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秋の関内散歩 秋のひとつぼし、夕暮れの金木犀

横浜喫茶あなたこなた
番外編

【秋の関内散歩 ~秋のひとつぼし、夕暮れの金木犀~】

 馬車道や関内の周辺は、ここへ向かう途中に大きな金木犀の並木…というのが沢山ある。

 秋に中華街を散歩する時、星のような花の群れが背の高い木に房々となびき昔のおしろいのような懐かしい香りを辺り一帯にたてこめる様を必ず見る事だろう。

 恐らく金木犀の小花たちが中国に祖先を持つが故に、江戸時代に日本に渡来した後故郷を思わせる唐紅の彩る街並みに集っているのかもしれない。

 今年もようやく満開(……と言っても、ひとつひとつ小さいが)に咲いた金木犀の通りを抜けていた。

 今年は9月までクーラー必須の気温だったので、普段は9月半ばには咲かせるのだが今年に限っては半月近く遅い開花である。

 まず、JRか市営地下鉄で桜木町へ。

 駅を出てすぐにあるコレットマーレの入り口付近、コスメと雑貨店を兼ねたバラエティショップのアインズトルぺを覗くと香りの流行のひとつにこの“金木犀”が入っている事が伺える。

 ここ数年、金木犀の儚く楚々とした香りにようやく人々が目を向けるようになった。

 “生活の木”が橙のパッケージが綺麗な入浴剤を出したのを皮切りに、ボディミストや香水のブランドは『秋の限定商品』の目玉に金木犀を打ち出している。 


 さて、秋という季節は外を見渡すと肉眼で捉えるごくありふれた街並みも褪せて見える。

 さながら、フィルムの少し擦り切れた天然色の映画やピントのずれた「写ルンです」の写真のように…今の若者言葉でいうのなら“エモさ”を帯びた景色に映るのだ。

 その桜木町を抜け、赤レンガ倉庫や観光名所へは“あかいくつ”バスで行くのもいいが健脚な私は桜木町から関内などもサッと徒歩で行ってしまう。

 山下公園には秋バラが咲いて、横浜のジャック、クイーン、キングと称される横浜三塔は秋のイチョウ並木の金色の木の葉をまといそびえ立っている。

 私はたまに、純粋に散歩目的で飲み物代以外手持ちを持たずこの辺を歩く事もあるが帰る頃には自然とリフレッシュしているのが不思議な街だ(東京だと、余りそうはいかないだろうし)。


 中華街に、ちょっと寄り道して中国茶を買う時にはお世話になっている悟空茶荘に赴き秋ならではの茶葉を物色する。

 このチャイニーズ・モダンの洒脱な内装をした茶店は中華街の大通りから一歩外れた場所にあり、二階にはカフェも併設されている隠れ家的名店である。

 桂花茶、というのを御存じだろうか。

 名前からは少し、何のお茶かは分かりづらいかも知れないが緑茶や白茶の茶葉の中に金木犀の花びらが入った素敵なお茶なのである。

 あの花の故郷だからか、こんな掘り出しものが売っているのだ。

 後で飲んでみると…飲みなれた緑茶の中にフワリと金木犀の甘いおしろいのような香りがほのかに鼻に抜けるものだった。


 中華街を抜けて、石川町方面へ。

 元町ショッピングストリートに入る一本前の道にもお洒落な美容室やお店が立ち並んでいる。

 赤いシェードに薔薇のマークが印象的な、可愛らしく瀟洒なお店がある。

 『えの木てい』という山手へとエレベーターで昇った先にある洋館を改装したカフェの事は前に紹介したかと思うが、その姉妹店が元町周辺にオープンして、

「元町でショッピングのついでに、お茶したいなぁ……」

 や、

「可愛いお菓子を食べ歩きして、港町を散策したい」

 ……なんて思い立った時にちょうどいい立地にそのえの木ていのスイーツスタンドがあるのだ。

 店の外側にはテイクアウト用の窓があり、5月など薔薇の季節にはここのシェイクを片手に山下公園の薔薇を見に行く……なんて事も出来る。

 さて、店内に入ると数人ほど先客がいた。

 恐らく山手やここの近辺に住んでいるマダムたちだろう。

 二人連れで話し込んでいる人もいれば、シフォンケーキを肴にグラスで洋酒を嗜んでいる人もいる。

 金具の付いた木製のシーリングファンが回り、鈴蘭を思わせるシェードのスコンスがオフホワイトの壁に柔らかな明かりを灯していた。

 壁掛けの振り子時計、机は年季を刻んだもので姉妹店ながら“洋館カフェのえの木てい”だった。賑わう元町でもゆったりした空間を作っている。

 ロゴが描かれたレジカウンターへ赴き、お菓子と飲み物を注文する。

 秋限定の“栗のシフォンケーキ“(こっちではこのケーキが名物で、春はうさぎを象ったものや10月にはカボチャシフォンもある。芋・栗・南瓜しか勝たん。)と“グルメシェイク ローズ”を頼んだ。

 ちなみに、しょっぱいスナック系のメニューもちゃんと用意されており
グリルチキンサンドやホットドッグなどもあるので甘いものが苦手な方でも楽しめるカフェである事を追記しておきたい。

 注文して数分。

 淡いピンクのチェア(白、水色、ピンクの三色椅子がある。マカロンカラーで可愛らしい)に座って待っていると“お待たせしました”と白いレースのようなお皿の上に栗のシフォンと傍らに薔薇の花も美しいローズシェイクが置かれた。

 まずはマロンシフォンケーキに取り掛かった。

 てっぺんにメレンゲクッキーが貴婦人のキャノティエさながら乗っている。

 メレンゲというのは早めに食べた方がサクサク感の残っているものなので、ひょいと手に取り口に運ぶ。

 軽い、羽のようなクッキーでサクサクと噛んでいる間に消えていった。

 私はメレンゲクッキーが美味しいか否かで、そのお店のケーキを判断する……なんていっぱし評論家染みた事を考えているヤツだ。

 だが、あながち間違った判断材料ではないに違いない。

 小学生の頃…ケーキのスポンジがモソモソとして何となく喉が渇くなぁ、と子供心に思ったとあるお店のモンブランの中に入っていたメレンゲクッキーを食べた父は、

(固い煎餅を食っているのか…?)

 と言いたいほどの音量でそれを咀嚼していたのだから。

 事実、なかなかの硬度だったらしい。

 故にある程度大人になるまでメレンゲクッキーに対して苦手意識を持っていたが、いつの間にか好物のひとつになってしまった。

 ある年の正月、クッキーのアソート缶に美味しいものが入っていてそれを食べてからだろう。

 今回のシフォンケーキは、ふわふわとした生地と優しい甘さが中のマロンペーストを引き立てていた。

 上にも濃厚のマロンクリームと栗のグラッセも美味しく、

(あぁ、秋が始まったなぁ……)

 と感じた。

 ローズシェイクに口を付けると、自然な薔薇の香りがふわりと鼻にひろがってベリーソースの上品な酸味がスパイスのように全体を引き締めていた。

 薔薇のお菓子というだけで、一も二もなく頼んでしまう人間である。

 クラシックが流れる店内。

 窓の外には中華街の牌楼の下に色々な人が行き交い、もう少し先へ行けば海が見える…そんな事をボンヤリ想像していた。


 お会計をして店を出れば、もう夕暮れも沈みかけで秋の一番星が瞬く頃だろうか。

 ゆっくり、帰路につく。

 無数の白い街灯りの影を星さながらに沈めている横浜の夜景を背に。




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