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『エンドウォーカー・ワン』第35話

 回避軌道をとらない飛翔体が砲弾や爆風を弾きながら一直線に進んでいく。

「これは、流石に堪えるなぁ……」

 アルファが球のような汗を顔に浮かべ、呟く。
 心臓はドッドッと激しく脈打ち、頭に鈍痛が走り胸やけがする。
 まだ魔力容量には余裕があるが、この短時間に平均的な人間換算で20人分ほどを消費していた。
 元来身体的には強くはないので、これらの諸症状は肉体的なものに留まってはいた。
 だが、中には魔法を行使し過ぎエーテルに飲まれて人ならざるモノへと変貌を遂げた事例もある。

――私は大丈夫。あの子みたいにはならない。

 それはイリアとしての過去。
 神から授かったとされる「魔法」への認識の改め、恐怖。

 しかし、敵はそんな思い出に手を伸ばす隙さえ与えてはくれない。
 機関砲は怒り狂ったかのように30ミリ砲弾を吐き出し、断続的にSAM地対空ミサイルが接近しては彼女の精神を擦り減らしていく。

「全弾受け止めるつもりか。クソッ……アルファ!」
「ノイン、心配しないで。このまま広場に着地してあの人たちを解放する。さすがに相手も人質は撃たないと思う、それから制圧を」

 彼女の言葉を裏付けるように機体が近付くにつれ対空砲火は次第に弱まり、標的を後続のノイン機へ移した。
 彼の魔力量はクラス5に相当するが、特殊訓練を受けた期間はごく僅かでWAWヴァンドリングヴァーゲンの操縦や重力制御に重きを置いてきたため、機体を覆うようなシールドを展開するには魔力効率が著しく悪い。
 その為、緊急展開用クイックブーストなどを使用した回避行動が主軸になるのだが、目の前に濃厚な弾幕を展開されては接近のしようがない。

「アルファ……」

 先程被弾し、本調子とはいかない自機に鞭打ちながらノインが呟く。
 推力ノズルからは一筋の黒煙が流れ、徐々に高度が落ちていくさまに火砲たちは狂喜し、大海原に落とさんとし決して手を休めることはない。
 ダメージが拡大し、次第に単調化していく軌道。戦闘機とは違い、厚い装甲で覆われたWAWヴァンドリングヴァーゲン自体の被害は軽微なものだが、巡行ユニット自体はそうではない。
 補助翼の何枚かは30ミリや近接信管のSAM地対空ミサイルで引き裂かれ、メインユニットにも抉られた痕が幾つも出来ていた。

「ふああぁ……ノイン、そろそろ良い頃合いでは?」

 先程まで眠りこけていた様子でHALハルが言う。

「航行ユニット分離。101、ランドオン着地

 WAWヴァンドリングヴァーゲンと航行ユニットの連結部ボルトが炸薬によって次々と吹き飛ばされ、人の形をした無機質な巨人が浜辺に軟着陸をする。
 敵は射角が取れないのだろうか。ノイン機が体勢を立て直し、背面ブースターを炊くまでのろのろとした歩行で木の間を縫うように移動する。

「2時方向、敵WAWヴァンドリングヴァーゲン二機。機種RB5Tシイラ」
「東諸国の型落ちか。だが、M2規格で同程度の火器を搭載可能であることは脅威だな」
「そうですねぇ。此処から広場は反対側ですが、避難がまだのようなので近接戦闘をお勧めします」
「……やれやれ、あの時と似た状況じゃないか」

 相変わらず緊張感のないHALハルとノインのやり取りを制すようにシイラ二機が滑走するグレイハウンド改修型へ静かに銃口を向ける。
 パイロットが操縦桿のトリガー引き金を引いた途端、砲弾の雷管が叩かれ薬莢内に充填された火薬がわあっと騒ぎ出す。
 砲口から徹甲炸裂弾が飛び出すのを見計らったかのように、濃灰色の猟犬は鋭角に軌道を変えFCS火器管制システムをかく乱する。
 本来ならば中の乗員がそのGに長時間耐えられる筈はないのだが、魔法による重力場操作がそれを可能にした。

 主力戦車MBTほどの防護力もなく。
 野砲ほどの火力・制圧力も持ち合わせず。
 陸戦兵器としての微妙な立ち位置にある歩行戦車は、新世代のパイロットたちによってその優位性を確立した。

「クソッ! FCS火器管制システムが役に立たない!」
「敵はたかが一機。火力ではこちらが上だ、後退しながら弾幕を張れ。リロードする」

 シイラが肩に装着していた30ミリ機関砲のボックスマガジンを抜き取り、器用に手を機体背面部に回しながら再装填する。
 銃火が弱まった瞬間、ノイン機が強襲アサルトブースターを作動させ、隙を突かんと急接近した。

「やらせるかよ!」

 片方のシイラパイロットが火線を前方に集中させる。
 FCS火器管制システムで完全に捕捉し、トリガー引き金を引くだけで敵機を蜂の巣のように穴だらけにする――しかし、そうはならなかった。
 突如、鈍色にびいろが走り、特殊鋼で形成された投擲ナイフが機関砲のマガジンをスポンジのように引き裂き、30ミリ実包が斜面に転がり落ちる。
 パイロットは突然給弾不良を起こした火砲に戸惑い残弾を確認するが、発射数から逆算するカウント方法だったため弾数に異常はないように思えた。

 その猟犬は速かった。
 一瞬で機体のシルエットが辛うじて視認できるほどの距離からパルスブレードの間合いまで持ち込み、下段からシイラの右腕部目掛けて振り上げる。
 耐エネルギー加工を施されていない旧型の装甲は一瞬で融解し、コクピットが外気に晒される。
 グレイハウンドが飛び退くと、シイラは駆動部から血潮のように闇色の差動液をごぶりと垂れ流してその巨体が崩れ落ちた。

「こ、このインチキ野郎がっ!」

 機関砲の再装填を終えたもう一機のシイラが狙いも定めず乱射する。
 そこに生い茂っていたありとあらゆる樹々は薙ぎ払われ次々と倒れていき、木屑や土埃で視界不良をもたらした。
 それでも砲火は止まない。

「あああぁぁぁッ!」

 シイラのパイロットは半狂乱といった様相でトリガー引き金を引き続ける。
 接敵から数分で軽車両を四両失い、守りの要となる僚機も失い、残されるは一機・・

――こんな話、聞いていない。自分たちは捨て駒にされたのか。

 搭乗員の男性は目の前が暗くなる。
 母国の、サウストリアの再建を夢見て解放戦線の門戸を叩いた。
 リーダーのベルハルト・トロイヤードは新型機を鹵獲ろかくするだけの簡単な任務だと言った。
 そして企業勢力であるエターブはそう迅速には動かないとも。

 弾を全て撃ち切り、沈黙した砲身がごとりと切り落とされ、歯を剥き出しにした猟犬が目の前で佇んでいた。

「こいつは――『戦場の鬼神』? ははっ、敵うわけないじゃないか……そんな化け物に……」

 グレイハウンドが緩やかな動作で青白いエネルギー体に包まれたパルスブレードを構え直し、制止する。

「死ぬのか、こんなところで……」

 青年は静かに目を閉じ。せめて最期は平穏でありますように――そう祈った。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project


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