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『エンドウォーカー・ワン』第24話

 厚い雲が空を支配する中、数百年ほど昔に植樹された自然保護地域でその衝突は起きていた。
 人類がこの星に入植した当初、地球でも建設や災害復興の場面で活躍していた人型汎用作業機械ヴァンドリングヴァーゲンWAWが投入された。
 それは当初歪な形の作業用人形だったが、この瞬間に灼けた大地で物理法則を無視したかのように低空を飛ぶ姿は見紛うことなく闘う形状かたちをしていた。
 銃火ガンファイアが生の姿をより鮮明に照らし出し、音速を超えて炸裂徹甲弾が飛翔する。それを送り出し、息絶えた真鍮の筒は濁った音を奏でて大地へ次々に転がる。
 グレイハウンドは沈黙したアサルトライフルに息を吹き込んでいるリロードなか、右肩部に装着された三連装ミサイルポッドの先端を覆っていた蓋が吹き飛び、弾頭があらわになる。

「標的ロックオン。MPM多目的誘導弾全発射オールファイア

 至近弾が次々に襲い来る中、HALハルは戦闘中とは思えないほどの穏やかさで全神経を集中させている一番席に告げる。
 彼女の言葉が終わるやミサイルの推進剤に点火するよりも早く、それはポッドから射出された。
 そして推進装置ブースターが火を吐き出し、三発のMPM多目的誘導弾が燃焼ガスの軌跡を残してトップアタックモードで上空へと飛んで行く。
 それらは砲弾と砲弾の殴り合いが続く地べたを見下すように高度を取り、標的付近で鋭角に降下して急加速する。
 だが直撃するよりも早く、スレイプニルの上空で全てのミサイルが炸裂し、空気が震えた。

「回避行動も必要ないということか……」

 ノインは相手のリニアアイフルを紙一重で避けつつ、呼吸もできぬほどのプレッシャーで押し潰されそうになるのを必死で堪えていた。
 通常はヒートシーカー赤外線誘導ミサイルをフレアでセンサーを欺瞞ぎまんし、CIWS近接防御火器システム搭載機が迎撃を試みるが、スレイプニルは軌道を全く変えずに的確にグレイハウンドを狙い撃ちにする。

「広範囲のパルスシールド――ではないですね。魔法の防御魔法シールドを拡張したものでしょうか」
「ここまでの物だとは……999スリーナイン、速やかに退避しろ」
「それが出来れば苦労しない!」

 感情を表に出さないよう「調節」されているノインだが、呑気な口調のHALハルと相変わらず淡々としたハンドラー調教師の現場を垣間見ようとはしない言葉に苛立ちを隠せないでいる。
 一時ひとときたりともその場に留まることは許されず、クイックブーストを多用せざるを得ないグレイハウンドは相手に決定打を与えられないまま一次エネルギーの残量がゼロになりかけていた。
 通常の移動中であれば発電装置ジェネレーターが発電を継続してすぐさま充填されるのだが、正確に狙い撃ちにしてくる相手にそれは無理な話だった。

HALハル、解析できないのか」
「そのようなことを申されましても。私はただの補佐AIですし?」
「クソッ、ポンコツが」

 何故だか楽し気な彼女に苛立つノイン。

「ぽんこつって、あはは。貴方もそういう言葉を使うんですね」

 けらけらと音を立てて笑うHALハル

「耳を貸すな999スリーナイン、奴の言葉に惑わされるんじゃない」
「味方に対してそれはないですよぉ」

 命のやり取りをしているというのにHALハルは緊張感の欠片すら持ち合わせていないようで、AIらしからぬ発言を続けていた。
 そもそもはリカルド・トロイヤードが使用していたAIで、息子であるベルハルトに受け継がれ、そして今はノインの機体に搭載されている。
 操縦者パイロットの一挙手一投足を学習し機体制御を最適化させるのが主な役目であり、それには当然個人差があるため個々に基礎学習を終えたAIが割り振られる。
 学習の過程で人格が生まれる個体も存在するが、彼女のように人間と流暢りゅうちょうに会話をするAIは珍しい。

 戦いの最中さなかにありながらノインは懐かしさのようなものを感じていた。
 存在しないはずの記憶――調整を施された彼の脳が思考を遮断しようと鋭い痛みをはしらせる。

「機動が単純化している? 今ならば」

 鈍化したグレイハウンドにベルハルトは勝機を感じたのか、火器管制システムFCSで捕捉した敵機に銃口を向けトリガーを引いた。
 しかし、リニアアイフルから放たれた電磁弾は相手のファインチタニウム装甲を掠っただけで大きく跳弾する。
 明らかに砲の出力が落ちていた。

「ベータ?」

 ベルハルトは後部座席を見やる。

「ごめぇん……ベルハルト。あいつ、只者じゃないよ」

 ベータの白く滑らかな肌に幾筋もの汗の跡が見て取れる。
 細い喉からヒューヒューと息切れぎれに音を漏らし、限界が近いことを訴えていた。
 無尽蔵の魔力を持つと言われるクラス5を以てしてもスレイプニルの動力源としては最適化が進んでおらず、比類なき瞬間火力を誇るものの継戦能力には問題がある。

