ふたりでいっしょに
小説
「ふたりでいっしょに」
作者:img_00
安価な人工知能向けのチップが開発・販売されて急速に普及して十数年が経った。市街地には無線給電システムと高速な通信回線が張り巡らされ、基本的に人間のインターフェースと人工知能のチップはこれを利用している。当時は色々と人間との摩擦も生じていたか、今では許容する意見が多く、過激な思想を持ったグループがトラブルを起こすこともほとんどない。最近では、おもちゃから高度な家電まで搭載されている機器の方が多い。一部のおもちゃには対象年齢が明記され、クラス2以上は小学校高学年以上推奨となっている。子供を持つ親にとって、人工知能との接し方は意見が分かれている。寛容な親もいれば、完全否定する親もいる。国際条約によって、人工知能を人間に組み込むことは規制されているので、人間と人工知能は適切な距離感を保って今日に至る。
横浜のマンションの一室に、ソファーの上でクッションを抱えながらテレビを見ている子供がひとりいる。ロックバンドのアニメを見て、音楽に興味を持つのはよくあることで、琴音の場合は、小学校高学年の時にベースを始めることになった。もちろん、機材もそろえなくてはならないので、両親の協力あってのこと。どうやら、ベースを弾いているキャラクターのビジュアルに影響を受けたらしく、楽器もエレキベースが欲しいらしい。やっぱり、横浜より東京の方が楽器店は多いので、今週末買い出しに行くことになっている。琴音は色々とネットで調べたりして、とてもうれしそうだ。ベース本体のメーカーと機種をチョイスして、そのほかはよく分かっていないので、お店に行ったときに店員さんに聞いてみるとのこと。
当日、荷物が多そうなので、車で行くことにした。楽器店に着くと、さっそくギターとベースのコーナーに一直線、とてもうれしそうだ。予算はピンキリ、今回は中級レベルのベースを買うことにしているので、基本的にセット販売はない。アクセサリ類は別売のセット品をチョイス、ただ、アンプだけは在庫が切れているらしく、安価なモデルがない。真空管を使ったビンテージ物をたまたま店員が見つけて、勧めてきたが値段もそんなに高くない。長い間、ほったらかしになっていたので、段ボールに日焼けとかがあったが、まあいいかと思った。(楽器店の店員も含め、誰も中に引きこもりの人工知能が入っているとは気づいていなかった…。)
楽器店からの帰りにスーパーによって夕飯を買った。家族は全員、エレキベースの経験がない。たぶん時間がかかりそうなので先に夕飯をとることにした。ダイニングで夕飯を食べていると、来客用の通信ネットワークにアクセス申請があったので、発信元を調べるとリビングの方。何だと思って行ってみると、どうやら今日買ってきたビンテージ物のアンプらしい。段ボールを開けてチェックすると、人工知能チップ収納用のスロットがあって、どうやらコイツらしい。なんで気が付かなかった? と思ったが、家族全員で話してみることにした。「…」、返事が全くない。仕方ないので、こちらから話しかけることにした。「君の名前は…?」、人工知能が初期状態か確認する常套句。「びくっ!!」かなり動揺している。「名無しさんです。」と小さな声で答えた。とりあえずは、それほど危険なものではないと分かったので、琴音に任せることにした。
アンプのキャビネットを見ると”エミリー”とロゴが入っていたので、それを名前に、銘板にMADE IN UKとあったので、適当にイギリス人のイメージを当てはめてアバターを作る。「同年齢、金髪、緑眼、ロングヘアー、身長は普通、色白、体重は私より1.5キロ重めで…。」こっそりと、意地悪して体重のパラメータを書き換えた。
小学校を卒業するころには、エミリーの引きこもり+うじうじが多少ましになったので、中学校からは一緒に通学させることにした。普通は小学校の卒業と同時に万年筆に組み込むことが多いが、琴音の両親は本人たちの希望を聞いてヘッドホンに組み込むことになった。エミリーも何となく心もとないだろうし、元は引きこもり+うじうじなので、いきなり環境を変えてしまうのも悪影響が出るかもしれない。しばらくして、琴音の方は社交的なお姉さんなので、結構なじんでいる。他の生徒やAIたちとも付き合っているが、エミリーは何となくおっかなびっくり…。
中学校に二人で通うようになって初めての文化祭、演奏するバンドを募集していたので、エミリーを引っ張り出すことにした。いつもベースの練習に付き合ってもらっているので、とてもいい声をしていて、歌うことが好きなのを知っている。家族にこのことを相談すると、みんな乗り気だ。ついでに、律にも手伝ってもらうこのになった。基本的に生楽器の演奏はしないが、DTMの打ち込みがとても得意でパソコン関係にはものすごく詳しい。(パソコンというより、高性能のワークステーション使ってるけど…。)
