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『エンドウォーカー・ワン』第47話

 サウストリア解放戦線の若きリーダーは苛立っていた。
 エターブ社の輸送船を強襲し、新型を鹵獲ろかくしたまではいいが、予想だにしない反撃を受け、かつ所属不明の第三勢力より空爆を受けた。
 その姿や考えなしに蜂の巣を突いた獣のようで、我ながら哀れだとすら感じる。
 全てがあの男の描いたシナリオに沿っているようで、内心腹ただしい。

「ベルハルト様、ご機嫌いかがでしょうか。ヒッヒッヒッ」

 そして彼は何食わぬ顔でやってきた。
 見るだけで厭になる下卑た笑いをたずさえながら。

「フランシス、これが良いように見えるか?」
「だからあれ程忠告しましたのに。ヒッヒッヒッ」

 フランシスはベルハルトに腰を折りながらうやうやしく頭を下げてみせるが、その表情はニヤリと凍り付いたまま読み取ることができない。
 旧世界のキリスト教宣教師のような服装は土の匂いにまみれた野営地には似つかわしくなく、擦り切れて光を失った瞳は虚ろげにベルハルトを見つめていた。

――相変わらず不気味な奴だ。

 ベルハルトは逃れるように視線を逸らす。
 今回の新型機輸送の機密情報も彼が持ってきたものだが、事の詳細を言い終わるとにやりと不気味な笑いを一つ。
 大いなる力には大きな犠牲が伴うと付け加えた。
 不安要素はあったが、このまま小規模抗戦を続けていては後がないのは誰しもが知るところで藁をも掴まざるを得ない状況だった。

 作戦を強硬した結果。
 得られたものは新型機の設計図。その引き換えに多くの同志を失う。
 エターブ社からの攻撃の際には不活性砲弾が使用されており、被害は軽微なものだったがその後の空爆が残り全てを焼き尽くしていった。
 協力的だった島民の支持を失い、解放戦線の大きな活動拠点の一つが潰される。
 終焉の始まりだ。誰かがそう言った。

「ああ、クソ……お前はどこまで把握していたんだ?」

 ベルハルトは頭を掻きながら初老の男性に問う。

「何事にもリスクは付き纏う、と申しましただけです。まさか我々も爆撃機が出てくるとは思いもしませんで。ヒッヒッヒッ」

 少しも悪びれた様子のないフランシスがわらった。
 青年の目には現状を愉しんでいるようにさえ見え、彼の神経を逆撫でする。

「ちっ、お前のような情報屋でも居たほうがマシというのがしゃくだがな。次からは含みはなしだ。洗いざらい吐いてもらおう」
「承知で。ヒッヒッヒッ」

 フランシスは深々と頭を下げて司令官のテントから去って行く。
 よたよたと覚束ない足取りでするすると野外へ出ると、自動小銃を携えた守衛の陰から伸びる黒筋が一つ。

「フランシス様」
「これはこれはキリエ殿。捕虜である貴女がこのような時間に出歩いていて良いのですかな? ヒッヒッヒッ」
「……ああ、ご存知ないのですね。私も解放戦線のメンバーになりました。覇権主義のノーストリア一強の世界はとても危ういと考えます。南北融和が進んだ世ですが、かつて北とは刃を交えた身であるイリア様もきっと分かってくれるはずです」

 イリアの身代わりとして連れて来られた女性、幸薄そうなキリエが力強く言う。
 騙されているとも知らずに、馬鹿な女ですね――フランシスはふつふつと湧きあがる笑いを嚙み殺した。
 そもそも彼の言うことは全てがまことで、全てがいつわりだった。
 人間らしい感情はとうの昔に消え去り、終焉を迎える時の希望が消えていくさまが何よりもの快楽。

「ヒヒヒ……期待しておりますぞ」

 フランシスは光の消えた瞳をにこりと細めて笑うと、口元を押さえながらキャンプを後にする。
 野営地入り口の守衛が荒野の独り歩きは危険だと制止したが、初老男性は振り返りニィと笑ってみせただけで光の届かぬ闇夜に溶け込むように姿を消した。


「宣教師のような胡散臭い人がうろうろしてる?」

 すっかり毒気の抜かれたイリアが食堂で昼食を頬張りながら言葉を返す。
 その様たるや幼子のようで、席を共にしていた人間は皆慣れたものだったが、見た目麗しい彼女のことを目で追っていた何人かの男性たちは深く息を吐いていた。

