カフェ アコリット(豊島区目白)
東京喫茶あなたこなた
【カフェ アコリット】
(豊島区・目白)
このカフェのある目白駅。
私の家から行こうとすると、まず東横線で渋谷まで出てそこから外回りに乗れば6駅で着くので池袋に出るよりも一駅早いのだ。
私の感覚では“意外と近い“ので、
「ラフォーレに行くついでにちょっとここの可愛いケーキセットでお茶して帰ろうかな」
と、原宿を歩いている時に考えた事は一度や二度ではない。
だが……口コミなどを参考にすると、
「人気店なのでケーキセットでも予約必須!」
「休日はインスタ女子やロリィタさんでごった返しています」
という“飛び込みで入るのは厳しいだろう”と思わざるを得ないレビューを見て戦々恐々と山手線の内回りに乗り込み、渋谷にたどり着いた後横浜に帰ってスタバでホワイトモカを啜っている始末であったが……。
2022年、10月某日。
暇だったので、とあるガーリーファッションの情報サイトをチェックしていた時の事。
沢山の薔薇の花びらに彩られたブルボン朝の貴族の晩餐会のデセール(フレンチのフルコースでデザートの事を指す)に振舞われてもおかしくない絢爛たる見た目のシフォンケーキを初めて見た時の衝撃たるや……。
更に深堀りしていくと、ここは茶器というものにこだわりを持っているらしく200種類あるティーポット、ティーセットとお皿から好みのものを選べるのだ。
ウェッジウッドやマイセンともまた違うガーリーな(いい意味で)昔の少女向けアニメに出てきそうな可愛らしい見た目で、
「ティーポットって、こんなに自由なものなのか……」
と、お店のインスタを見るたび感嘆している。
ティーポットの蓋が土台と持ち手がハートで構成され本体もハート形、目立つ所に大きなリボンがある陶器のもの。
蓋が猫の頭頂部を模していて、本体が猫の胴体になっていておしゃれキャットのマリーちゃんよろしく薄ピンクのリボンを巻き付けているものもある。
また、このカフェはよく雑誌やモデルさんに歌手の方…と色々な所とコラボしている。
ロリィタモデルの青木美沙子さんや深澤翠さんはそれぞれのイメージに合わせたケーキやアフタヌーンティーが期間限定で楽しめた時期があったりMALICE MIZERのmana様がゴシック&ロリィタのブランドをプロデュースしているので十字架を模したクッキーの飾られた黒いケーキや反対に白いゴシック&ロリィタがモチーフの(ゴスロリ=黒、と思われがちだが実は真っ白いゴスというのも定番である)青くデコレーションされた十字架のクッキーに彩られた白いケーキやバタフライピーの青いお茶、クロスモチーフが表面にある純白のマカロン……などのメニューが楽しめるコラボ・アフタヌーンティーが存在した。
とうとう『行こう!』と思い立ち、実行に移すべく今年の秋も終わりのある日に電話で予約を入れた。
これを書いている12月現在の“季節のアフタヌーンティー”はクリスマスに相応しいもので店もそういう飾りつけだそうだ。
さて、当日。
ティーガウン(その昔、アフタヌーンティーが考案された頃貴族の女性たちがお茶の時間に纏ったワンピ―ス)を模した、白いレースに覆われて縁どられたスクエアネックに赤いバラが飾られたピンクのワンピースを身に纏い、緩くウェーブさせた髪の毛を束ねて大きな赤いリボンをひとつ飾る。
淡いピンクで、要所にリボンが飾られたコートを纏いMaison de FLEURのビジューバッグチャームを飾ったハート型のバッグを持つ。
そうしてまず相鉄線へ乗り込む。
恐らく、これが今年最後の喫茶のためにあなたこなたへと行く日であろう。
来年はどんな空間や香り、そこに集う人々との一期一会が待っているだろうか……今から楽しみである。
前のエッセイにも書いたが、私の地元というのは田んぼやら農場やらがあるのどかな田園地帯が広がる街なのだが恐らくこの装いで地元から駅へと向かう時の私の姿をハタから見ると、さながら下妻物語の主人公・竜ケ崎桃子のように映るかもしれない。
家からもう少し先にジャスコ(現・イオン)あるし。
東横線に乗り、武蔵小杉を過ぎると多摩川の広い河原が車窓越しに広がる。
電子書籍で太宰治の“女生徒”を読んでいた私は(お祭り空気の年末に読む内容なのかはさておき)ふと、
(太宰の記念碑がこの川が三鷹にさしかかった場所にあるのよな……)
と、取り留めのないことを考える。
この本の主人公の母が娘さん時代に使ったアンブレラを学校に持ち出すとき、
“戦争が終わったころ、こんな傘が流行るだろう”
と空想するシーンがある。
大きな鍔の広い帽子には菫の花をつけて、パリの下町のレストランで食事をする……彼女は一瞬、そんな少女らしい夢想に耽るが即座に現実に引き戻されるのだ。
その時代から78年余り、パリ……ではないが今日この日にフランスのシャンソンが流れ、アンティークの燭台が煌めき薔薇模様の陶器の持ち手のカトラリーでケーキを食す喫茶店に赴くときにこの事を思い出したのはどうしてだろう。
綺麗なものを思い浮かべる時間が沢山ある訳ではなかった当時の彼女たちに比べ、(今もかなり、ユメのない時代だとは思うが)こうして素敵な喫茶店にて紅茶の香りと共に薫る浪漫の中にしばし、心を休めることができる恩恵を受けている。
