彩りを連れて 九
昼ごはんを食べ終わる頃には十三時が迫っていたので、美玲ちゃんと立花くんとは別れて、晴くんと文化祭をまわることになった。
「遊べる時間あと一時間ないくらいか。どこ行きたいとかある?」
晴くんに言われて、パンフレットを眺める。さっき行った縁日のクラスが目に留まって、
「縁日のリベンジしなくていいの?」
と聞いたら、晴くんに、
「真緒まで意地悪言うなよ~」
と言われてしまった。私としてはいじったつもりじゃなかったので、少し反省する。
パンフレットのページをめくると、美玲ちゃんが推していたアイスの店舗が出てくる。美玲ちゃんに言われた時には普通のカップアイスを想像していたけど、写真はカラフルな小さい粒々が透明なカップに入っているもので、アイスというよりビーズみたいだ。
「あ、チュロス食べたことないならそのアイスももしかして初めて見る?」
晴くんがページをめくる手を止めた私の顔を覗き込んで言う。
「せっかくだったら食べに行く? あ、もちろん真緒が他に行きたい場所あったらそっち優先でいいけど!」
「ううん、このアイス気になるから行きたいな」
「お、じゃあ行くか!」
幸いアイスを売っている教室はそんなに遠くなかったけれど、思ったより人が並んでいて、晴くんと顔を見合わせた。その顔には「どうする?」と書いてあったけど、私達は並ぶことを選んだ。せっかくの機会だから新しいことは経験しておきたい。
「真緒はアイスだったら何が好き?」
晴くんが話題を振ってくれたけど、私は困惑してしまう。
「えっと、何が好きっていうのは味ってこと?」
「え、ああ、そういうのもあるけど種類? かき氷とかアイスバーとかソフトクリームとか、あと最中に挟まってるようなやつとかもあるじゃん?」
そう言われて気がつく。そもそも私はあんまりアイスを食べたことがない。
「アイスってそんなに種類あるんだ……」
「え、まさか食べたことない!?」
晴くんは大袈裟に驚いてみせる。
「えーっと、かき氷は食べたことあると思う。ソフトクリームも多分あるかな。でも最中に挟まってるやつっていうのは初めて聞いたと思う」
「初めて聞いた!? え、真緒ってコンビニ入ってスイーツコーナーふらふらしたりしないタイプ?」
「そもそもコンビニに入らないかな。あんまり用事があることって無くない?」
「行く機会しかないって!」
今度はお互いに驚いてしまった。コンビニに行く機会しかないってどういうことだろう。お買い物はスーパーで済ましてしまうし、そもそもスーパーでもスイーツのコーナーを注視したことはない。
「コンビニはスイーツもあれば唐揚げとか、寒くなってきたらおでんとか肉まんとか、行く理由ばっかりあるよ!」
晴くんは力説してくれるけど、私はいまいちピンと来てない。そしてそれを晴くんは表情から察してくれたみたいだ。
「絶対一緒にコンビニ行こう」
ものすごく真剣な表情で言われたから思わずコクコクと頷いてしまった。それを確かめると晴くんはニカッと笑った。
「にしても、コンビニに入らないのか……。真緒って意外と知らないこと沢山あるんだな」
「知らない、というか、興味を持ったことが無いというか……。やっぱりちょっとおかしいかな」
「おかしいってことはないだろ」
晴くんは即答した。
「俺だって興味のないことくらい沢山あるし。真緒の守備範囲がたまたま人と違ったってだけでさ。それに」
そこで言葉を区切って、私と目を合わせてそれこそ楽しそうに言った。
「まだ知らないってことはこれから楽しいことがたくさんあるってことだからな!」
その声が耳に届いた時、私はなぜか晴くんの誕生日を思い出した。クラッカーから飛び出して、晴くんに降りかかる色とりどりの紙テープ。色そのものが溢れ出すような光景。
私の心に、“色”が飛び込んできた。
「……真緒?」
「へっ? あ、ごめん。ちょっと、ぼーっとしちゃった」
私の顔を心配そうに覗き込む晴くん。距離が近い。あれ? でもついさっきはそんなこと思わなかったのに。
「お、次俺たちの番だ。何味にしよっかなー」
