『エンドウォーカー・ワン』第37話
「大規模な魔力爆発を検知後、104をロストした。101、報告せよ」
ノインが新型二機と銃火の応酬に明け暮れていると、戦闘指揮所のリカルドから通信が入る。
「現在新型と交戦中。104については報告待ち。しかし、この機体はどうなっている? 40ミリが通用しないなど……」
戦闘機動で減少したエネルギーをリチャージ中、窪地に飛び込んだグレイハウンドは主兵装の40ミリアサルトライフルのマガジンを再装填しながら敵の弾をやり過ごす。
至近弾が乾いた土を抉り、黒土がパラパラと機体上部に降りかかる。
回避機動は単調で安易に予測でき、未調整のFCS程度ではフル稼働させたところで灰色の猟犬を捉えきれない。
ストレスのせいだろうか――ノインは非常に強い既視感に襲われた。
「その機動、ベルハルト隊長に酷似していますね……元ハウンズ、臭いで分かりますよ」
ノイズと共にノインの耳に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。
それは先ほどの既視感に対する答え。
「やはりノインで間違いないぜ。ハンドラー・リカルドと共に北へ魂を売り渡した売国奴がよぉ」
別の男性の声が響く。
その凍土のように冷気を帯びた声はまさに戦闘特化に調整された猟犬だった。
かつては共闘し戦友と呼び合った彼らが互いの喉を食い千切らんとばかりに低く唸り合っている。
「ヴァッツ、ランス。俺は――」
「黙れ、偽者が。俺は昔からお前のことを嫌いだったんだよォ……隊長の後を犬っころみたいについて歩きやがって……」
ノインの言葉をランスと呼ばれた男性が切り捨てる。
「ランス、口上は必要ないでしょう。我々は駄犬を駆除する。それだけです」
「ヴァッツ、お前よォ……まあ、いい。ノイン、悪いが仕事なんでなァ、ここで死ね」
彼らが言い終わるが早いかグレイハウンドに二つの機影が迫り来る。
三砲身の機関砲が唸りをあげ、僅かな窪地に無数の砲弾が撃ち込まれノイン機をその場に釘付けにした。
そこへ別のもう一機が別方向から鋭角な機動で回り込み、肩に装着された二連装グレネードランチャーの照準を合わせようとする。
だが、その一瞬の隙を待ち構えていたように砲弾の嵐が襲い掛かり、新型のハルモニウム装甲の表層を削り取っていく。
被弾の衝撃で自動姿勢制御システムが限界点を突破し、発射寸前だったランチャーの照準が逸れた。
大きく外れた耐装甲榴弾がグレイハウンドの周囲に着弾し、巨大な火球と黒煙を作り出す。
「ヴァッツ、この馬鹿野郎! 外すんじゃねーよ!」
「たかが数メートルの誤差です。あれだけの金属片を浴びてM9程度が耐えられるとは――」
ヴァッツはカメラセンサーを切り替えて着弾点を確認するが一帯は黒く覆われており、機影を捉えることは出来なかった。
「XMスモーク……!」
それはあらゆるセンサーを無効化する煙幕で当然ながらグレネード弾には含まれていない。
恐らく着弾の寸前にグレイハウンドから散布されたものだろう。
グレネードの再装填は間に合わない。重装備のヴァッツは狙いも定めずに連装ロケット弾を周囲にばら撒きながら両手のSMGを煙の向こう側目掛けて乱射する。
黒煙を切り裂くようにそれは姿を現した。
機体のいたる所に傷を負い、頭部は装甲が引き剥がされた赤色に光るカメラアイが剝き出しになっていた。
表皮を引き裂かれ、メインフレームが顕わになった灰色の猟犬はヴァッツを正面に捉え牙を剥く。
ノインは腕部からマシンオイルを飛び散らせながらアサルトライフルのトリガーを引いた。
それは左から右に向けて掃射され、発射管に残っていたロケット弾やグレネードランチャーに次々と撃ち抜き、あっという間に鉄屑と化した。
予備弾倉にも被弾して火花を上げる両肩武器にヴァッツは舌打ちを一つ、手腕部以外の武装をパージする。
「ヤる気かよ、上等だぜ! この野郎ォ!」
その様子を見ていた外野のランスが吠えた。
兵装以外は相手側の40ミリを受けても被害は些細なものだ。
圧倒的な機体スペック差に強気だった彼はノイン目掛け強襲ブースターで急接近しようとしたが、グレイハウンドはそれを予期していたようにMPMを発射し、三方向から迫ってランスの接近を阻害する。
いくら新型とはいえど、主力戦車の正面装甲をも貫通するミサイル相手では避けざるを得ない。
両腕部接合部に装着された二基のCIWSから秒間何十発というサイクルで20ミリ砲弾を火球と共に吐き出す。
機体背面部から流れ出る真鍮の空薬莢。
獣の咆哮のような低く連続した発射音。
曳光弾が描く赤色の射線は自動的にミサイルの軌跡を追い、一発目を迎撃して二発目へ喰いかかる。
弾頭と側面の安定翼に被弾したそれはきりもみ状に落下していき、地面に激突して爆ぜた。
だが、全くの別方向から回り込む軌道は捉えきれない。
