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彩りを連れて 六
「中村、ちょっといい?」
いつも通り一番に登校して単語帳を開いていると、立花くんに声をかけられた。まだ私たち以外の人は教室にいない。立花くんがいつもより早く登校していて、それが私に何かを聞くためだという事は状況から分かった。
……怖い。
立花くんはたまに助け船を出してくれるから、周りが良く見える人なんだろうとは思っているけれど、文化祭の準備以外でそんなに話したことがない。
何を聞かれるんだろう。
「そう固くならなくていいから。別に今から中村を叱ろうっていうんじゃないんだから、もうちょっとリラックスして聞いてくれ」
さらっと私が緊張していることを言い当てると、立花くんはこう言った。
「本人に言うのもどうかと思ったんだけどさ、晴が昨日からうるさいんだよ。お前にとって嫌なことしたんじゃないかって」
「そんなこと……!」
「ない、よな。やっぱり」
立花くんは少し溜息をついて、一呼吸おいた後に言った。
「悪いんだけど、昨日のことは晴からちょっと聞いてる。……アイツもそれなりに察し良い方だからさ、お前が何か隠してるってことくらいは分かってる」
心の奥をギュッと握られたような感覚がした。
でも次の言葉を聞いて、その感覚はゆるゆるとほどけていった。
「別に俺はそれを言う必要はないと思ってる。誰にだって隠したいことの一つや二つあるだろうし。でも晴は気にする性格でさ。あれだったら俺から晴に余計な事言うなって言っとくけど」
「……打ち明けろって言わないの?」
立花くんは少し目を見開いて思案した後に、
「そう言ってくるってことは、少し話したい気持ちがあるってことか?」
と言った。
正直、面食らった。自分ではそんなこと全く考えていなかったから。でも確かに、本当に言いたくないことなら、立花くんの提案に喜んで乗っかるところかもしれない。
でも、じゃあ、私は言いたいんだろうか。
晴くんたちとは文化祭の期間限定の関係だと思ってるって。
……ううん、違う。私が言いたいのはそうじゃない。私は、晴くんに、言ってほしいんだ。
「すごく、図々しいことなんだけど、言ってもいいのかな」
「いいんじゃねーの?」
驚くほど即答だった。
「図々しくたってなんだって、アイツは疑問が晴れることを喜ぶよ。あとアイツ案外素直だから本当に図々しいって思ったらそう言うし。でもお前を嫌いになったりしない。それは保証する」
真っ直ぐに私を見て言い放たれた言葉に、安心すると同時にまだもう少し石橋を叩きたい気持ちに駆られた。
「……なんでそこまで言い切れるの?」
立花くんは窓の外の青空を見ながら言った。
「アイツ、底抜けに良いヤツだから」