG03は-4dBuが0dBFSになります。AudientのiD14MKIIであれば+12dBuが0dBFSになりますし、AvidのMBOX Studioであれば+14dBuが0dBFSなど。このスペックはオーディオインターフェイスのマイクの最大入力レベルとして仕様に書かれており、最大入力レベルが低いほうのオーディオインターフェイスとしてはAG03のほか、MOTU UltraLite mk5の0dBu、AMS Neve 88mの-3dBuなどがあげられます。
このレベルの大小のスペックが何にかかわるかというと、ゲインが一緒であった場合に録音時に声を大きく入力できるのはAG03などの最大入力レベルの低いオーディオインターフェイスで、大きすぎる声やドラムなどの大きな音を入力した場合に音割れしにくいのがiD14MKIIやMBOX Studioなど最大入力の高いオーディオインターフェイスです。
なんかややこしいなと思うかもしれませんが-18dBFSっていう基準があればゲインの調整さえしてしまえばどれも一緒です!

次に出力についてはAG03だと+10dBuがMaxの出力です。自宅の環境などではオーディオインターフェイスの出力はそのままアンプ内蔵のモニタースピーカーにつながっているため、あまり出力信号レベルについて意識をすることはないですね。これもそんなに気にしなくて大丈夫です。

で、話をガチ業務用機器に戻すと、DAWからアウトボードなどを利用して音声を処理する場合、例えばコンピュータ側から-10dBFSレベルの信号を送り出してアウトボードの信号処理をバイパスしたときにはそのまま-10dBFSで帰ってくることが期待されます。これは入力と出力の基準さえ合っていればOKです。
問題となるのは0dBFSの入力と0dBFSの出力のように大きな信号の場合で、今回+4dBu = 0VU = -18dBFSとなったのでアウトボード側には+22dBuの最大入出力レベルが0dBFSの入出力に必要になります。もちろんオーディオインターフェイスもしくはAD/DAコンバーターのライン入出力レベルも+22dBuが必要です。これができないと+4dBu = 0VUでキャリブレーションされている機材に対して0dBFSの入出力ができません。
オーディオインターフェイスでいうと、たとえばApogeeのSymphonyやUniversal AudioのApolloなどのラックマウントタイプは+24dBuまで対応しています。高くてラックマウントのものは対応できる・・・やつもあるという感じです。ただキャリブレーションするにしても+24と+20の選択だったりして、これは中間に何かを噛ませる感じなのでしょうか。一般的にはDADやAvid製品など、0.1dBで入出力のレベル調整可能なものを使うのかもしれません。

AG03とマイク入力レベル

基準の解説はこれくらいにしてAG03を使って-18dBFSをリファレンスレベルとした録音をまずはシミュレートしてみましょう。はじめに理論的なゲインの説明から。+4dBu = 0VU = -18dBFSのうち、+4dBu = 0VUの部分はもちろんガン無視します。

先ほども述べたようにAG03のオーディオインターフェイスとしてのマイクのアナログ入力部の仕様は最大入力が-4dBuとなっています。ボーカルチューンですね。一般的なマイクであれば他のオーディオインターフェイスよりも少ないゲインで適正レベルの録音が行えます。
また、一般的なマイクの仕様は最大入力レベルが135dB SPL以上で、人の声を録音する場合、叫び声でだいたい110dBくらいということを考えるとじゅうぶんです。これ以上大きなシャウトを収録するならむしろスタジオで録音してもらいましょう。宅録であれば防音室を用意していないとかなり近所迷惑なレベルです。

声の大きさがどのくらいかというのは次のサイトを参照してみてください。
Typical Sound Pressure Levels of Speech

Maximum shoutが90dBAとなっていますね。これは音源から1メートルの場合です。距離が倍になると音量は6dB下がることを計算すると50cmだと96dB SPL、25cmだと102dB SPL、12.5cmで108dB SPLということになります(ちなみにdB SPLというのは音圧を表す単位で、マイク感度の測定には94dB SPL(1Pa)が用いられるのが通例です)

