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『エンドウォーカー・ワン』第57話【終】

 遠方で戦う魔女の迎撃を逃れたレギオンの兵士級ソルジャーが村に迫っていた。
 それは装甲と呼べるのか怪しいほど薄いアルミニウム版で駆動部を覆い、生物の蜘蛛を思わせる八足を蠢かせる。
 地銀丸出しの其れは五月蠅いほどに輝きを放っていた。

「敵、射程内! 撃て!」

 迎撃態勢をとっていた隊員たちが一斉に弾丸の嵐を見舞う。
 火薬の弾ける音が幾重にも重なり、工場装填ファクトリーロードの空薬莢が次々と彼らの足元へ転がっていく。
 重機関銃が弾薬を連結させる鋼鉄製のリンクベルトを撒き散らし、50口径弾でレギオンたちを横一線に薙ぐ。
 彼らは駆動部を撃ち抜かれ、脚部をもぎ取られ次々に地へ伏していった。

「先輩……こんな冗談、笑えないですよ……?」

 アレクは戦闘が始まる直前、喀血かっけつと共に崩れ落ちたレスティアを抱き起こそうとしていた。
 だが、砂埃だらけで物言わぬ彼女を物陰までなんとか引き摺り、何度も自分を疑いながらバイタルサインを確認する。

「リロード! 誰か弾持って来い!」

 両翼に設置された重機関銃のうち一門が弾切れを起こし、射手が喉が潰れそうなほどの怒声を発する。
 兵士級ソルジャーが装備する対人機関銃の応射で少なくとも4名が命を落とし、うち2名は銃も持ったこともないただの運搬要員だった。

 ――いや、戦場はありとあらゆる者の命を平等に摘み取る。
 人間同士の戦闘でも厳守されてはいない交戦規定ROEなどそこには存在せず、レギオンは命令を忠実に実行し続けた。
 冷たい工場で何の感情もなくただ生産されただけの榴弾が、機関銃弾の嵐が祝福されて生まれ落ちた・・・・・・・・・・・存在たちを次々にほふっていく。

戦車級タンク接近! ATM対戦車ミサイル!」

 長い砲身から対人榴弾を吐き出し、重装甲の四つ足が大地を揺らしながら村に近付く。
 此れを覆う鋼鈑400ミリ厚に相当する複合装甲は人間たちが持つ小銃や機関銃程度では傷痕を付けることも出来ない。
 歩兵のみの防衛隊には徹甲炸裂弾を叩き込むか、接近して成形炸薬で駆動部を破壊するしか手段がなかった。

「目標ロックオン。撃て!」

 遮蔽物から顔を出し、兵士級ソルジャーの機銃掃射に曝されながらATM対戦車ミサイルのコンピューターで標的を捉え、発射スイッチを押す。
 ポンと気の抜けた音が響き、ミサイルの弾頭が発射管の保護版を突き破って姿を顕わにした。
 そして一呼吸置き、側面に格納されていた安定翼が飛び出して底面のブースターに点火。白い煙を残して標的に向けて一直線に飛翔していく。
 そしてトップアタック――比較的装甲の薄い上面からの攻撃の為、ミサイルが急上昇を始めようとした途端。戦車級タンクの前面部に取り付けられた正方形の小型コンテナが次々に爆ぜ、無数の鉄片でミサイルを食い千切る。
 センサーや安定翼を失い勢いを失ったミサイルは明後日の方向へ力なく落下していき、兵士級ソルジャーを何体か吹き飛ばして爆炎の柱を幾つも作り出す。

「アクティブ防御システムか、クソッ!」
「こうなったら飽和攻撃だ。隙を突け!」
「そんな数の弾筒がどこにあるってんだよ!?」
コマンダー指揮官、何故黙っている!? 命令を!」

 辛うじて士気を保っていた隊員たちの間に動揺が広まっていく。
 榴弾砲が建築物を次々に吹き飛ばし、レギオンたちが放つ何千という弾丸が確実に防衛隊の命を散らせていく。
 身体を損傷して耐え難い痛みに泣き叫ぶ者。
 赤の海に沈んだ者にただひたすら蘇生法を行う者。
 轟音に耐えかね、耳を塞いでその場にうずくまる者。

「……なんてこと」

 飛行魔法で上空からレギオンたちに爆撃を続けていたイリア・トリトニアが言葉を漏らした。
 多勢に無勢とはこのことを言うのだろうか。
 大地を埋め尽くすレギオンたちを完全に撃退することはかなわず、そう多くはない機械群を撃ち漏らしてしまっていた。
 レギオン最下級に位置する兵士級ソルジャーでさえ、フル装備の歩兵数人に匹敵するという。
 イリアは見通しの甘かった自分に激しい怒りを覚え、やりどころのない思いで歯を食い縛る。
 だが、彼女に止まることは許されない。
 高火力の榴弾を発射する砲撃級アーティラリーを中心に潰して回り、前進する戦車級タンクを戦列ごと薙ぎ払う。
 彼女の破壊したレギオンはゆうに300機を上回っていたが、敵は留まることを知らない。

