長編小説『エンドウォーカー・ワン』第13話
色彩を失ったかと錯覚させるような荒涼とした平野を多数のWAW――M9A2「グレイハウンド」が後ろに土煙を伴いながら滑走していく。
半永久的にエネルギーを生み出すという高出力の第五世代発電機はそれまで二次元的な戦闘に限定されていた歩行戦車の在り方を激変させた。
コアの背面部に発電機から直結されたメインブースターは巨大な青色の光を焚き、姿勢制御用のスラスターが時折光っている。
「ハウンズ各機、交戦。902、射撃開始」
無線からひどく冷淡な男性の声が響いた。
何の情緒も挟む余地のない身体の芯から冷え切りそうな其れに答えるように、5キロメートル離れた丘の上から狙撃仕様の機体が伏撃で標的目掛け105ミリリニアアシストライフルを見舞う。
赤色の高温度発射ガスが銃口上部から吹き出し、辺りを震わせた。
広がっていく爆炎から電磁の閃光を纏った砲弾が生まれ、重量徹甲弾が秒速2000メートルという速さで他のWAWたちの間をすり抜けて標的に着弾する。
だが、主力戦車の正面装甲を易々と貫通するそれを以てしても標的は貫けなかった。
高エネルギー弾は全方位に展開されたパルスシールドにより蒸発してしまったのだ。
古城を改築して造られた眼球のような「怪物」はそれで目を覚まし、赤い光を灯して襲来者たちを睨んだ。
刹那、目視できるほどのレーザー光が902の機体に照射され一直線に放たれた悪魔の炎が上半身を文字通り「蒸発」させた。
「902、ロスト。敵の射撃パターンを解析中」
彼らのハンドラーが静かに告げる。
早々に僚機を失ったが、心の水鏡には少しの揺らぎも見られない。
これは「狩り」だ。
五体満足で帰還できようなど誰もが思ってはいなかった。
それとほぼ同時に滑走中の一機が両肩から多連装ミサイルを放ち、上空に飛翔していく様を見届けることなく右肩を焼かれ、バランスを失いその場に転倒した。
ハウンズたちは振り返ることなく目標に向かってただ突き進む。
防壁の上に設置された無数の自動砲台が鋭敏に旋回し猟犬たちに照準を合わせた瞬間、射手を失ったスタンドオフのミサイル群が上空から降りかかる。
爆炎が辺りを覆い衝撃波が各所で生まれ、爆撃にも耐えると云われる強化コンクリート壁の一部が崩れ落ちる。
「パターン解析完了。着弾まで3……2……1……今」
ハンドラーの合図と同時に先頭のWAWが側面部の緊急展開用ブーストで瞬間的に横方向へ加速し、エネルギー体を紙一重のところで回避する。
直接触れてはいないものの、高温度に曝されて装甲の表面がチーズのように融解した。
コクピットに至る被害や軽微なものではなかったが、怯むことなくアサルトライフルを構えて牽制射撃をする。
それに続くように砲弾の雨が「怪物」に降りかかり、パルス障壁を激しく波立たせる。
完璧な防御手段など存在しないが、相手がそれを想定していない理由にはならない。
飽和攻撃によりシールドを消失させたハウンズたちが一気に畳みかけようとした次の瞬間「待て、全機退避しろ!」と熱を帯びたハンドラーが注意を促した。
刹那、空だった筈の格納庫のシャッターを突き破りその巨体が立ち塞がる。
それは巨体――という表現が生易しく感じるほどの大きさだ。
まるで動く要塞のような大型兵器は駆動部がブースター付きのキャタピラで、上部は鋼の塊に砲身が無数に生えており、その威圧感たるや猟犬たちの思考を一瞬だけ持っていくに十分過ぎた。
先行していた機の回避行動が遅れてしまい、戦車のような怪物が横からそれを突き飛ばす。
だが機体のパイロットはスラスターを巧みに操り、空中で姿勢制御をしながら手にしていたライフルの弾倉が空になるまで敵に撃ち込む。
汎用兵器相手には猛威を振るうその武器も厚い装甲の前では無意味で、獣の咆哮のような銃声から放たれる多くの砲弾は受け流されてしまった。
「M22A4ジャガーノートだ。前面からの攻撃では効果が薄い。11、17。奴の注意を引け」
ハンドラーが告げる。
猟犬たちはジャガーノートの周囲で円を描くように戦闘機動をとりながらキャタピラや砲身目掛けて火力を集中させた。
しかし、敵は鋭い牙で幾度となく噛みつかれたというのに涼しい顔でその場に停止したまま無機質なカメラで走り回る一匹に狙いを定める。