では実際にAG03にマイクを組み合わせた場合、0VU = -18dBFSを達成するにはゲインをどれくらいにすれば良いのでしょうか。

上で説明してきた通りAG03の最大マイク入力レベルは-4dBuで、このレベルが0dBFSになり、-18dBFSはAG03ですと-22dBuです。次に利用するマイクについて、組み合わせられることの多いAT2020と仮定しましょう。こちらは感度が-37dB(0dB=1V/1Pa)です。ボーカルを90dBとすると-41dBVの電圧が発生します。dBVからdBuに変換すると-43.2dBuです。ここから-22dBuにするために必要なゲインとして21.2dBという値が導き出されます。ピークをこの値に設定するわけではないのでこの辺でざっくり調節していく感じになりますね。

ではAG03ではなく、AvidのMBOX StudioというオーディオインターフェイスにShureのSM7Bというマイクを組み合わせた場合どうなるでしょうか?
MBOX Studioは最大マイク入力レベルが+14dBuです。ターゲットの-18dBFSは-4dBuになりますね。SM7Bの感度は-59dBで、先ほどと同様ボーカルを90dBとすると-60.77dBuの信号が発生します。結果としては56.77dBのゲインが必要になります。ですが残念なことにMBOX Studioはマイクプリの最大ゲインが50dBなのでちょっぴり不足することになってしまいます。

ここで気になるのがAG03とShureのSM7Bの組み合わせ。先ほどと同じように計算してみましょう。
AG03の-18dBFSである-22dBuがターゲットですので先ほど求めた-60.77dBuからどれくらい足せばいいかを考えると38.77dBのゲインがAG03で必要となります。これなら大丈夫ですね。問題なくカバーできそうです。

ところでAG03は配信用でもあるので、次にリラックスした話し声である54dBAの音量の場合を考えてみましょう。50cmの距離で60 dB SPL、25cmで66dB SPLとなります。この25cmの66dB SPLを利用してみましょうか。その場合、SM7Bから出力されるのは約-84.77dBuですので62.77dB必要ですね。
AG03では62.77dB増幅できるのでしょうか?ここでAG03のゲインレンジを解説しておきます。AG03のゲインレンジは+46dBで+14dBから+60dBまでとなっています。つまりゲインを最小にして最大レベルの-4dBuを入力すると機器内部で+10dBとなり、実はこれが機器内部のマイク入力の最大レベルとなっています。ゲインをめいっぱい上げた場合、-84.77dBuに60dBのゲインをかけて-24.77dBuとなるのですが、先ほどの-4dBuが0dBFSというのはあくまでAG03のマイク入力端子に入力する際のもの。
内部的には+10dBuなので+10dBuを0dBFSと考えると-18dBFSは機器内部で-8dBu、つまり-24.77dBuとの差をとると16.77dB不足するということになり、リラックスした話し声を録るならAG03ではインラインマイクプリが欲しいかなということになります。

結論としてオーディオインターフェイスのマイクのゲインのスペックはもちろん、最大入力レベルやマイクによっても難なく取り込める音声のレベルの範囲は違うことを覚えておきましょう。また、仕様さえ押さえておけば必要な機材や選定も行えるということもポイントです。

暇なときに興味のあるオーディオインターフェイスを一覧にしてスペック表を更新していたりするので、興味があれば。
https://docs.google.com/spreadsheets/d/1K_SbtlD3afwfv8H3ComhBI7BdVroqK0HOzT1z4b1aWw/