「――イリア……イリア・トリトニア、聞こえるか」

 彼女の小型ヘッドセットからノイズ塗れの男性の声が聞こえてくる。

「ノイン」
「頼みがある。この星の未来のため、死んでくれ。今、改めて実感した。その力・・・はこの太平の世界において火種になりかねない」

 ノインの意思を汲み取ったかのように大地を抉りながら移動していたヒルフォート級移動要塞は停止。そして、その先口をゆっくりとイリアのほうへ向けた。
 その巨体からは想像のできないほどの速さで円錐状の岩を思わせるシルエットが次々に移り変わる。
 これにはさすがのイリアも迎撃の手を休め、前方に意識を集中させた。
 数十キロは離れているにも関わらず、彼女の全身をエーテル波動が激しく揺さぶる。

「さようなら。好きだった」

 瞬く間も許されることなく、ヒルフォート級の核と思われる部分に光が収束し――そして耳をつんざくような声で鳴いた。

「……ッ!?」

 その声が響いた瞬間、イリアを覆っていた透明色の空気が剥ぎ取られ、空に在った彼女はみるみるうちに高度を落としていく。
 魔法・・の力が消えていく恐怖に血の気が引く間もなく、数メートルの高さから地面へ叩きつけられてしまう。
 強い衝撃が彼女の全身を襲い、本来は臓器を護るはずの骨が臓器に突き刺さった。

「ぅ……かは……っ」

 イリアの口から吐瀉物としゃぶつが流れ、次第に鮮血が混ざっていく。
 彼女の痛覚は焼き切れ、自分が断続的に血を吐いていることすら理解できてはいない。
 ただただ。
 酷く歪んだ視界で自らを引き潰さんとするレギオンたちを捉え、腰のホルスターから魔力節約用の拳銃・・・・・・・・を引き抜いて金属の化け物共に見舞う。
 ライフル弾ならいざ知らず、小口径の拳銃弾程度では兵士級ソルジャー相手でも威力不足もいいところだ。
 彼女が震える腕で放った弾丸はことごとく弾かれ、接近を止めることなど出来ない。
 グリップ内の弾倉を全て撃ち尽くし、スライドが後退して次の弾倉を求める。

「あ、あ……あ……」

 カチカチカチ。
 強化プラスチック同士がぶつかり合うだけのノイズが虚しく響く。
 レギオンたちにも意志があるというのだろうか――一機が彼女の前に後ろ脚で立つと残りの足を大きく振りかぶった。

***

 彼女が思い描いていた魔女と騎士の物語はここで終わる

 灰と化したこの残酷な世界で、御伽噺おとぎばなしにも神話にもなれず

 過去へとただ消えていく

***


 ――その脚がイリアの身体を貫くかんと天を仰いだ瞬間、何かが兵士級ソルジャーの身体の大部分を奪っていく。
 動力を失った躯体は爆発も炎上もしないままゆっくりと崩れ落ち、砂の霧が魔女の身体全体を包んでいった。
 彼女が思考するよりも早く、次々に天から光の柱が落ち、レギオンたちを包んでいく。
 痛みも忘れ、唖然と自分の周囲から遠ざかっていく光を眺めていたイリアの前に巨大な何か・・・・・が降ってきた。
 二度、土埃に襲われた彼女は細眉を思い切りしかめ、口元を手で覆う。
 その人間・・は曲芸師の様に軽やかに「コクピット」から飛び降りると、一歩一歩地面の感触を確かめるようにイリアの元へ歩み寄ってくる。

HALハル、薙ぎ払え」

 砂埃越しのは巨大な人影にそう告げる。
 刹那、銃声というにはあまりにも早過ぎる獣の断末魔のような音が響き、毎秒60発というサイクルで放たれる40ミリ弾が横一閃にレギオンの塊を引き裂いていく。

「……お前は昔から無理し過ぎなんだよ」

 その呆れたような声色が。
 その姿が何もかも懐かしくて。
 彼女は手を伸ばして彼のことを強く求めた。

「イリア。迎えに来たぞ」

 これは今ではない、ここではない場所――地球より遠く離れた惑星での出来事。

 その少年は力を求めた。
 自分を肯定するため。世界に抗うため。そして、彼女を護っていくため。

 この物語は御伽噺おとぎばなしなどではない。
 ただ人と人が惹かれ合い、時代を駆け抜けた。
 それだけの物語。




  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

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