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短編小説『イーゼルを開いて』第1話
春の訪れを告げた桜の残滓が街のいたるところに転がる季節。四月初旬の出来事だった。
そこはインターネット上のSNS、ツミッターで知り合った四人だけのチャット空間。
「オフ会をしましょう!」
チャット画面にデフォルメした狼のアイコンが表示され、そこからメッセージがフキダシの中に表示される。
件の発言に既読が早く付かないかやきもきしているのは水谷 隼人(みずたに はやと)つい先日、入社式を終えたばかりの新社会人。
彼は陽気な性格で友人が多く、成績優秀。この春有名大学を卒業したばかりだ。
そしてこの大都市、東京23区内にある上場企業に入社し天狗になっていた。
学生時代を謳歌した彼の瞳は希望に満ち溢れ、真夏の水面のようにきらきらと輝いている。
そしてその瞳に「既読1」の文字が映り、暫くすると悪鬼の形相を寄したアイコンが「就職した瞬間にそれですか、ハヤトさんはもう少し慎みというものをですね」と隼人に釘を刺してきた。
隼人は相変わらず説教臭い人だな、と鼻息を一つ。スマートフォンに指を滑らせて言葉を紡いでいく。
「はいはいはい。鬼島(きじま)さんはお堅いんですって。ボクとスイちゃんの就職祝いということにしていただけませんか? 他の二人もねっ?」
既読2、3。
「あたしは別に構わないけど、スイはどうする?」
「お祝いして頂けるのは嬉しいんですけど、親がネットには気を付けろって」
目を隠した女性のアイコンの「K」
タヌキのアニメキャラのアイコンの「スイ」が続けて発言する。
「そうよ。ネットのオトコなんて狼と陰キャしかいないんだから。でも大丈夫、あたしが守ってあげる」
「またまたぁ、鬼島さんはいいオトナですし、ボクだってリアルもこんな感じですよー?」
「その喋り方が胡散臭いって言っているのよ」
「まあまあ」
「二人とも落ち着いて」
衝突するハヤトとKを止める鬼島とスイ。
四人はいつもこんな感じだった。
決して仲良しこよしのグループではなかったが、どこか惹かれ合うところでもあるのだろうか。関係は思いのほか長続きしている。
「まあ、本人が言っても説得力ないですけど私はいい歳したおじさんですし、ものの分別はついているつもりです」
「そうそう、ボクも人畜無害なつもりです! 彼女もいますしね!」
「はーん……彼女持ちが何でオフ会に行きたがるかね」
ハヤトにしつこく突っかかるK。
「……うん、鬼島さんとKさんが居るなら大丈夫かな。オフ会しましょう」
スイがサムズアップをした猫のスタンプを送信する。
続いて鬼島とKが。
「どうしてボクだけ除け者扱いなんですかぁ!」
「隼人」がケラケラと笑いながらスマートフォンを見つめる。やはり、この人たちと話すのは楽しい、と。
日が経つごとに新しい環境というストレスが心を浸食し、どこにも居場所のない彼はそれをインターネットに求めるようになっていくのだった。