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晴れ渡る心

あいいろのうさぎ


「そうそう。ここまで分かれば後は公式使えば解けるから」
「わぁ……! ほんとだ! ありがとう。すごく分かりやすかった」

 今、彼女は花の咲くような笑みを浮かべているんだろう。電話越しでも分かるほど、その声は喜びに満ちている。「またいつでもどうぞ」と返して問題集に向き直る。

 けれど、俺の目は文章を見るだけで意味を捉えようとしない。
 やらないといけない。分かってはいる。
 だけど今一つやる気が出てこない。

 成績が振るわないこと、部活で中学の時のようには活躍できずにいること、親に対してもなぜか素直になれず最近不仲であること、それらが積もり積もって俺を憂鬱にさせる。

 それに、彼女が好きって言ってくれないことも。

 周りからすれば贅沢な悩みだと言われるかもしれないが、俺にとっては深刻だ。付き合ってから四か月以上経っている。それなのに彼女から好きと言ってもらえたことはない。告白して、それを受けてもらっているのだから、彼女が俺を嫌っているなんてことはない。でも、”好き“なのだろうかと、悶々としてしまう。一度だけ、彼女が「好き」と言ってくれそうだった時がある。俺に誕生日プレゼントを渡してくれた時のことだ。でもその頃の俺は先回りして「好き?」と聞いてしまい、彼女が恥ずかしがりながら頷くところしか見ていない。

 頷かれているのだから“好き”なのだろう、と言われてしまえばきっとその通りなのだが、やっぱりこういうのは直接言ってほしいものではなかろうか。

「……どうしたの?」

 急に彼女が心配そうな声音で聞いてきた。

「どうしたのって、特にどうもしてないよ」
「……でも、溜息が多かったから」

 彼女は俺の機微を敏感に察知してくれる。けれど追及はしてこない。だから今回も誤魔化せたのだろうけど。

「……俺のこと、どう思ってる?」

 聞いてしまった。自分で思っていた以上に参っていたのかもしれない。沈黙があって、やっぱりこんなこと聞くんじゃなかったと後悔した途端、彼女から返事があった。

「好き、だよ」

 耳を疑った。いや、疑いたくなんかなかったけれど、目の前に突然置かれた幸福が本物なのか信じられなくて、思わず聞き返してしまった。

「……好き、です」

 耳まで真っ赤になった彼女の顔が思い浮かぶ。
 俺の心はたった一言で晴れ渡った。信じられない量の嬉しさと喜びが心の奥から溢れ出してくる。それらは言葉という形になった。

「俺も大好き!」


あとがき


 目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 「晴れ渡る心」は「舞い上がった心」をお題に生まれた短編小説です。過去作に出てきたカップルの誰かを使おう! と思い、「いつかあなたに届けたい」の子達を選びました。前回は女の子視点でしたが、今回は男の子視点です。

 この物語がお楽しみいただけていれば幸いです。
 またお目にかかれることを願っています。

あいいろのうさぎ


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