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彩りを連れて 一

あいいろのうさぎ

 日々に起伏がなく、同じことを繰り返すばかりで、どちらかと言えば暗い気持ちでばかりいることを『灰色の日常』と言うのなら、私の日常は何色なんだろう──。
これは、あなたとみんなに出会って色づく世界の話。

 夏休み明け最初の登校日。いつも通り誰もいない教室に入るものだと思っていたけど、今日は違った。

 私よりも先に五人も教室にいる。しかも一つの席を囲んでお菓子を積み上げたり、派手なモールで机を飾ったりしている。そこで私は察した。誰か誕生日なのだろうと。

 飾り付けられている席の位置と、先に来ていたクラスメイト達からすると、今日誕生日を迎えるのは太田おおたはるさんだろう。クラスでも一番目立つ男子。どんなに話しても話題が尽きることがないのか、お菓子の塔を建設しているメンツと毎日のように騒いでいる。運動ができるタイプで、体育の時間なんかは太田さんがどっちのチームに入るかでパワーバランスが変わってしまうレベルだ。それでも能力が運動に偏ることはなく、定期テストの時なんかも上位に入ってくる。それに友達を大事にするタイプらしく、太田さんがああやって友達を祝っているのを何回か見かけたことがある。

 天は二物を与えず、と言うけれど、彼は学生生活に必要なスキルを全て持っているように見える。だからこそ、ああして慕われて誕生日を祝う準備をされているのだろう。

 でも、私には関係のない事だ。

 ああでもないこうでもないと言いながら飾り付けに勤しむ声を聞きつつ単語帳を開く。小テストの範囲の復習。単語はほとんど完璧に覚えているけれど、例文までは手が回っていない。そうは言っても課題の単語の部分が穴あきで出てくるだけだから、活用の仕方を覚えていれば大丈夫だけど。

 小テストの範囲を一通り見終えた頃には、太田さんの友達も満足のいく飾り付けができたようで、今度は黒板に大きく文字を書いていた。でもその時、

「うわ! 俺の席すげーことになってる!」

 当の本人がやってきてしまった。

 一瞬固まった彼らだったけれど、すぐに太田さんの元に集まる。

「お前来るの早すぎ!」

「空気読んでよ~」

 口々に文句を言いながらも全員その手にクラッカーを握っている。

「え、誰が掛け声やる?」

「立花で良いんじゃない?」

「え、何で俺?」

「そういうの先に決めといてくんね?」

「いや、お前に言われたくないわ」

 なんやかんや立花さんが音頭を取ることになったらしい。

「せーのっ!」

「お誕生日おめでとー!」

 クラッカーが一斉にパーンと音を立て、色とりどりの紙テープが太田さんに向けて放たれる。きっと太田さんから見ると突然視界が色に埋め尽くされたように見えただろう。

「ありがと!」

 自分にかかった紙テープを払いながら、太田さんは屈託ない笑顔を向けた。それを見た立花さんたちも嬉しそうで、書きかけの黒板は放置して、お菓子の塔を自慢し始める。

「これ作るの大変だったんだから~」

「いや本当すごいよ。ってか机の中までお菓子入れるなよ」

 太田さんが笑いながら机の中からお菓子を取り出す。

「こんな沢山食べきれねーって」

「そこは俺たちも一緒に食べるから」

「お前ら最初からそれが目的か」

「バレた?」

 笑いあう彼らは心底楽しそうで、眩しい。

「これ写真撮っていい?」

「撮ろ! て言うかそこは本日の主役と一緒に撮らなきゃでしょ」

 各々スマホを取り出して太田さんに向けて構える。

「いや、まず俺に撮らせてよ」

 そう言いつつも太田さんはカメラにピースして見せる。その顔は明るい感情に溢れていた。写真を見たら思わず顔がほころんでしまいそうなくらいの笑顔だった。

 そんなに幸せそうな顔ができることが、少し羨ましい。

 太田さんの撮影会を終えて今度は集合写真を撮ることにしたらしい。立花さんがスマホを持つ腕を目一杯伸ばしているけど、うまいこと全員入りきらないみたいだ。

「菓子入れようと思ったら六人入らねーんだけど」

「そこは気合で何とかして」

 それからスマホを縦にしたり横にしたり屈んでみたりくっついてみたりしていたけれど、お菓子の塔と六人を入れるのは至難の業らしい。彼らがどうしようかと相談し始めた時、たまたま太田さんと目が合ってしまった。

