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歳と同じように重ねて

あいいろのうさぎ

汚い部屋というのはそれだけでやる気を吸い取っていくような気がする。一人暮らしだし、部屋を汚くしたのは紛れもなく自分だ。汚くしたというよりは、片づける余裕がなかった。ベッドの上だけは安全圏だが、あとはもう悲惨。使ってから仕舞っていない物が机の上にも床にも散らばっている。シンクに物がないのはそもそもコップと箸くらいしか食器を使っていないからで、弁当や惣菜のプラごみがゴミ袋に押し込まれている。
 安全圏であるベッドの上から停滞した現状を見ているとスマホが鳴った。トークルームを開くと、『誕生日おめでとう!』の言葉とキャラクターが嬉しそうに飛び跳ねているスタンプが送られている。
 あぁ、そうか、誕生日だったか。ここのところ忙しくてそんなことはすっかり忘れていた。
『ありがとう』と返信して、どうせならと『今電話できるか?』と送ってみた。返事はメッセージではなく、着信音で返ってきた。
「もしもし」
「もしもーし。誕生日おめでと」
「ありがとな。お前のおかげで思い出したわ」
「忘れてたのかよ」
 拓也は軽やかに笑う。つられて俺も少し笑った。
「また歳とったんだなぁ」
「おや? なんか感傷的な感じ?」
「いや、歳重ねるだけで成長しないな、と思ってさ」
「そうか?」
 心から疑問を感じていそうな拓也の声音にこっちが不思議な気分になる。
「そうか? って、お前はなんか成長感じてるわけ?」
「いや、そうじゃないけど。一年前は仕事してなかったことを考えたらやっぱ前に進んでないわけじゃなくね?」
「仕事はやらなきゃいけないことだからなぁ」
 周りの人も多くは就職の道を選んだわけで、あまり自分自身の成長と紐づけることはしにくい。
「いや、やっぱ成長してるって。俺、一年前のお前が何て言ってたか覚えてる。『就職するとか信じられん』って言ってた。その信じられなかったことを当たり前だと思える程度には進歩したよ」
「それは……」
 ずいぶん苦しくないかと思ったが、まあ、そう考えた方が幸せかもしれない。
「……部屋の片づけでもしようかな」
「どうした急に」
「いや、なんかそんな気分になってさ」
「まあ、やる気出た時にやれば?」
 電話を繋ぎながらの片づけは、効率は良くなかったけど楽しかった。


あとがき

目を通してくださってありがとうございます。あいいろのうさぎと申します。以後お見知りおきを。

 「記念日」をお題に「歳と同じように重ねて」という作品が出来ました。「記念日」から色々なものを想像しましたが、結局は誕生日に落ち着きました。「記念日」には自分の道を振り返るイメージがあったため、こういった作品が出来上がりました。お楽しみいただけていれば幸いです。

 またお目にかかれることを願っています。

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