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彩りを連れて 十二
「昨日はコンビニどうだった?」
美玲ちゃんがお弁当を開けながら聞いてきた。
「やっぱフライドチキン美味かった!」
「太田には聞いてない」
「そんなに冷たく言うなよ、普通に傷つく」
いつも通りの光景だ。そりゃ、みんなに昨日のお母さんとの会話が聞こえるわけでもないんだから、当たり前なんだけど。
「で、真緒ちゃんは?」
「私はロールケーキ食べたんだけど、美味しかったよ」
「めっちゃ美味そうに食ってたもんな」
「あぁ、分かる。真緒ちゃんって美味しそうに食べるよね」
私がご飯を美味しそうに食べるのはみんなの共通認識なのだろうか。立花くんまで頷いている。
「今度はホットスナック食べてくれよ! 美味いから!」
「えー、私はアイス食べてほしいなー」
「今の時期にアイス食べてんのお前くらいだろ」
「私もこの時期にアイスは食べられないかな」
「立花だけでなく真緒ちゃんまで!」
美玲ちゃんが大袈裟にショックを受けてみせるから笑ってしまった。
「今度は私も誘ってね。真緒ちゃんの知らないアイス食べさせてあげるから」
「じゃあ次にコンビニ行くのは来年の夏かな?」
「ちょっと!?」
私も多少冗談が言えるようになってきて、晴くんと立花くんが笑ってくれるのが嬉しい。
……来年の夏になったら、お母さんは許してくれるだろうか。いや、受験生なんだから学校と塾にしか行けないのかな。
「真緒?」
「ん?」
「いや、ちょっと……やっぱなんでもない」
晴くんは、本当に察しが良い。一瞬でも浮かない顔を見せるわけにはいかない。私はそう、美味しそうにお弁当を食べていれば、それでいいんだ。
「あ、そうだ。遊園地どうする?ってか休み合うのか?」
『遊園地』その言葉を聞いて一際大きく鼓動が鳴った。高鳴るのとは違う、嫌な音。そうだ、私はあの時遊園地に行きたいと言ってしまったのだった。
「私はしばらく休みなさそうかな~。最悪、太田と真緒ちゃんと立花で……っていうのは癪に障るから無しね」
「素直に寂しいからって言えよ」
「真緒ちゃんのこと取られて癪に障るのも事実だし」
遊園地の日程が遠のいて密かに安心する。時間が経てばお母さんも一回くらい遊びに行くのを許してくれるかもしれない。……可能性が低いのは、分かっているけれど。
「次のテスト終わりとかは? 部活休みにならねーの?」
「あー、まだ分かんないかな。採点してる間ならあるかも」
「慎平は?」
「俺はテスト終わりだったら休み」
「じゃあとりあえずそこにしとくか?」
みんなが私の顔を見る。次のテストは十二月の頭。あと一ヶ月半くらいだ。思ったよりも早い。
「……テスト終わりはいつも見直ししてるんだ。だから遊園地は厳しいかも」
苦し紛れに言葉を絞り出すと、晴くんはあっけらかんと言った。
「じゃあ勉強会でもするか?」
「テスト終わりに?」
美玲ちゃんがすかさずツッコミを入れる。
「それもそっか。じゃあテストの前に勉強会して終わったら遊園地ってのは?」
「勉強会は問題ねーけど中村はテスト終わりに時間がないんだろ?」
「あ、そっか」
うーん、と唸り始める晴くん。悩ませてしまって申し訳ないけど、友達と遊園地に行きたいなんてお母さんに言ったら、何て言われるか想像に難くない。少なくとも肯定的なことは言わないだろう。
「テスト終わった後の休みって二日間あるよな?」
晴くんが確認をとると、美玲ちゃんと立花くんが頷く。
「見直しって一日あれば終わるだろ? どっちか一日だけ俺たちにくれない?」
真っ直ぐに視線が合ってしまって、思わず目を逸らす。悩んでいる風を装って必死に考える。何て言えば自然に断れるだろうか。
「無理にとは言わない」
立花くんが一言付け加えてくれる。でも晴くんも美玲ちゃんも期待のこもった眼差しで私を見ている。
「……ちょっと考えさせて」
やっと言えたのがそれだった。
晴くんたちは優しい。私の言葉を無下にはしない。
けれど、察しが良すぎるところがある。
「……何かあった?」
晴くんがいつもより硬い声音で聞いてきた。
「何もないよ」
そう言った途端、心の中にズキリと痛みが走った。晴くんと美玲ちゃんの視線が私の言ったことを信じていないと伝えてくる。