「おはよ。ごめん写真撮ってくれないかな」

 彼らは当たり前のように使っているけれど、校内でスマホを使うことは禁止されている。それを気にするような生徒なんて正直いないのだけれど、私は違った。

 でも、六人が期待のこもった目で私を見ている。

 それを上手く断る方法を、私は知らなかった。

 立ち上がると、口々に「ありがとー!」と言われる。

「急に声かけてごめんな。よろしく」

 太田さんはそう言って私にスマホを渡して、友達の輪の中に戻って行く。

 カメラを構えると、みんな笑顔になる。私はカメラの前で上手く表情を作れないタイプなので、単純にすごいなと思ってしまった。

「はい、チーズ」

 慣れない言葉を口にして画面をタップする。パシャリと音がすると「撮れたー?」と六人が寄ってくる。

 写真を見せると太田さんが、

「あ、黒板の文字も入れてくれたんだ」

 と真っ先に言って、立花さん達も「あ、ほんとだー!」と続ける。

 立花さん達も少し驚いていたようだけど、一番驚いていたのは私だった。そんなことに気づいてくれるとは思っていなかったから。

「撮ってくれてありがとな。また任せるかも」

 太田さんの口ぶりではそれが冗談なのか本気なのか分からなかった。スマホを返すと、また輪の中に戻って写真の共有を始める。

 私は輪の外に戻って、単語帳を開く。

 もうテスト範囲の勉強は終えていた。単語帳を開く意味はあまり無かった。でも、そうしたかった。

 輪の外で、何もしないでいたら、きっとずっと彼らのことを見てしまうから。

 羨望の眼差しを向けてしまうから。


 私が一瞬でも輪の中に入れたのは、その時だけだった。後はいつも通りで、誰も私に話しかけてきたりしない。私が学校で口を開くのはご飯を食べる時と、グループワークがある時くらいだった。それ以外はずっと黙っている。話す相手がいないから。……ううん、違う。

 人と話すのが怖いから。

 人と話して、関わって、失敗するのが怖いから。

 本当は写真を撮った時も冷や冷やしていた。指が映り込んでいるんじゃないか、上手く撮れていないんじゃないか、黒板の文字を入れようとして距離を取り過ぎたんじゃないか、それで怒られるんじゃないか……。不安は私の頭を占めていって、だからお礼を言われたときは本当にほっとした。

 ほっとして、羨ましくなった。

 あんな風に身軽に友達と話すことができたらどんなに良いだろう。

 でも実際の私は臆病なままだ。誰よりも早く登校するから、学校に行く時の話し相手なんていないし、お弁当も一人で食べる。帰りは誰よりも早く帰る。ほとんどが部活に入っているこのクラスに、帰宅部の私と帰れる人はいない。というか、そんな物好きは例え私が部活に入っていたとしてもいない。

 帰ったら、他にやることがないから勉強している。友達のいない私が今の流行りについて行けていない実感はある。けれど、流行りについて行く必要もない。困らないから。

 下手に友達を作って、仲良くなりきれなくて衝突するようなことがある方がよっぽど困る。

 でも、そんな風に何もかもを避けて通っている私の生き方は、正しいんだろうか、と思う時がある。

 お勉強をするのは大事なことよ。お母さんはそう言う。だから多分、勉強ばかりしているのも、そんなに間違ったことではない。

 けれど、たまに思う。私の人生は何色なんだろう、と。

 日々に起伏が無く、同じことを繰り返すばかりで、どちらかと言えば暗い気持ちでばかりいることを『灰色の日常』と言うのだと聞いたことがある。対義語は多分『薔薇色』。薔薇色の日常はどんなものなのだろう。それが分からない私の日常は、多分薔薇色ではない。

 じゃあ灰色なのかと自問してみるけど、何とも言えない。日々に起伏はない。けれど落ち込むことも少ない。代わりに喜ばしいこともあまりない。そんな私の日常は、一体何色なんだろう。

 色が分からないのなら、もしかしたら私には心の眼がないのかもしれない。何か、大切なものを、どこかで無くしてしまったのかもしれない。そのことが、どこか寂しくて、でも同時に納得する。

 友達なんて、できるわけがない。


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