時速200キロオーバーの予測できない機動に旧世代のFCSでは著しく命中率が低下するが、ジャガーノート上部に固定された二門の40ミリチェーンガンのモーターはスピンアップを始め、狙いを定めないまま文字通り砲弾の嵐が大地を抉る。
エジェクションポートから真鍮の空薬莢が滝の如く排出され、灰色の大地に煌めく黄金色の彩りを加えていく。
濃厚な弾幕の前には機動性能の優れるWAWとて無力だ。
紙一重のところで直撃は避けていたものの、面で襲い来るそれから逃れる術はない。
「並み」の機関砲弾は弾いてしまう腕部のファインチタン装甲が大きく歪み、比較的脆弱である接続部が荷重限界で断ち切られてしまう。
その機体は右腕を失った衝撃で大きく姿勢を崩したが、瞬時にスラスターを噴射させ姿勢を保つ。
ジャガーノートにはその「瞬間」で十分だった。
先の目玉の怪物ほどではないが、三門の高出力レーザーライフルが閃光を発した。
それは嘘のように正確で、耐エネルギーコートを施されていない左腕接合部を切り取ってしまい、ヘリウム3を含む液体燃料が血飛沫のように飛び散る。
完全に制御を失ったWAWは土煙をあげながらコアから大地へと沈む。
その隙に挟み込むように展開していた別機体がジャガーノートの背面に取り付き、コクピットを覆うブロックに銃口をごつりと押し付けた。
100連装マガジンを僅か数秒で撃ち切る連射速度、汎用兵器ならば原形を残さず粉微塵にするほどの火力。
着弾による無数の火花が散り、辺りには燃焼ガスが立ち込め、硝煙を纏った黄金色が装甲から零れ落ちていく。
だが巨兵はそれでも墜ちない。
ジャガーノートはWAWと比べて細かい動きができない反面、ジェネレーター出力だけは規格外そのもので、それを以てして「犬」を振り落とそうとした。
それよりも早く犬は動く。
左腕部に装着されたパルスブレードユニットが空気を振動させ、その空間が歪んだ。
刹那、圧縮された数千度のエネルギー体がジャガーノートの装甲に突き立てられ、融解した複合装甲が鮮血のようにごぶりごぶりと流れ出す。
それはまるで猟犬に牙を突き立てられて苦しがっているようだった。
しかし、猟犬は暴れる獲物に対して何の慈悲も持たない。
リミッターを振り切ったジェネレーターの出力が何倍もの質量差を押していた。
両機は何秒――何分戦っていたのだろうか。
ジャガーノートの赤い瞳が光を失い、WAWのジェネレーターが強制冷却モードで排熱中なのを見計らうように目玉の怪物が作動し、赤い光点を照射した。
猟犬のカメラアイがきつく引き絞られる。
それを見届けた目玉の怪物がWAWを消し墨にするよりも早く、閃光の如くハウンズの一機が割って入り、機体両肩に装着された電磁シールドユニットが青い光の盾となり前方に展開された。
パルスバックラーは赤い光の軌道を僅かに逸らし、その役目を終えて強制パージされる。
ジャガーノートを屠ったWAWは赤い光の中で僚機をじっと見つめていた。
その鋼鉄の先にかつての戦友を見出して。
「作戦フェーズ2に移行。999退避しろ」
ハンドラーの命令に兵装や手足を失い、戦闘不能に陥っていた猟犬たちが立ち上がる。
各機のブースターユニットの冷却機構が顕わとなり、青白い閃光が機体全体を辺りを覆い尽くしていく。
数秒の後、光に侵食された目玉の怪物の接合部というところ全てが融解し、黒の血潮で大地を染めてその巨体を横たえた。
若き猟犬が吠える。
ただ一匹、未踏の地で。
「ミッション完了」
戦いの痕跡を洗い流すかのように雨が降りしきる中、より冷たさを増したハンドラーの言葉が999に突き刺さる。
グラビティ・ウォール攻略作戦。
ノーストリアが誇る難攻不落の要塞は、サウストリア陸軍第44ハウンズ小隊の活躍により「軽微」な犠牲の元に陥落した。
最新鋭WAW、M9A2「グレイハウンド」のコアが開き、遠くに雷鳴轟く戦場にパイロットが身を晒す。
902、911、917……散っていった彼らは識別番号だけではない、紛うことなき人間だった。
999はコンピューター直結の神経接続ケーブルを引き抜き、口をきつく結んで苛立ちを拳に込め装甲板を殴る。
雨音に紛れ、濁った音がかつて戦場だった地に響き渡った。
執筆・投稿 雨月サト
©DIGITAL butter/EUREKA project