「ええ。地球ならまだしも、今時そんな格好をしている人間は限られている。ほぼ同時刻に複数の国で目撃情報があがっているのよ」
「照会しましたが、データベースには存在しない人間でした。軍属、政府関連、技術者、要人……そのどれでもないかと」
「なら、どーして危険視してるんだよ?」

 レスティアとアレクの間にレックスが割って入る。

「不確定要素は極力排除したいからね。人は理解の及ばない存在に恐れを抱く生き物だから」
「個人的に『ほぼ』同時刻に、という点が気になります。現代魔法でもそんな瞬間移動みたいな真似はできないでしょうし。アルファ・・・・さん、どう思います?」
「もぐもぐ」

 情報部の二人の眼差しを一身に受け、灰被りの魔女は幸せそうにランチを貪っている。

「先生、呼ばれてますよ」
「んう?」

 隣の席のフォリシアに小突かれ、偽名で呼ばれることを忘れていたイリアが目を丸くしてフォークを口に含んだまま小首を傾げた。

「あ、ああ。あー」

 ようやく合点がいったのか、彼女は魚のフライをサクサクと小気味よく平らげ、ゴクリと飲み込んでコップの水を一口。

「ふう。ご馳走様でした」

 そして今日の恵みに感謝して手を合わせた。

「で、何の話だっけ?」
「ちゃんと聞いてなさいよ! このボケ娘!」

 フォリシアの強烈な平手打ちが銀線をすぱーんと叩き、イリアは「理不尽な暴力!?」と涙目になりながら両手で患部を押さえた。

「上司に手を上げたね!? おとーさんにもぶたれたことがないのにっ」
「今は同じヒラでしょーが」
「フォリちゃん……私が魔法の先生って忘れてない?」
「これはこれ。それはそれ」
「同じだよ!?」

 ギャーギャーとじゃれ合う二人の隣でレスティアは「ふふ、若者はいつも楽しそうでいいな」と湯気立つコーヒーをソーサーを添えて啜る。

「まあ話を纏めると、現段階では不可能ってコトだな。じゃあ、クローンの線か……しかし、国際法で現存する人間のコピーは禁じられているはずだがな」
「レックス……あなたも大概マイペースですよね」

 個性が互いにぶつかり、四散しているチームの未来を憂い、アレクが深く息をついた。

「まあ、そう落ち込むな少年。これだけの人材が揃っているんだ、心配ないさ」
「先輩、いつも言ってますが俺は成人してますって。しかし――」

 アレクはこの度編入した新人たちをちらりと盗み見る。

 一人目はイリア・トリトニア。
 クラス5の戦略級魔法使いで、長い間存在自体隠蔽されており存在自体は非公式なものだ。
 戦中はサウストリア特殊作戦群に属し、主に情報収集や要人の護衛にあたった。
 「戦場の鬼神」と呼ばれたベルハルト・トロイヤードを影ながら支えた存在であり、大戦終結後も「アルファ」の偽名を使い表舞台には出てこなかった。
 基本的に朗らかで平穏な性格をしているが、必要とあらばどこまでも残忍になれる。
 振舞いかた一つで悪魔にも、天使にもなれる要注意人物だが、戦争の芽をつむには欠かせないキーパーソンだ。

 二人目はレックス・モートン。
 最近までは一般市民だった男性。類稀なる芸術センスを持つが、それ以外は特筆するべきところはなし。
 だが、長年研鑽けんさんを積んできた経験を活かし、短期間でエターブ社内の軍事シミュレーションでは上位に食い込むほどの成長ぶりを見せる。

 三人目はフォリシア・テルヴァハルティラ。
 解放戦線に叔父を殺害され、ただならぬ復讐心を持つ女性。
 魔力量は常人の三倍程度であるランク2を保持する。魔法の効率化を得意とし、生活魔法による生活水準の向上を目指している。
 ブロンドヘアに褐色肌といった見た目は特異遺伝子によるものであり、アルター7においても非常に稀。
 イリア・トリトニアとは師弟関係にあるが、上下関係などの細かいことは本人は気にしてはいない。

「……不安だ」

 アレクは再びため息をつく。
 彼にとってはイリアのおまけが二人、といった具合だ。
 優れた素養を持つが経験は浅く、これから教育すれば良い人材へと成長するだろうがその時間は限られている。

「ま、俺もドングリの背比べだな」
「ん……何か言ったか、少年」
「なんでもありませんって」

 アレクは疑惑の眼差しを受け流し、スマートフォンを取り出すと硝子板に指を滑らし始めた。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

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