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彩りを連れて 十五
三人が私の話を待っている。昨日、あのメッセージを送ってから、どこからどうやって話すか何度も考えた。けれど、いざこうやって三人を前にすると、少し緊張してしまう。
一つ呼吸して、どうにか言葉を紡ぐ。
「私、お母さんと二人暮らしなんだけど、お母さんがその……心配性で。寄り道したりして帰る時間が遅れると、すぐ心配しちゃうんだよね」
「……ここでくらい、言葉選ばなくて良いよ」
できるだけオブラートに包んで話そうとしているのを晴くんが察したらしい。
「俺、前に真緒に聞いたこと、覚えてる。帰りが遅くなることより勉強が疎かになることを心配してるって、あの時は言ってた」
……そう言えば、そんな話をしていた。
立花くんと美玲ちゃんの顔に困惑が浮かぶ。でも晴くんは真っ直ぐ私を見ていた。
「……うん。お母さんは、私にちゃんと勉強して、良い大学に入って、良い会社に就職してほしいんだと、思う」
少しの沈黙の後に晴くんが口を開いた。
「本当に、それだけ?」
「晴、無理に聞こうとしない」
晴くんは単純に疑問だったのだろう。立花くんが制止してくれたけど、私は「大丈夫」と一言返してから少し考えた。お母さんがどうして私に勉強してほしいのか。
「それだけ、だと思う。お母さんは私に失敗してほしくないの。絶対に幸せになってほしいからそう言ってるんだと思う。……言ってるっていうか、直接そう言われたわけじゃないんだけど」
お母さんはいつも、私を心配しているように振る舞うから。
「昨日は、こんなこと話すわけにもいかないって思ったから、変に誤魔化そうとして意固地になっちゃった。ごめんね」
「いいよ。それよりさ、真緒はどうしたいと思ってるの?」
晴くんが今までに何回か聞いてくれたみたいにそう言った。
「……私は、お母さんのこと裏切りたくない。でもみんなと一緒にいたい。だから、学校にいる間はみんなと過ごしたいけど、寄り道とかはもうできないと思う」
「遊園地も行けない?」
不安そうな顔で美玲ちゃんに聞かれた。
「……遊園地に行きたいって言ったら、お母さんは良い顔しないと思う」
美玲ちゃんの顔を更に曇らせてしまったけれど、それが正直な答えだった。
そもそもお母さんは『お友達』と一緒にいることを良しとしていないように思う。そんな友達と遊園地に遊びに行きたいと言ったら、友達自体を否定されかねない。
「……一日遊びに出かけることが裏切ることになるのか?」
立花くんにそう言われて、咄嗟に言葉を返せなかった。
お母さんのことを、裏切りたくない。それは、あの日あの言葉を聞いてから私の胸の中心にあって、今まで揺らぐことがなかった。でも、みんなと会って、みんなと話すようになって、みんなと一緒にいたいって、そう思ってから、私の中心は揺らいだ。
お母さんの望みを叶えていたら、私の願いが叶わない。
けれど、私はお母さんの顔を曇らせることも、みんなのことを諦めることもしたくない。
「真緒は、どうしたい?」
「……え?」
重い沈黙を破って晴くんが口にした言葉に、一瞬反応が遅れた。それに、さっきと同じことを聞いているから。
晴くんは私が顔に疑問符を浮かべているのを察したのだろう。言葉を付け加えてもう一度質問した。
「真緒は、もし母さんが何でも許してくれるとしたら、どうしたい?」
もしも、何でも許されたら。
そんなこと、考えたことが無かった。『私は私のことをあまり考えていないんじゃないか』と言われた時のことを思い出す。あの時も、晴くんは私のしたいことを聞いてくれた。
もし、何でもできるなら。
「……みんなに色んなことを教えてほしい。遊園地も行きたいし、私、カラオケとかボウリングとかも行ったことないから、みんなと行ってみたい。コンビニのお菓子とか、ホットスナック? とかも、食べてみたいのたくさんあるよ。それに、みんなは私の知らない楽しいことをきっとたくさん知ってる。それを教えてほしいの」
「うん。俺たちもそうしたい。だから、どうしたらそうなるのか考えよう」
「え」
晴くんの即答に、戸惑う声で答えてしまった。
けれど、みんなはその言葉に納得したみたいに相槌を打っている。
「真緒ちゃん、多分お母さんに自分の気持ち話したことないでしょ? こんなこと言うと無責任な気もするけど、やってみないと分からないよ」
「で、でも、お母さんは、きっと、許してくれない」
「許さない、って言われたわけじゃないんだろ?」
美玲ちゃんに続いて立花くんにそう言われて、私は「それはそうだけど……」と曖昧に濁すことしかできなかった。
「もちろん俺たちだって真緒が母さんと衝突するのは避けたい。だからどうすれば柔らかく、でも自分の意見をちゃんと伝えられるか考えよう」
晴くんたちの目が真っ直ぐ私を見ている。
「……いいのかな」
私は目を見ていられなくて、俯いて呟いた。
「私のやりたいこと、言ってもいいのかな」
その声はどうしてか震えていた。泣きそうで、でも私はみんなの言葉を聞いて本当に泣くことになった。
「少なくとも私たちには聞かせてよ」
「中村がやりたいこと聞かないと俺たちも色々計画できないからな」
「やりたいことは言っていいし、やっていいはずだよ。そりゃ俺たちも急にハワイ行きたいとか言われたら困るけどさ! でも、そういうことができるようになった時には、必ずやろう」
ニカっと笑ってくれているはずの晴くんの顔が、涙で歪んで見えない。
「太田が真緒ちゃんのこと泣かせた~」
「俺のせい!?」
「こりゃ土下座ものだな」
「いや、なんか良い感じだったじゃん今! そこから土下座!?」
みんなが雰囲気を明るくしてくれている。初めて話した時からそうだった。みんなはキラキラしてて、私の世界に色をくれて、ずっと寄り添ってくれている。
「ありが、とうっ……」
嗚咽交じりにそう言ったら、美玲ちゃんが背中をさすってくれた。「気にしなくていいんだよ」と口々に言ってくれて、私はみんなと友達になれて本当に良かったと心の底から思った。