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『エンドウォーカー・ワン』第21話

「探しましたよ、アルファ。いえ、サウストリア第2特殊作戦群中尉イリア・トリトニア」

 レックスらがその村を訪れた数か月後、肌をフレイヤIIが照り焦がす季節。
 動き出した復興作業は順調そのもので、平和というものを村人が実感し始めていた頃。
 その望まれぬ来訪者たちは地響きと共にこの村へやって来た。

――魔法探知サーチに引っかからなかった。よほど制御するのが上手いのか、それともただの一般兵か。

 「アルファ」は村役場を訪れた見知らぬ男性と対峙していた最中さなか、相手が何者か分からずに警戒の色を強める。
 彼はノーストリアの将校らしく、パリッとアイロンがけされた上質の軍服に制帽を着こなしている。
 以前に北軍をかたった集団が訪れ、物資を強請ゆすられたことがあったが、彼女からすれば素人感丸出しのただの案山子であった。
 だが、彼らから感じ取れるのは訓練を重ねにかさねた灰色の空気。
 紛れもない正規軍――それも精鋭だ。

「私は確かに軍属でしたが、人違いでしょう。それにしても、重装備のWAWが二機に装甲兵員輸送車APCが三両。とても『探しに来た』とは思えないほどの編成ですが」

 アルファは瞳の奥に紅蓮の炎を静かに揺らめかせ、面談室の窓の外を見やりながら投げかけた。

「またまた、とぼけるのもいい加減にしてくださいよ。貴女と『彼』を刺激しない最小限度の編成で来たというのに」

 将校は吐息混じりにやれやれといった様子で頭を振るう。

「彼……とは?」
「よくご存じでしょう? 現在国際指名手配されているテロリストですよ。貴女の幼馴染・・・・・・の」

 アルファの手がピクリとほんの僅かに反応する。
 それを知ってか知らずか、確証のあった将校は入り口扉付近で待機していた部下から書類の束を受けとり「ベルハルト・トロイヤード」と語りだした。

「2321年イルデ州生まれ。サウストリアの英雄――まあ、私たちからすれば死神に等しいですが。父リカルド・トロイヤードと魔女ゾラ・トロイヤードの間に生まれ、戦略級魔法使いに等しい魔力量を持つ。その才はWAWの操縦に生かされ、重力制御によるG耐性の高さで今までにない高機動戦闘を行い、数々のノーストリアの軍事作戦を妨害。戦場の鬼神と呼ばれ、我々は暗殺を何度も試みるも何者かによって未遂に終わる。さて、それはどこの誰でしたか」

 淀みない語り口と、蛇のような狡猾な視線にアルファは表情を強張らせた。

「トロイヤード親子は終戦際の混乱の最中さなか、我が方の核ミサイル発射基地を強襲。これを壊滅させ、行方をくらました。そして息子の方は敗残兵を率いて反乱軍と成り下がってしまった訳です」
「貴官は……ただの女にそのような機密を話してどうするおつもりですか」
「無論、貴女が我々の探しているイリア・トリトニアに他ならないという確証を得ているからですよ。密告者をここに」

 部下は「はっ!」と敬礼し、ドアを拳で三度叩いた。
 廊下に控えていたのだろうか。アルファが身構える間もなく扉が乱暴に開かれ、後ろに両手を拘束された少年と兵士が流れ込んできた。

「フリオ!?」
「ごめん、アルファねーちゃん……」
「涙ぐましいではないですか」

 少年は相当乱暴に連れて来られたのか着衣が乱れており、それを将校が膝をつき丁寧に正していく。

「彼は治療が必要な母親のために貴女の情報を渡したのですよ」
「……みんなが助けてはくれるけど、一人で見るのはもう限界なんだ。かーさんも隣街の施設に入るって。本当にごめん」

 フリオは苦虫を嚙み潰したかのような渋顔でアルファを直視できなかったのか、床に視線を落として絞り出すように言った。
 彼の母親は24時間の介護が必要なほど衰弱していた。
 保険適応外の入院治療が必要だったが母子家庭で十分な貯えも無く、その日を生き延びるのが精一杯だった彼らに高額の医療費を払う余裕はない。
 ローンも審査が通らず、母親は根本的な治療を受けられずに苦悶する日々を送っていた。

