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麗し糸に魅せられて レースオタクに片足を突っ込んだある人間の記録

神宮前で逢いましょう

【麗し糸に魅せられて ~レースオタクに片足を突っ込んだある人間の記録~】

 私がレース(もちろん服飾の方である)というものに親しむようになったのは恐らく成人を過ぎてから、元町ショッピングストリートに本店のあるレース雑貨店・近沢レースのハンカチを横浜の観光者向けフリーペーパーで偶然見てからである。

 初心者が見ても楽しめる、ユニークなパターンが多いのだ。

 シーズンごとに可愛いパターンから変わり種まで幅広く『ユニコーン』や『シロツメグサ』などもあればパン屋のポンパドウルとコラボした『パン・ド・ミ』や『いくらの軍艦巻き』を象った面白いレースもある。

(レースって、実はかなり自由なんだ)

 と、店頭に置いてあるテイクフリーのカタログを時々もらうたびにワクワクする。

 公式通販を見ているだけでも楽しめるものばかりだ。

 私がシーズンもので持っていて一番気に入っているのが“香水瓶”のレースハンカチでピンクとラベンダーの糸で編まれたレースにハンカチのタオル部分のフチに“perfume”という字を編んだレースが縫われているものだ。


 やった事は無いので『自信がある』訳ではないが、恐らくレース利きを私にやらせれば、

『SHEINに一巻き250円前後で売っているやつ』

 と、

『ユザワヤで売っているMOKUBA(手芸専門店)のレース』

 は当てられるかと思う。

 いきなり大口を叩いたが、やはり触れたときの手触りや光に当てたときの光沢の質や本当にこだわられたものを見たときのときめきというのは全然違うので、

(ホンモノにはかなわない……)

 と、内心跪きたいほどだ。


 ブロカントの(フランス語で“中古品を売るお店”のことで、フランスの人たちは古いものも大事に使っていくそうだ)アンティークレースを取り扱っているサイトをたまに覗くが時を経て、古い貴婦人の写真のように褪色していても時代という年輪を重ねた美しさが却ってその糸地の白を際立たせていた。

 その昔、海外のおばあさんの着こなしをまとめたスタイルブックを見た事がある。

 赤いベレー帽やアンティークのブローチを付けたロングカーディガンをAラインのワンピースに合わせていたり短髪にブランドのスカーフを巻いて颯爽とスポーツカーに乗るカッコいい人もいてそれがフランスの人にもなると、

「息子ほど年の離れた人と恋に落ちている」

 ……なんて、サラッと言ってのける(だが、私はとても爽やかな人だと思う)ので改めて、日本の若造なりに、

「こういう年のとり方できればいいなぁ……」

 と思う。

 『年齢なんて、ただの数字だ』というのも少し違うのだ。

 もちろんそういう考え方も素敵だとは思うが。

 年を経た美しさ、を例えるとまず彼女たちが頭に浮かぶのだ。


 アンティークレースもまた存在し続ける限り、経てきた時代やその時期動いた歴史に想いを馳せつつ誰か新しい時代の持ち主に見初められる。

 ゆえに、中世の貴婦人のお洋服を縁どった由緒正しいレースならばなおさら時にはこちらが従者のように手入れから何から全てこなさなければならない。

 当時の、洗濯機どころか洗剤も無かった時代(マルセイユ石鹸辺りで地道に手入れしたのだろうか)のお手入れも文明の利器で調べる事になるだろう。

 そんな日々を送っていると、自然と現代の人間だからこそ忘れていた…スマホでいくら検索をかけても出てこない優雅な時代の“心持“が垣間見えるだろう。

 このレースという名の貴婦人は、恐らく勤労や繁忙な日常というのに無縁で手入れ含め“人にやってもらって当たり前”だったのだ。

(これが仮に人間だったら「ハァ?」の一言でも返しているが、思えばネコだってそういう思考回路なのに我々は喜んで出会い頭に下僕になっているのだから…まぁいい)

 その勤労や繁忙ばかりを尊ばれる現代の中でも、自分の立ち振舞いや持ち物に矜持を持つものの手のひらにのみ触れるのを許されるものなのだろう。

 とりあえず、私はまだその域に達していない。 


 先ほどの近沢レースの話に戻るが。

 あのレース雑貨店のユニークなレースを眺めていると、その昔杉浦日向子のエッセイで読んだ江戸のユニークな着物に通ずる「日本の」レースだと感じる。

 なんでも、江戸時代には町人の間で遊び心あふれる着物が流行ったそうで
「かまわぬ」という台詞をもじって鎌模様に〇マーク、“ぬ“という語呂合わせのような図案や(歌舞伎に詳しい方はご存知の紋様かも知れない)野菜や昆虫のものまであった。

 着物の伝統柄…特に振袖などはご存知の通り色々なパターンが折り重なってできているが、近沢の通年で売られているハンカチのレースも色々な型の積み重ねで編まれている。

 ヨーロッパのレースなどを見ていると、型自体はシンプルなのも多い。

 海外のレースにも似たものを探したが、調べた限りでは出てこなかった。

 横浜のお店ではあるが…日本の着物に通ずるユニークな魅力を持っているレースが好きだ。


 と、素人が長々と喋ってしまったが…私の生活を彩る額縁のような麗しの糸の魅力が少しでも伝わっていれば幸いである。




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