『エンドウォーカー・ワン』第34話
「およそ600秒といったところか。では、改めて作戦について説明する。HAL頼む」
「これより『ピースブレイカー』作戦を実施します。0900時、トールバス諸島最西端に位置するスルーガ島に停泊中の船舶の無力化、それが出来ない場合は破壊が本作戦の目的となります。最新の映像によると敵戦力は商船を武装化した船舶が3隻、展開中の戦闘車両4両。それに対空装備のWAWが複数。それにXM1スレイプニル。101、104機が先行し対空能力を削ぎ後続の支援を」
「オレたちはどうすればいいんだ?」
レックスは初陣の緊張感からくる震えを必死で抑えながらたずねる。
「ただ見ていればいい」
ノインは極めて穏やかな声色でこたえる。
それは「ノイン」という存在が震えている時に聞かされた――または「ベルハルト」が放った言葉。
彼は記憶の残り香に目を細め、しばしの間懐かしむがコクピット内にアラートが鳴り響き、目を見開いた。
「前方からロックオンされています。ミサイルに警戒をー」
HALは相も変わらずのんびりとした口調で言う。
ノインはチャフとフレアのステータスを確認しながら「102、103散開! 陸地から距離を取れ!」とレックスとフォリシアに叫んだ。
「了解、方位150に進路。ほら、103も復唱」
「う、あ……りょ、了解」
4機のうち2機が編隊飛行を解き、離れていく。
「シールドで止める?」
104――アルファがノインの機体に接近しながら言うが、彼は「いや、今お前の魔力を損耗させる訳にはいかない」と返した。
自機のレーダーには「SAM」と描かれた飛翔体が計4基、こちらに向けて急接近している様子が映し出される。
「戦闘指揮所、攻撃を受けた。これより反撃を開始する」
「待って、あそこは有人島よ。島に被害が出たら――」
「アルファ……『あの時』、戦争に無関係だったお前がなぜ戦火に巻き込まれた? そこに居たからだ、それ以上でも以下でもない」
「だからといって……」
コクピット内に響き渡る警告音が徐々に短くなるにつれ、彼女の焦燥感は積もっていく。
「こちら戦闘指揮所。交戦を許可する」
「各機聞いたな。敵機射程内、ウェポンズフリー。101、ファイア」
本部の命令を受け、ノインはコントロールパネルを操作する。
彼は口籠るアルファに若干の後ろめたさを感じながらも、迫り来る脅威に立ち向かおうとしていた。
ここで引き金を引かねば、仲間の誰かが犠牲になるだろう。
彼の意思が航行用ユニット両翼に取り付けられた127ミリ空対地ロケットを点火させ、極太の燃焼ガスが大気に軌跡を描きながら超音速で目標に向かって飛翔する。
それは2機に迫り来るSAMの迎撃ではなく、敵に第二射を撃たせないためのものだ。
アルファが撃てないのを見越して、4目標に対し1発ずつ。
「104、5カウントで左に旋回しろ。5、4、3、2、1……今」
「……っ」
WAWに巡行ユニットを装着した鈍重そうなフォルムからは想像できないほど両機は鋭敏に左右へ急旋回し、高温度で燃焼するフレア弾を周囲にばら撒いた。
複数ヒートシーカーミサイルは目の前で多数の標的を展開されてダミーの熱源を至近距離に捉えて炸裂する。
「近接信管か。こちら101、現在推力90パーセント、低下中。104大事ないか」
彼は目標への着弾を確認し、第二波が来ないことに安堵しながら視線をアルファ機のほうへやる。
「え、ええ……」
彼女は額につうっと伝う汗を拭いながら答えた。
刹那、SAMを発射した標的付近に小さな熱源反応を感知し、超高倍率のカメラからモニタに映像が送られる。
――そこには幾多の戦場を渡り歩き「灰被りの魔女」と呼ばれる彼女でさえ、嗚咽を漏らすほどの光景が広がっていた。
「……クソっ、『人の盾』か」
戦果を確認していたノインもまたその映像を見、食いしばった歯と歯の間から苦渋が染み出した。
山肌を切り開いて作られた広場に老若男女問わず、島民と見られる人々が集められていたのだ。
「山岳部にWAWの機影複数。狙われているぞ」
ハンドラーの声と共に赤いマーカーで敵の位置がモニタに映し出される。
近くには人質たち。
だが、戦いの火蓋はとうの昔に切って落とされ、それを収拾する手段などは存在しない。
「こちらは弾切れだ。104、撃て」
「だけど、この距離だと民間人に被害が――」
「残り二人も危険に晒す気か? 撃て」
「……」
沈黙の後、アルファ機のウェポンベイが開く。
彼女の迷いを表しているかのようにそれは暫し口を開けていたが、何を思ったのか機体が急加速をし、ノイン機から遠ざかっていく。
「私が前に出ればっ!」
山岳部に潜んでいたWAWは急接近する敵機に対し対空機関砲で弾幕を張り、随伴歩兵たちは誘導性能に劣る携行SAMで牽制射撃をする。
「突っ込むつもりか!」
ノインもフルスロットルで後を追うが、サブブースターの不調で思ったように推力を得られず歯ぎしりをする。
きっと、彼女は自分を犠牲にして島民たちの解放を試みようとしているのだろう。
だが解放戦線が人質たちに向けて発砲する可能性は捨てきれない。
――分の悪い賭けに出るなよ、この馬鹿正直が。
彼は心の中で毒づいた。
彼女のことを思えば思うほど自分の中でベルハルトの存在が大きくなり、ノインとしての記憶が薄らいでいく。
それは魂の均衡が崩れてしまいそうで、足元が常に揺らいでいるような気分だった。
熾烈な対空砲火の中、アルファは可視化できるほどのシールドを機外までに展開し、機関砲弾から自機を守る。
「101」
「否定。ハンドラー、俺を止めても無駄だ」
「だろうな。それがお前の『選択』だろう? それも織り込み済みだ。行ってこい」
鎖から解き放たれた猟犬は、足に傷を負いながらも戦火の中へ飛び込んでいった。
執筆・投稿 雨月サト
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