今の自分たちにはオリジナル曲を作るほどの力がないので、基本はコピー曲ということになった。ジャンルはどんなものがいいか? アーティストは誰にするか? 自分たちに演奏可能か? など考えていると、エミリーがよく歌っている曲があったのでそれにした。かなり古い楽曲だけど、確かにいい曲。たぶん楽器店で引きこもっていたときに聴いてた曲と察しは付いた。みんなの前で歌うのは抵抗あるだろうけど、いい経験になると思う。私も恥ずかしいのは一緒だ。ステージ衣装を洋服屋さんに仕立ててもらって納品は来週の月曜とのこと。基本的なデザインは一緒。エミリー用は少し色を明るめにしてもらった。仕上がったステージ衣装を引き取ってきて、実際に着てみると違和感はない。お父さんに頼んでポスター用の写真を撮ってもらった。学校で仕上がったポスターをみんなに見せるのはちょっと恥ずかしかった。
そして文化祭当日、ドキドキが止まらない。エミリーがいつものように、引きこもり+うじうじしているので、少し強い口調で「ここまで来たんだからあきらめなさい、往生際が悪い!!」といったものの、琴音本人もかなり緊張している。無理やり気持ちを奮い立たせてステージに出て行くと、観客席にいる同級生たちから応援のヤジが飛んでくる。「エミリー、頑張れー!!」「琴音、コケてもいいぞー!!」なんか扱いに差を感じるものの、少し気が紛れて何とか演奏できるくらいのメンタルには回復した。ステージの横にスタンバイしている弟の律にカウントダウンの開始の合図を送る。演奏を開始して、集中していると「なんか楽しくなってきた。」特訓のせいか、ほぼノーミスで演奏を終えることができたが、若干、気に入らない部分もあった。「コケてもいい、なんて縁起悪いこと言うからだ…。」とちょっとむかついた。
数日が過ぎて、文化祭のライブを誰かがネットに流したらしく、程々の手ごたえがあった。だいぶ自信が付いたので、路上ライブとバーチャル空間でのライブを始めることにした。「そのうち、海外にも行ってみたいな」と思うようになった。まだ実力不足と認識していたので、「高校生になるまでは練習練習…。」と独り言を言ったつもりだったが、エミリーが聞いていて「?」という表情をしているので適当にごまかした。
学校の文化祭には毎年参加するようになって、今では高校生になった。「おはよー、エミリー。」「いやでーす、琴音ー。」AIのくせに、なんかねぼけてる…。もう少しで、高校生になって初めての夏休み、イギリス行きももうすぐ。イギリスに行って、エミリーと一緒に路上ライブをする予定が入っている。最近は持って行く機材のチェックとか、楽曲の特訓とか色々と忙しい。弟の律は一緒に行かないが、ドラムとキーボードのパートを作ってもらっている。最近の通信回線は遅延が少ないが、何かトラブルがあったり、日本とイギリスでは時差があるので、収録したものをバックで流すことにした。琴音は自分のベースと父さんから貰った投影装置オンリーの構成でライブを考えている。何となく、エミリーと二人では違和感があるので、キーボードとドラムは適当な仮想アバターで映像化する、やっぱりこの辺はリアル寄り。仮想演奏者のシステムは、フリーで配布しているモジュールを拝借しているが、楽曲の打ち込みは基本手作業なので、ここ数日、律はかかりっきり。色々とチューニングの意見をフィードバックしているが、律はとにかく作業が早くて的確、弟ながらほんとにすごいと思う。
そんなことで数日が過ぎ、日本を立つ日がやってきた。横浜から羽田まで大して遠くないし、電車もあるので一人で行こうと思っていたが、両親が心配して送ってくれた。「高校生になってもまだ子供扱いするのか…。」と少し思った。両親にとっては、娘二人を送り出すようなものなので心配している。空港に着くと、窓口にスーツケースとベースを預けた。手荷物として、ヘッドホンとハンドバックを持って保安検査を受ける。無事に検査をパスして、しばらく椅子に座って搭乗時刻まで待つ。ネットに「イギリスへ修行に行ってきます」と告知してあったので、いろんなところから応援のコメントが入る。ボケーとしながら時間をつぶしているといろんなことが思い浮かぶ。「ここまで来たんだ」「アニメのベーシストにあこがれただけ、その時はこんなことになるとは思わなかったなー。」「他の道はなかったのか?」
何となく、ヘッドホンをコツコツ叩くと、エミリーが何か寝言を言っている。「結構、頑張ったし…。結果論だけど、まあいいや…。」と感慨にふけっていると、搭乗ゲートが開いたので、飲んでいた紙カップを捨ててゲートに向かった。フランス着でその後は海底トンネル、大体12時間くらいかな?
「エコノミークラスきついなー」と少し気が重い…。
制作 img_00様
投稿 笹木スカーレット柊顯
©DIGITAL butter/EUREKA project
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