「……火器管制回せ。君は休んでいろ」
「だめだよ。帰れなくなっちゃう」
「だが、今あいつを討たなくてはいずれ多くの同胞たちが――」
ベルハルト・・・・・!」

 苦悶の表情を浮かべながらベータが声を荒げる。

「……今回の一件で北南、どちらとも彼女の所在を明らかにしていないことが分かった。偽者を掴ませられたけれど、彼女をエサに本物を引き出せるかもしれない」
「人質という訳か」

 こくりと頷くベータ。

「確実に効いている。いいぞ999スリーナイン
「ノイン、あと一押しです」

 40ミリ砲弾の嵐を受けてスレイプニルのシールドが弱まり、リカルドたちの声は明らかに高揚していた。

「……HALハル、お前はあの化け物相手に格闘戦でもしろと言うのか?」

 ノインが右部モニタに映し出された「0」のカウントを睨み付け、恨めしそうに言う。
「あらら、弾切れですね。CIWS近接防御火器システムでも撃ってみますか?」「シールドが無いものと仮定しても20ミリでは装甲を傷物にさせるのが精々だろう。それよりもここは駆け引きといこうじゃないか」

 青年はニヒルな笑みを浮かべ、再びオープンチャンネルに接続した。
 そしてグレイハウンドはライフルをスレイプニルに向けたままその場に静止し、ノインは頭部から冷たい筋を一つ流すと「随分消耗しているようだが、もう息切れか?」と相手をあおる。
 図星を突かれたベルハルトだが、彼とて幾多の戦場を渡り歩いてきた戦士だ。そのような軽い挑発には乗らない。

「なに、弱った相手をじわじわいたぶるのが趣味でね。そちらに合わせたまでだ」
「それはどうも。いい趣味を持っている上に紳士ときた。そちらの『イリア・トリトニア』も幸せだろうな」
「ああ、企業飼いの首輪付きには分からんだろうが」

 お互いに決定打をなくし、口論での戦いに移行してしまう。
 グレイハウンドは空のアサルトライフルを構え、スレイプニルは威力の減衰したリニアアイフルを向けたまま腹の探り合いが始まる。

「どうした? 先ほどまでのプレッシャーを感じないぞ。相方は魔力切れと見れる。『灰被りの魔女』の通り名が聞いて呆れるな」
「ほざけ! 雑兵ぞうひょうごとき俺一人でも!」

 ベータをけなされ、激昂げっこうしたベルハルトがリニアアイフルを投げ捨て、近接武器であるフィジクスブレードを抜いた。

「こちらにはまだ弾が売って歩くほどあるが、貴機に見舞う余裕はないのでな。ここは痛み分けといかないか」
「はっ、どうせブラフはったりだろうが。どうせそちらも弾切れだろう。来いよ、小僧。俺が怖いのか?」
「試してみるか?」

 ノインとベルハルトは互いに引くことを知らない。

「貴方が相手のレベルまで落ちていってどうするんですか」
「耳を貸すな999スリーナイン、奴の言葉に惑わされるんじゃない」
「リカルド、二回目だと茶番に聞こえますよぉ?」

 相変わらずの朗らかとしたHALハルと、まるで声に抑揚のないリカルド。

「ベルハルト、止めて……これ以上続けたらもうボク……っ」

 涙目で限界であると訴えかけるベータ。
 当事者同士は少なからぬ因縁を感じており、後退を促す外野陣には耳を貸そうとはせずに「これ以上侮辱されては男が廃るのでな。先の言葉は撤回させてもらう」とノインは左腕部に装着されたパルスブレードで空を斬った。

「大丈夫だベータ、俺がすぐにあの首輪付きを仕留めてやる」

 ベルハルトもまたたぎる血潮に抗えず、機体を低く構えるとアイドリングだったメインブースターで地表低く跳ぶ。
 ガンの間合いだというのにスレイプニルは一瞬で距離を詰め、鋭い鉄柱のような剣でグレイハウンドの胸部を貫かんとする。
 だが、ノインとてただ立っているだけの案山子かかしではない。
 機体を瞬時に傾けて刺突を避けようとするが数ミリ秒遅く、重鉄の矛先が赤い火花を上げながら装甲を抉り取っていく。
 それでも灰色の猟犬は怯むことなく左腕部のパルスブレードでスレイプニル目掛けて全エネルギーを以てして振り上げた。
 いかなる厚い金属の層とて一瞬で融解させ、切断する必殺の一撃は相手の表面を焦がしただけで何事もなかったかのようにすり抜ける。

「なっ……」

 ノインにできた一瞬の隙をベルハルトは逃さなかった。
 WAW同士だからこそできる格闘術で猟犬の首を掴んで荒野へ押し倒し、両腕を足で押さえると先の攻撃で脆弱化したコア部分目掛けて鉄塊を振り落とした。
 パイロットを護る筈のフレームが大きく歪み、破片が内部に飛散する。

「終わりだ」

 ベルハルトは相手のコアを引き剝がし、あらわになったコクピットを満足そうに眺めると目をきつく閉じ、深く息を吐いたのだった。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

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