『エンドウォーカー・ワン』第20話
夢を見る。
普通に進学して、友人や家族に囲まれて泣いて笑って。
出会ってから僅かな時間で意気投合し、友となることもあった。
時には相反して仲直りできないまま別れることもあった。
だが、そういった酸いも甘いも噛み分けるのが人生だ。
社会を支える礎となり、希望を持ち、明るい未来を目指し歩み続ける。
それは誰の夢だったのだろうか。
『ほらほら、――ったら遅いんだから。もたもたしてると置いて行っちゃうよぉ』
赤い世界で少女のあどけない声が聞こえた。
「僕」は顔を打つ小麦に顔に力を入れながらその白銀の線を追いかけていた。
なぜだろうか。
僕は彼女を知っている。
「――、待てよ!」
知っているはずなのに、理解できない。
あれほど親愛の情を注いでいたはずなのに、顔が理解からない。
「――。お前は居なくならないよな」
自分の言葉だったはずなのに、目頭が熱くなり何かが込みあげてくる。
嫌だ。
お前と別れるなんて嫌だ。
「いつかさ、お前を迎えに行くからな。約束だ」
なのに、なぜ「俺」はこんな守れないような約束をした?
死ぬ覚悟であの油臭い巨人に乗ろうとしていたのに。
『私は災いをもたらすような人間ではありません!』
『ほざくなよ、このクソ魔女が! お前の行く先々で未知の感染症が発生していることは分かってんだ。おおかた、あの反乱軍気取りのテロリストどもに唆されたんだろう』
『違います! 人道的支援で各地を回っているだけです!』
『隊長、こいつも病原菌を持っている可能性があります。早々に焼却処分にしては』
『殺すには勿体ないが……仕方ないな。見せしめにしてやれ』
『はっ』
軍服姿の男たちに拘束された――が女の細腕で目いっぱいの抵抗を試みるが、兵士の一人に銃床で顔打たれた。
口腔内が切れたのか、鮮血混じりの飛沫を散らす。
『おいおい、汚ねぇな。病気がうつったらどーすんだ』
『いいだろ。綺麗な身体してるが、病気持ちなら慰み者にもなりはしないだろ』
『……貴方がたには軍人としての誇りというものがないのですか!』
『混血種の国に対してあるわけねーだろ、馬鹿か?』
同じ軍人としてあるまじき醜態に感情が昂ぶり、完全に頭に血が上った俺は今すぐにでもこの腐りきった男たちを殴り倒したかった。
だが、意識しかない俺にはどうすることもできず、ただ即席の処刑台に荒縄で縛り付けられる彼女を見ていることしかできなかった。
腰まで届く白銀の艶やかな髪は液体燃料で穢され、頭から全身にかけて注がれる。
その有毒性は地球で永らく使われていた化石精製燃料と同等か、それ以上とも言われている。
――は血の混じった咳を何度も、何度も吐き出しながらも穏やかな表情で『貴方がたは哀れですね』と紅色の瞳で侵略者らを睨みつけていた。
『こんな女一人をテロリストに仕立て上げ、国内のガス抜きに処刑しようとする。民が不満の声を上げるのは、自分たちのお粗末な占領政策に他ならないというのに。優等種が聞いて呆れますね』
『死に行く者の戯言など蝿の羽ばたき程度にも残らんわ。お前、点火しろ』
言葉とは裏腹に激昂した様子の「隊長」が拳銃を振り回しながら部下に命じた。
『しかし……同志は魔女狩りを命じましたが、あれはAW計画の為に生け捕りにしろとの――』
刹那。
乾いた音が広場に響きわたり、処刑台の薄い構造版が大きく弾んだ。
民衆は誰かが撃たれたのではないかと一瞬だけ散る素振りを見せるが、銃弾は青色の空に向けて放たれたものだと知り、一部の人間は恐る恐るその場に戻る。
このアルター7が穢れなき清浄なる世界と言ったのはどこのどいつだろうか。
旧世界――地球にしがみついて生きていた頃から人類は何も変わってなどはいない。
『その計画を口にするなと言っただろう! それにこの濡れ鼠を見ろ。息も絶え絶えではないか』
硝煙が立ち昇る銃口を腰を抜かせた部下に突きつけ、顔を大きく歪めて叫ぶ。
――は、喉をヒューヒューと言わせながら髪の切れ間から虚ろな紅の目を覗かせていた。
俺は存在しないはずの鼻で腐敗の臭いを感じ取る。
そんな中で彼女――イリアだけは違っていた。
『もういい。楽にしてやれ』
隊長格に言われ、ガストーチを持った新兵は震えながらそれを燃料を垂らした線の先に近付ける。
『その女のせいで私の主人は死んだのよ!』
『魂の穢れた魔女め!』
『殺せ、殺せ! 殺せ!』
北の思想に染まったサウストリアの民たちが叫んだ。
語り継がれてきた伝承も、誇りをも忘れた「少数派」の合唱だ。
『――神がおられるのであれば』
火刑に処されようとしているイリア・トリトニアの目には毒が入り、さぞかし痛んだろう。それでも、震える声で最期の言葉を絞り出す。
『彼ら、彼女らをお赦しください』
その言葉を言い終わらないうちに火が点けられ、瞬く間に青い火が奔り彼女の身体を包み込んだ。
皮膚は焼きただれ、魔女の礼装は焼け落ち、全身は酷く震えていた。
この世にも地獄があるとすれば、このような光景をいうのだろう。
俺は目を逸らすことなく、最後まで見つめていた。
***
「ベルハルト」
朝日の気配を空のかなたに感じられる早朝。
ほんのりと明るくなったカーテンの向こう側で、淡緑のショートヘアの女性が同じベッドの青年を揺する。
「……ベータ。どうした」
青年はあの悪夢の感触を拭い去ろうと赤い長髪を掻きむしり、黄金色の瞳でベータと呼ばれた20代半ばの女性を見やる。
「随分とうなされていたみたいだけど……また、あの夢?」
見る者全てを魅了する髪と同じ色の瞳が優しく「ベルハルト」を包み込んだ。
「ああ、あれは未来に起こりうることだ。必ず止めてみせる」
「ボクを囮にしてでも?」
白い歯をのぞかせて悪戯っぽく微笑むベータの狭い肩を、ベルハルトは優しく抱いた。
「あくまでもお前は代役だ。だからといって、俺はお前たち二人を決して見殺しにはしない」
「えへへ。じゃあ、本物を見つけたら一夫多妻制の国にでも亡命する?」
「それも良いかもな」
「もー、バカっ」
二人は口付けをし、惰眠を幸せそうに貪るのだった。
執筆・投稿 雨月サト
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