ランスは三発目の迎撃は間に合わないと判断したのか、回避機動をとりながらフレアディスペンサーから燃焼体を何発も射出させながら大地を滑走した。
完全に標的を補足していた一矢はランス機のコクピットのあるコア部分を掠り、至近距離で炸裂する。
主要部分は頑丈な装甲で保護されているが、ブースターやスラスター、接合部分は脆弱なままだ。
鉄片で機動力を奪われ、至近距離の爆発により機体が前のめりに転倒してしまう。
「クソがぁ! 直撃じゃなくて、これが狙いかよ!」
ランスが叫ぶが、その声はノインには届かない。
その間にグレイハウンドはパルスブレードで相手のSMGを薙ぎ払い、目にも止まらぬ早さで切り抜けると背面ユニットを一太刀で断ち切ってヴァッツ機を沈めた。
「クソッ、クソクソクソ! 俺達はハウンズなんだぞ! 失敗作の『駄犬』などにィ!」
ランスは黄と赤が入り混じったアラートスクリーンを睨み付けながら吠える。
彼が「駄犬」と呼ぶ男――ノインは次の標的を無機質なカメラアイで捉えて静かにその場に立ち尽くしていた。
「ランス、聞こえているか。これ以上の戦闘は無意味だ。投降を勧める」
「っざけんな。この数年間、ヌクヌクとハンドラーに飼われていた温室育ちが。見捨てられた俺達がどういう思いで生きてきたかも知らねぇクセに、大きな口叩くんじゃねェ」
「ハンドラー……いや、リカルドは常に自分を責めていたよ」
「……あん?」
ランスの言葉が微かに濁る。
「上部はハウンズ小隊を体のよい露払い役にさせようとしていた。これから訪れるであろう『平和』な世界に戦うだけの猟犬は不要だ、とか言ってな。リカルドは俺たちに第二の人生を歩ませようと、抜け道を作っていた」
「それがあの大規模エーテル災害……いや、星の力を人為的に起こせるはずがねェ」
「あれは――不運としか言いようがなかった」
その場には残骸が二つ。
グレイハウンドも立っているのが不思議なくらいに損傷していた。
「ノーストリアミサイル発射基地『グラビティウォール』は陥落と同時に半径10キロメートルを巻き込んでから地図から消失。今では基準を遥かに上回る高濃度エーテル残滓が漂う不毛地帯とされている」
「ノイン、おめぇよォ。歴史の授業をしている訳じゃねーんだ。要点を言え」
ランスは動かぬ自機に抵抗を諦めたのか、ため息混じりにかつての「戦友」へ吐き捨てた。
「……あの災害に巻き込まれたベルハルト・トロイヤードとノインは人格や性格を共有している」
「ああん?」
突拍子もないノインの言葉にランスの眼が再び鋭く光る。
「しかし、隊長は貴方のことを偽者と呼んでいましたが」
ヴァッツは無力化された機体の残骸から這い上がると、通信に割り込んできた。
スーツに取り付けられた頭部と脊髄を守るエアクッションの空気を抜き「隊長の言葉を全て信じるわけではありませんが――野で果てようとしていたところを救われた恩義もありますのでね」と語り出す。
「彼はノイン、貴方がエーテルの奔流に還ることで自らを確立させようとしています。何とも眉唾な話ですが、従わざるを得ません。ですが、我々の命は今や風前の灯」
「おいっ、ヴァッツ! オメエ、大人しく投降する気じゃねえねーだろうな」
半壊したWAWが痙攣のように小刻みに動きながら立ち上がろうとする。
「私はお前と違って情で動きませんので。ノイン、こいつは殺しても構いません」
「ヴァッツ、裏切る気か!」
「……落ち着いてくれ。戦場にも規則はある。一旦だな――」
ノインは何故俺が仲裁をせねばならないんだと思いつつ、自機の構えを解いた次の瞬間。
「総員、その場から直ちに退避せよ! クソッ……時間がない! 急げ!」
今まで沈黙せざるを得なかったリカルドの切迫した声と男性たちの怒声、そして何発かの銃声がヘッドセットに響いてきた。
島で行われている戦闘区域に目掛け、高高度を鉄の巨鳥たちが編隊を組んで悠然と飛んでいる。
底部の開閉式ウェポンベイには250キロ無誘導爆弾を何十発も抱え、標的上空に差し掛かるとハッチが開き、固定具から解き離れたそれらは自由落下していく。
それは一定目標に対してではなく、無差別に広範囲を焼き尽くす絨毯爆撃。
大地を抉り、樹々や岩を打ち砕き、一面を炎の海と化す。
「こちら第――爆撃中隊。目標地点への投下完了。帰投する」
物言わぬ鳥たちはゆっくりと針路を変え、自ら作り出した光景に何を思うでもなくその場から飛び去っていった。
「ベル……?」
生身のアルファは丘の向こうの荒野を見て放心する。
爆心地へ流れていく風に煽られ、彼女の後ろ髪を結っていたリボンが風に流されていった。
執筆・投稿 雨月サト
©DIGITAL butter/EUREKA project
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?