「お前らそんな目で見るのはやめろよ」
立花くんが窘めるように言った。
「……ごめん」
晴くんに謝られる。美玲ちゃんも私に頭を下げてきて、私は慌てて「大丈夫!」と二回繰り返した。
「でもさ、真緒」
「おい、晴」
「いや、俺は言うよ」
立花くんの制止を振り切って、今までになく真剣な瞳で晴くんは言う。
「真緒が『何もない』って言ったら、俺らは本当に何もなかったことにしかできない。その裏で真緒がどんなことを思ってても、何も知らずに笑ってることしかできなくなる。……俺たちをそんな馬鹿にはさせないでほしい」
強い言葉を選んで言っている。それは分かった。晴くんは本気で私に何があったのか聞き出そうとしている。
「なあ、真緒。俺たちのこと、信用できないか?」
……そんな言い方は、ずるい。でもこれは信用している、いないの問題じゃない。どんなに信用してたって、もし仮に頼れたって、事態が好転するとは思えない。
「……晴くんたちのことは、すごく信用してるよ。一緒に居て楽しくて、ほんと、夢を見てるんじゃないかってくらい」
晴くんがその表情を緩ませて「じゃあ」と言ったところに、続ける。
「でも、信じてるから、一緒に居たいから、言えないことだってあるよ。そこで私が何を感じているかなんて、晴くんたちには関係ない」
そう、関係ない。私が苦しい思いをしていたとしたら、それは隠すべきことで、晴くんたちの顔を曇らせるべきではない。
「……友達が苦しんでても、関係ないって?」
今までに聞いたことのない晴くんの声だった。
「晴、もうやめとけ」
「俺に何もさせてくれないのか?」
立花くんが言っても晴くんは聞かない。その声に、抑えきれない感情が乗っていることは分かった。
でも、私も止められなかった。
「晴くんが何をしたところで、意味なんてないよ」
それは、きっと事実だから。
「真緒ちゃん、それ以上は……」
「私が、やってきたことだから。私が背負うべきものだから。だから晴くんには関係ない。どうして分かってくれないの?」
分かってくれると思った。これだけ強い言葉を使えば、退いてくれると思った。
「わからねえよ!」
でも、晴くんは、クラス中に響くような大声で、そう怒りを露わにした。
「真緒がどんなものを抱えてるのかも何を背負うべきだと思ってるのかも、言ってくれねえとわからねえんだよ!」
「だからっ! 分からないままでいいって言ってるの! 晴くんたちに言ったらみんな笑ってくれなくなるかもしれない! だったら馬鹿なふりでもいいから笑っててくれたほうが良い!」
「二人とも一旦止め!」
美玲ちゃんが私たちの間に割って入って、そこでようやく少し冷静になった。
「落ち着けよ。……中村の事情は俺には分からないし、晴の気持ちも分かる。でもそれを無理やりこじ開けるような真似はするべきじゃない……お前も、分かってんだろ?」
立花くんが落ち着いた声音でそう言ってくれて、段々頭が冷えてくる。
「……ごめん」
晴くんが先に謝ってくれた。
「私こそ、ごめん……」
私は、なんてことをしてしまったんだろう。私、さっき何て言った? 感情に任せてすごく酷いことを言わなかった?
「ごめん。本当に、ごめん……」
ずっと、恐れていた。いつか、何かのきっかけで、晴くんたちが私を嫌いになってしまうんじゃないかって。一緒に居られない時が来たらどうしようって。
そのきっかけを、たった今、自分で作り出してしまった。
「真緒ちゃん、落ち着いて。そんな怯えた目しなくて大丈夫。……真緒ちゃんとしては、どうしても話したくないことなんだよね?」
私は頷くことしかできなかった。今になってやっと、自分の言い分を守るために衝突してしまったことが分かって、言葉を出したら泣きそうだった。
「約束をしよう」
立花くんが口を開いた。
「俺たちはそれぞれが言いたくないことを無理に聞かない。言いたくなったらその時言えばいい。相談されたらちゃんと聞く。……これでいいな?」
晴くんは納得しきれていない様子で、それでも優しいから立花くんの言うことを理解も出来るんだろう。「わかった」と頷いていた。
美玲ちゃんもその場を取り繕うように「りょーかーい!」と明るい声音で言う。
でも、その後は美玲ちゃんと立花くんが何とか間を持たせてくれるばかりで、私と晴くんはほとんど喋らなかった。