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彩りを連れて 八

 文化祭当日は十時から一般のお客さんが入ってくる。私と晴くんが受付を担当するのは最後の一時間で、それまでは自由時間だ。

「よし、まずはアイス食べに行こう!」

 美玲ちゃんと立花くんも一日目は十三時まで時間があるということで、一緒に文化祭をまわれる。

「いきなりアイス? 俺、食べるならもうちょいガッツリしたのが良いんだけど」

 美玲ちゃんの提案に立花くんが苦そうな顔をすると、

「慎平は甘いの苦手なだけだろ? それより俺、縁日行きたい!」

 晴くんが目をキラキラさせて言う。

「朝ごはん食べてからそんなに経ってないし、食べるなら軽いのが良くない?」

「え、待って俺の縁日完全スルー?」

 二人は必死で縁日に行こうとする晴くんの意見を無視して話し込んでいて、思わず笑ってしまう。

「笑ってないで俺の意見聞けって二人に言ってくれよ!」

「ごめんごめん、でも私も何か食べたいかな」

「真緒!?」

 晴くんは『ガーン』という効果音が出てきそうなくらいショックを受けていたけれど、何か思いついた顔をすると

「あ、そっか。真緒は起きるの早いから朝ごはんの時間も早いよな」

 と言って一人で納得していた。

「起きるの早いってどれくらい?」

 いつの間に会話を聞いていたんだろうか。美玲ちゃんに聞かれて「五時半に起きてる」と言うと美玲ちゃんも立花くんも目を見開く。

「五時半!? 早っ! 食べ物を決める権利をお譲りします」

 美玲ちゃんが恭しく頭を下げると、「いつからお前の権利だったんだよ」と立花くんからツッコミが入る。

「え、ほんとに決めていいの?」

 私が確認すると、みんな頷いてくれた。

「その代わりそれ食べたら縁日行こうな!」

「それとこれとは話が別だ」

「何で!?」

 晴くんと立花くんのやり取りに「こら、今は真緒ちゃんが決める番でしょ?」と美玲ちゃんの制止が入る。

「で、どこ行きたい?」

 目を見て聞いてくれた美玲ちゃんに、私はずっと食べてみたかったその名前を口にした。


 私が「食べたことないからチュロス食べてみたいな」と言うと、みんなびっくりして、美玲ちゃんと晴くんなんか「えぇぇええ!?」と大声を上げた。

 それは食べなきゃダメだよ! と美玲ちゃんに本当に背中を押されながらたどり着いた教室で、一人一本ずつチュロスを注文する。色んな味があったけれど、よく分からなかったので一番無難そうなシュガーにした。

 私が一口食べた途端に「美味しいでしょ?」と美玲ちゃんが聞いてきて、それに頷く。ちょっとかけすぎなんじゃないかってくらいの砂糖とサクッとした生地。食べ進めていたら「よっぽど美味しいんだな」と立花くんに言われた。見てみると、私だけ食べるスピードが三人より早い。

 私ってこんなに分かりやすかったんだ……と少し恥ずかしい気持ちになったけれど、「これで幸せの味をまた一つ知れたな!」と晴くんに言われて、その通りだな、と思った。

 甘いチュロスも、三人の笑顔も、ここに一緒にいられることも、全部幸せの味だった。

 その後は晴くんのお望み通りに縁日をやっているクラスに行った。射的とヨーヨー掬いと箱の中身を当てるゲーム。ポイントを稼いだ人の名前がランキング順に黒板に書かれていた。

 晴くんは夏祭りにはしゃぐ子供みたいで、それだけ楽しみにしているなら自信があるのかと思ったら、射的は大外れだった。ヨーヨー掬いも一つだけ。箱の中身を当てるゲームでは健闘したものの、とてもランキングに載るようなポイント数ではなかった。

 晴くんが美玲ちゃんに散々いじられている中、「大当たりー!」と生徒の声が響く。見ると、立花くんが射的で一番難易度の高い的を当てた所らしかった。その後も、ヨーヨーを五つも掬いあげたり、箱の中身を当てるゲームで「ウーパールーパーのおもちゃ」を言い当てるという奇跡を起こして、見事ランキング一位にその名前を刻んだ。

 縁日の後は美玲ちゃんが所属する演劇部の公演を見に行った。美玲ちゃんの出番は明日で、今日は別の班が公演をする番らしい。

 演目は廃部寸前まで部員が少なくなってしまった合唱部の復活劇。最初は四人だった合唱部に人数が増えていき、最後は十六人での合唱になるシーンでは危うく泣きそうになった。でも涙を堪えている横で晴くんが号泣していて、驚くと同時に少し笑いそうになってしまった。

 昼ごはんに保護者会の方々が出している焼きそばを食べながら、「太田が泣きすぎてて笑い堪えるの必死だったわ」と美玲ちゃんが言うと「俺も」と立花くんが少し笑いながら返す。「お前ら人が感動してるところで笑うなよな」晴くんはムスッとした表情で焼きそばを口に運ぶと、「あ、美味い!」とコロッと表情を変える。それで余計に笑えてきて、三人で焼きそばを食べる手を止めてしまった。追い打ちのように「え? 何? なんか面白いことあった?」と質問してくる晴くんがおかしくて、私は初めてお腹が痛くなるまで笑った。


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