晴くんはメニュー表に視線を移して思案している。私も選ばないといけないのに、なんだか上手く頭が回らない。
「真緒は何にする?」
『真緒』いつも通りにただ私の名前を呼ばれただけなのに、心が浮ついた。
「えっ……と、レインボーってやつにしようかな」
上手く頭が回っていなかったし、そのことに混乱していた。真剣にメニューを選べなくて、一番カラフルで目についたものの名前を言った。
「いいじゃん。一番それっぽいし。俺はクッキークリームにしようかな」
晴くんが二人分頼んでくれて、私が席を取っておくことになった。教室の窓側、一番後ろの席。晴くんがアイスを貰って席に来るまでの間に何とか思考を整理しようと必死に考える。
いや、考えても仕方ないのかもしれない。だって、こんなの今までに経験したことがない。なんだかぼーっとしてしまったのは、そう、晴くんに楽しみがたくさんあると言ってもらってから。その前は、アイスの話をしてた。コンビニに行こうって約束して……いや、きっとそんなことは関係なくて。
なんだか妙にドキドキしているのは、きっとそう、これから先の楽しい事柄に子供みたいにときめいているのだ。
何とか理由らしきものを見つけてホッとする。その頃に晴くんが来て、
「はい、これ真緒の」
と机にアイスを置いてくれた。
横向きの机二つ分の距離が妙に近く感じる。
「あ、ありがとう」
声が不自然に上ずってしまって、慌てて言い直した。
やっぱり何かおかしい。だって、さっきまですぐ隣に座ってても大丈夫だったのに、向かい合っているだけで心臓がうるさくなる気がする。
「……真緒? 食べないの?」
もうアイスを口に運んでいる晴くんが不思議そうにこちらを見ている。
私は慌ててアイスを食べる。冷たい粒々が口の中で爽やかに溶けていく。美味しい。美味しい、けど。
「……真緒、どうかした? 一日遊んでたし、疲れた?」
晴くんは不安そうに私を見ている。どうしたのかなんて自分でも分からない。でも今日はただただ楽しくて、疲れたなんて感じていない。いや、どうなんだろう。こんなに一日遊び歩いたことはないし、無意識のうちに疲れてしまったのかもしれない。
「疲れたかも……?」
「なんで半疑問?」
晴くんに少し笑われてしまった。彼はアイスを食べつつ、こう続ける。
「でも無理はするなよ。受付なら最悪一人でできるし、ほんとに最悪の場合は慎平あたり引っ張ってくるから」
「立花くんは部活の方に行ってるんじゃないの?」
「だから部活から引っ張ってくるよ」
「ちゃんと受付できるからやめてあげて」
私がそう言うと晴くんはふっと笑った。
「良かった。元気そう」
安心したような顔をしているのに、私の心臓はまたうるさくなる。
「真緒、次は何がしたい?」
「え、これ食べ終わったら受付行かなきゃいけないんじゃない?」
「そうじゃなくて、これから先にしたいこと。とりあえずコンビニは一緒に行くだろ? それ以外で」
今日、文化祭を一緒に回れて、本当に楽しかった。初めてのチュロスに縁日に演劇部の公演。もっと効率の良いまわり方もできたのかもしれないけれど、たくさん笑って素敵な思い出が作れた。これから先、知らなかった楽しいことがたくさん待ってることも教えてもらった。私の知らない楽しみ。これから先、私がしたいこと。
ふわふわと理想が出てきて、そして、自覚してしまった。
「……遊園地とか、行ってみたいかも」
「よし、慎平たちも誘って行こう!」
晴くんは屈託なく笑う。私は、上手く笑えているだろうか。
「……っと、結構時間ギリギリだな。早く食べて教室戻らないと」
「そうだね」
二人で黙々とアイスを食べる。舌の上でラムネの味が弾ける。
私の心の中にも、パチパチと光が弾けている。
この世界が何色なのかは、まだ分からない。でも今までになかった感覚が芽生えているのは確かだ。
本当にしたいことは、言えない。
晴くんと手を繋ぎたいなんて。
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