 ――少年は村人たちを守り、守られていたアルファをノーストリアに売り渡す決意をする。
 彼の為に義援金を募っていた中心に彼女が居たとも知らずに。

「……裏切ったのね」
「ごめん」

 アルファの被っていた幾重の仮面がぱらぱらと崩れ落ちていく。
 軍人の一人として、自分を守ろうとしてくれた数多くの人々とあの日送り出してくれたベルハルトの顔が浮かび、それはよりいっそう加速する。
 決して感情をあらわにする訳にはいかなかった。

 それに報いるため、長年幼馴染に忍び寄る脅威を退け、影の存在として生きてきた。
 だが、終戦の最中でトロイヤード親子が失踪。その数週間後、サウストリア解放戦線を名乗るグループが現れた。
 リーダーはベルハルト・トロイヤード。
 そのパートナーはイリア・トリトニア。
 旧サウストリア政府は二人の存在自体を否定。
 ノーストリアはこれを反乱軍とし、掃討作戦を開始した。

 イリアはベルハルトと自身の潔白を上官に訴えるも、返ってきたのは酷く冷徹な言葉だった。
 敗者の言葉は全て勝者によって書き換えられる――君たちを庇うことはできない。と。
 そして彼女の上官は一時間後にノーストリアが此処に来ることを伝え、敵味方識別装置IFFや発信装置の類を外したWAWの実験機を託す。
 それは決戦兵器として「グラビティ・ウォール作戦」に投入される予定だったが、魔法を扱う者の最上位とされるクラス5の搭乗者を二名要することからお蔵入りとなり辺境の基地へと密かに移送されていた。
 イリアはかつての仲間たちに別れを告げ、野に下る。

 この星、アルター7の魔法の根源や神秘と言われている「エーテル」が濃い土地は限られていて、ノーストリアにはそういった土地が殆ど存在しなかった。
 その代わりに比類なき工業力・軍事力で南へ侵攻し、勝利を収めるも北の民たちは心休まらない。
 占領した国は現代科学で解明されつつも、再現できない未知の力で溢れていたからだ。
 故に偏見に満ち、魔法使いたちを異端視する者も多くいた。

 この男はどちら側か――イリアは奥歯をきつく噛み、将校を焼き殺さんとばかりの眼光で貫く。

「おやおや。そんなに顔を歪めて、奇麗な顔が台無しだ。だが、その魔力量はやがて我が国の脅威となるでしょう。連れていきなさい」
「誰があなた達の言いなりになんかなるもので……す……ぁ……?」

 彼女が身構えようとした次の瞬間。
 頭からさあっと血液が引いていき四肢から力が抜けた。
 そして壊れた人形のように危険な角度から崩れ落ちる。
 それを予知していたかのように受け止めるノーストリアの将校。

「貴女がいけないのですよ。素直に我々の元に来ないのですから」
「イリア様、すみません。フリオだけではなく、我々も限界だったのです」

 彼女は遠のく自意識の中、二つの声を聞いた。
 どちらが誰の声だったのかは分からないが、深層に沈みゆく中でひたすらに思う。

――人は過ちを繰り返す。決して学ぼうとしない。

 ならば。

――このような世界は燃やしてしまえ。燃え残るものもないよう、徹底的に。

***

「ポイントアルファより東方面で大規模な爆発を確認。戦闘指揮所CICに繋ぎます」
「起きろ999スリーナイン。仕事の時間だ」

 消灯していたコクピットのディスプレイが点き、眠りこけていた青年はヘッドセットからの音声と明るさで目覚める。

「状況が変わった。ノーストリア軍が移送中だった『キャスター』が暴走、ノーストリアの小隊と戦闘になっている」
ハンドラー調教師、冗談はしてくれ。クラス5相手に並みの部隊が相手ではただの虐殺行為に過ぎん」
「そうでもない。キャスターを輸送していたのは対魔法特化部隊メイジスレイヤー小隊だ。数々の魔法使いをほふってきた戦時中のエースたち」
「それで、俺たちはどうする。交戦状態に入った以上、確保は容易ではないだろう」
「……そこでお前だ」

 珍しく口籠るハンドラーの言葉に999スリーナインの瞳孔が引き絞られた。


  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

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