『エンドウォーカー・ワン』第41話
「俺の名前はドミニク。質問はしばらく無しだ」
緩やかに走り出した車内で、助手席から後部座席へ声が飛んできた。
「奴はこの事態を予測していた。エターブ社内に非同盟オストア共和国――いや、俺たちが『ノーナンバー』と呼ぶ西諸国の組織工作員が紛れていると。バックドアを用意し、その証拠は今頃ノーストリアに渡り、ノーナンバー共が施した工作が露呈するのも時間の問題だろう」
「リカルド――父が?」
ベルハルトがいまだに残る回復痛に目を細めながらドミニクの後ろ頭へ尋ねる。
彼はふう、と大きく息を吐いて問いに答えることなく言葉を流し続けた。
「全ての元凶はノーナンバーと呼ばれる非合法武装集団。その辺りのテロリストと違うのは、オストリアからの兵器供給を受け、同国からの『仕事』をしている点だな。ノーストリアとサウストリアの戦争終結、解放戦線、輸送船を襲わせて新日本との摩擦を増やし、信頼関係を揺るがせる――嘘を混ぜない、愚直な工作だ」
「世間に公開しないのは、短期決戦を考えているからか」
「質問は無しだと言った筈だが――まあ、いい。流石リカルドの息子だ。察しが良いな」
ドミニクはベルハルトのほうへ向き直り、不気味に微笑んだ。
「目標に忍び寄り、反撃の隙を与えず懐へ潜り込んで喉笛を掻き切る。それが猟犬のやりかただからなァ……しかしノーストリアが先走り、監禁されているリカルドらの救出作戦を考えているようだ。これは各拠点への強襲を計画している俺たちには都合が悪い」
「それは何故?」
「奴が囚われているのは通称『再教育センター』、強化人間の調整を行っている施設だ。恐らく精神に何らかの改造を施されていると思われる。一度受けた『教育』は簡単に矯正はできない」
ワゴンはトールバス本島都市部から外れて郊外へと出る。
潮風を受けながら海岸線沿いの道路をしばらくの間走り、曲がりくねった山道を登っていった。
「体内に何かを埋め込まれている可能性もあり、正気に戻すには時間も必要――長期間隔離しておく場所もないということか」
「だから不安要素は消すしかない。そこで、だ」
ドミニクはそこで一旦言葉を区切ると、後部座席のベルハルトを真っ直ぐに見つめ「リカルドからの言葉をそのまま伝える」と身を乗り出して言う。
「『選択しろ。選択なき人生に意味はない』だそうだ」
「……それは」
ベルハルトは「それはどういうことだ」という言葉を一旦飲み込み、頭の中で何度も反芻する。
父リカルドは一体何を言いたいのか。
救出作戦自体はタイミングの問題はありそうだが、拘束して後方に身柄を移送するだけで諸問題は解決するようにも思える。
では何を選べというのだろうか。彼は困惑した。
その言葉が意味するところはこれから訪れるであろう未来の話なのだろうが、今の彼には想像することもできない。
「……人生は選択の連続だ。お前が今までしてきたように、悔いの残らない人生をな。ベルハルト」
ドミニクはそう言うと、車は何らかの施設のセキュリティゲートの前で停車し、助手席の窓を開ける。
「ドミニク中佐だ。件の所用から戻った。この者たちの身元は俺が保証する。通してくれ」
「……はっ」
自動小銃を提げ、白色のヘルメットを被った衛兵が詰所へ合図を送り、金属製のゲートが左右に開く。
再び走り出したワゴンのタイヤが溝の上を通り、車体を少し揺さぶると舗装された施設内に入る。
「……国際平和監視機構? どうして我々を?」
広場に掲げられている旗を見やり、ヴァッツがドミニクへ問い掛ける。
すると彼は視線をそのままに「自分のケツは自分で拭け、と習わなかったか?」と言い、車が格納庫前で停まると素早く車外へ出ていく。
「おいっ!」
ドア付近に座っていたランスがその背中を追い、次にベルハルト、ヴァッツに順で続く。
「お勤めご苦労さん、とでも言うか。ノイの字――いや、ベルと言うべきかのう」
「イサカ主任? どうしてここに?」
清掃の行き届いた真新しそうな格納庫で一行を出迎えたカラーレンズメガネの男性は、ベルハルトがかつてノインだった時に親身に世話を見てくれたイサカだった。
スーツ姿で仕事をすることがモットーとしていた彼が、今や青色の整備員服に身を包み、マシンオイルに塗れている。
「エターブの新しい運営陣のヤツらこう言ったのさ。えー、ゴホン。『我々に大切なのはイノベーションであるぅ。古い角質は取り除き、新しい目を育まんとせねばぁ』」
「それでリストラされた、と」
「違うわ、自分から辞めたんじゃあ!」
イサカはベルハルトのカッターシャツを千切らんとばかりに襟元を絞り上げる。
傍目から見ると一触即発なところだが、そんな二人は何処か愉しげで。
「ベルハルト、知り合いですか?」
「ああ。今居る――いや、居たというべきかな。会社の先輩だ」
「おう。イサカ・ヒルバートという。お前らは見ねぇ顔だが」
ヴァッツとランスを訝し気に見つめるイサカ。
解放戦線から切られた可能性があるとはいえ、どちら付かずであった二人は言葉を詰まらせ視線を交わす。
「私的な友人だ」
ベルハルトは涼しい顔でさも当然と言わんばかりに答える。
彼自身嘘をついた自覚はないが、エターブ社とサウストリア解放戦線は敵対関係にある。
殺し合ったのもつい最近の出来事。だというのに、彼はそう言い切る。
「……そうか、それなら細かいことは聞かんが――ゴホン」
赤髪の青年をよく知るイサカは敢えて言及はせず、咳払いを一つ。
お人好しな「戦場の鬼神」に忠告の一つでも叩きつけてやろうかとした次の瞬間。
「おいっ、ヒルバード! いつまで雑談をしとる。手を動かさんか、手を!」
と、格納庫の中のほうから小太りの中年男性が激を飛ばしてきた。
するとイサカは「すいやせん! おやっさん!」とその男性に向けて深く頭を下げた。
挨拶もそこそこに遠ざかる背中を追っていたベルハルトの横にぬうっとドミニクが顔を突き出し「仲間思いなのはリカルドと変わらんなぁ……」と湿り気を帯びた笑みを浮かべる。
「そういえば、父を知っている口ぶりだが」
「質問は――まあ、いい。俺とリカルドは同僚だ。はじまりはそうだな――」
ドミニクは語り出す。
サウストリア陸軍に属した硝煙に満ちた日々を。
執筆・投稿 雨月サト
©DIGITAL butter/EUREKA project
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