渋谷から山手線へ行く時、今は電子看板の飛び出す広告で子犬のハチ公に吠えられながら黄緑の看板の駅に向かうべく人混みに揉まれる。
電車に一人乗り込めば、目白に着くまでは車窓から東京都市観光が始まるのだ。
原宿から新宿、日比谷までその景色は煌びやかでまた少々騒がしくけばけばとした色彩を帯びている。
外回りだと池袋のひとつ手前、目白駅が今回の舞台だ。
降り立ってみて第一の印象は、
「閑静な、言ってしまえば普通の郊外の駅だなぁ……」
というもので。
かなり遠くの方には高層ビルが広がっているが、もうひとつ線路を隔てた先にあるものでここはガヤガヤと騒がしい訳ではない。
だが…ここまで人混みに揉まれて若干疲れていた私にはこの街はオアシスのように思えた。
地図を頼りに喫茶店を探すと、駅の目と鼻の先にその場所は看板を掲げていた。
入ると、まず大きなティーカップが幾重にも重ねられたランプベースが特徴的な照明にお出迎えされる。
階段を下りていくとさながら“紅茶器の饗宴”と書くに等しいほど華やかなものだった。
薔薇や硝子で出来た回転木馬オルゴール、スコンスが4つ煌めいている蔦が絡みついたシャンデリアがこの空間と共に佇んでいた。
店内へと歩を進めるたび迷い込むような心持で、店員さんが食器を拭いている真後ろにある木製の棚に収められている絢爛たるティーポットたちに釘付けだった。
「1名様ですね。ご予約はされているでしょうか?」
と、手を止めて尋ねてきた店員さんの声で我に返りアフタヌーンティーで予約した旨を伝える。
席へと案内されている間にもこの眺めに圧倒されていたので、店員さんの説明をちゃんと聞いていたのが不思議なほどで椅子に座ってからはアクスタや卓上サイズの推しのぬいぐるみを出す傍ら右側にある飾り棚の、懐中時計を模したティーポットや綺麗なシェードのランプに釘付けだった。
その後、店員さんに案内されて茶器やお皿を選ぶ。
私が選んだのはハート型のティーポットで、蓋の金色の持ち手もハートで
足とポットの面の部分がリボンを模しているデコラティブなものと小さな薔薇が総柄になっているカップとケーキ皿は同じ柄になる。
このポットも(実は)まだ他のものと比べると大人しいデザインで他のお客さんのポットを横目で見ると一角獣を模したゆめかわなものまであった。
ポットを選んで暫くもしないうちにアフタヌーンティーのスタンドが供される。
アフタヌーンティーと共にミニサイズのケーキも付いているのだが、上段のスイーツの量を見ると少しびっくりしてしまった。
決して小さくはないお皿なのだが、かなりボリューミーで食べ応えがありそうだった。
下段はミニブールのパンを使ったサンドイッチで、ハムとレタスのシンプルなもの。
後ろにサラダが添えられていた。
ケーキ皿とスタンドの間にル・クルーゼのハート型のココットがある。
そこにはクラムチャウダーが入っているが、食べてみるとどちらかというとグラタンに近かった(理由は後で書く)。
ちょっと経ってから可愛いティーポットに入ったお茶が運ばれてきた。
まずはお茶で喉を潤す。
私が頼んだのはローズティーというので、カップに注ぐと深紅の水色をした綺麗な紅茶が薔薇模様の器に広がっていた。
飲んでみると、薔薇と果物の中にほのかにさわやかな酸味が感じられる。
ハーブティーによく使われる薔薇の種・ローズヒップが入っているのだ。普通のローズティーより赤みの深い水色をしているのは恐らくこれが入っているからだろう。
まず、ケーキを口に含む。
鮮やかな無数の赤薔薇の花びらで装飾されたケーキ、食べてみるとシンプルなおいしさで懐かしい洋菓子店のスポンジケーキの味わいだった。
サンドイッチは味付けもシンプルながら美味しかったし、実は食べ応えがあった。
クラムチャウダーを食すべくル・クルーゼのピンクのココットの蓋を開ける。
匙を入れて食していくと、マカロニと思しきものにあたる。
すると…その中を見た瞬間、少しびっくりしてしまった。
(クラムチャウダーの中に…お米が入っている?)
もしかしたら、そういう種類のマカロニなのかも知れない。
余りに意外な組み合わせだったので、驚いただけに過ぎない。美味しく頂いた。
サラダも平らげて、いざスイーツの段へ。
クマちゃんを模したフィナンシェに手を伸ばす。可愛い見た目でかなり食べ応えがあった。
ふたつのメレンゲクッキーをサクサクと食す傍ら、都度生菓子のケーキにフォークを入れている。
この辺でローズティーを飲み干したのでコーヒーを追加で頼んだ(コーヒー・紅茶はお代わり自由だそうだ)。
クリスマスリース型のクッキーを摘まんだ辺りで、……ここまでの文面を読んでうすうす気づいている方もいるかも知れない。
己の腹9分目辺りに到達してしまったのだ。
つまるところ最後はお残ししてしまった次第である。
まだ、ムースやスコーンにチョコタルトが残っているのだが。
あとは薔薇を模したスコーンを食べてコーヒーを飲み干した。
店でお会計を済ませたあと、階段を登って扉をくぐると目白の街が広がっている。
冬の澄んだ晴れ空と山手線の電車の音がすこんと静かな風景に響いた。
来年は横浜、東京のどんな風景を見られるだろうか。
空を見上げたあと改札へと歩みを進めた。
執筆 むぎすけ様
挿絵 シエラ様
投稿 春原スカーレット柊顯
©DIGITAL butter/EUREKA project