VUメーターを使ってみる

ようやく……!!!実際にVUメーターを使ってみましょう。
フリーのものも含め、たくさんの種類があり0VUの設定できるものがほとんどです。キャリブレーションの数値としてまずは-18dBFSを設定して録音してみましょう。たまにトリッキーな部分でこの-18dBFSを設定しなければならないので、VUメーターのキャリブレーションをどうするか解らない場合はマニュアルを参照してください。ちなみにフリーではPresonusなども出していたりするんですが、使ってみた限りmvMeter2というVUメーターのほうが使いやすかったです。
ほかにもVU Meterはいろいろなメーカーから発売されています。
SSL MeterやIK MultimediaのVUメーターの場合は-18dBFS=0VUとするのに-22dBFSに設定する必要があるみたいです(SSLに-18dBFSでキャリブレーションして-18dBFS食わすと-4になるんだけどナゼ?と問い合わせてみたらすぐに返事がきて0VU = +4dBuを利用しているからとのことでした。なんでここへきてアナログ数値が入ってくるのかわからなくてマジですの???っていう再質問中→マジでした!-18dBFSを設定する際は-22dBFSとして設定します)
WAVESのも使いやすいですし、Process AudioのDecibelはラウドネスメーターが付いていたり同一ネットワークにあるiPadでも使えたりとお得です。
デモってみて好きなものを選ぶと良いのではないでしょうか。

で、VUメーターは録音対象のトラックに挿しておきます。

ちなみにPro ToolsだとVUは内蔵されていてミキサー画面でメーターを右クリックしてアクセスできます
チャンネルストリッププラグインにVUついてるものもあります。キャリブレーションはネジのアイコンをクリックして行うパターンです
SSL MeterだとRMSやPEAKメーター、アナライザも一緒で便利!UF1に付いてくるし!
フリーで利用できるTBProAudioのmvMeter2
持ってるものを全部立ち上げてみた(bx_meterは見当たらない)

次にAG03の設定ですが、録音時にはAG03の[TO PC]スイッチは[DRY CH 1-2G]を選択します。この設定ではAG03に入力した音声はゲインつまみの設定によって増幅されたあと、そのままコンピューターに入力されます。つまりフェーダーの位置はDAWの入力音声レベルに影響せず、またコンプやEQ、リバーブも影響しないようになります。これをミキサー用語ではプリフェーダーと呼んでいます。
もちろんモニターは別で録音中に自分の声をモニターすることもできます。モニター側にはフェーダーの位置も反映されますし、コンプやリバーブをかけた音でモニターすることもできます(こっちはアフターフェーダーと呼ばれます)
ぱっと見複雑なんですがこうすることでDAW側で高品質なコンプやEQ、リバーブなどをかけつつ、ヘッドホンなどのモニターではDSPを利用したモニターができるようになるということですね。

これらの設定さえ終わってしまえば使い方はめちゃめちゃ簡単です。DAWのミキサーのボリュームはユニティのままにしておいて音声の入力時にVUメーターの中央部分、-3から0の間で針が触れるようにゲインを調整します。たまにオーバーするくらいなら大丈夫。

録り終わった後に確認してみると歌声などであれば特にクリップすることもなく録れているのではないでしょうか?あ、もちろん補助的にピークメーターを見ておくと良いです!

ちなみになんですが、0VUを-18dBFSに設定するのはレコーディング時、もしくはMix時に使うかも?くらいで、マスタリング用に-18dBFSでキャリブレートしたVUメーターを挿しても針が振り切れっぱなしになるだけなので別途リファレンスレベルを変える必要があります。-18dBFSはあくまで録音時向けセッティングということを覚えておきましょう。

ということで今までVUメーターを利用していなかった場合と比べてどうでしょうか?針の振れかたを見るだけで良いので楽に録音できると思いませんか?
AG03の説明書にはピークLEDが一瞬点灯するまでゲインを上げると書いていますが、それだとどうしても録り音が大きすぎたりヘッドルームが足りなすぎてクリップしちゃったりするんですよね。かといってピークLEDを使わないとどれくらいの音声なのかよくわかりません。VUメーターを利用することで自信を持って録音できるようになるのが一番の利点だと思います。もちろんVUメーターを使わないとできないわけでありません。これを機にいろいろとメーター類や録音レベルなどについて調べてみると面白いですよ。