彩りを連れて 十四
翌朝。さすがに私が一番に教室に入るだろうと思っていたけれど、実際は違った。
晴くんが、教室で待っていた。
「おはよ」
「……おはよう」
晴くんが普通にしてくれてるんだから、私もいつも通りに挨拶を返せばよかったのに、少し躊躇ってしまった。
「そんな固くなるなよ……って、言う資格、俺にはないよな」
そこで何かフォローするような一言を言えれば良かったのに、私の口からは何も出てこない。どうやって会話をしていたのか、思い出せない。でも、そうだ。昨日、教えてもらったじゃないか。
「……真緒、ごめ」
「昨日は本当にごめん!」
私は晴くんに頭をさげた。
「私、昨日は自分のことしか考えられなくなってて……どうしてなのかとか、みんな揃ったら話したいんだけど、あの、とにかくすごく酷いこと言って……ごめんなさい」
勢いで話し始めたせいで、言葉がぐちゃぐちゃになってしまった。
「……真緒、顔上げてよ」
ゆっくりと頭を上げて晴くんと目が合うと、
「ごめん」
今度は晴くんが頭を下げた。
「俺、意地張ってた。真緒に何かあったって分かってるのに自分が何もできないのが嫌だった。でも、人に言いたくないことだってあるよな。そんなこと分かってたのに、あの時、なんか冷静になれなくて……。声を荒げるようなことしてごめん」
また、私は何を言えばいいのか分からなくなった。それでも何か言わなくちゃいけないってことだけは分かって、必死に言葉を絞り出した。
「晴くん、顔上げて。私も、意地張ってた。正直、友達って言える人ができるのが久しぶりすぎて、頼っていいかどうかとかも分からなくて、でも私は頼っちゃいけないって思ってた。……話したところでどうにかなることじゃないって、思ってた。でもね、昨日、美玲ちゃんが連絡くれたんだ。『頼ってくれないのは寂しい』って言ってくれた。他にも優しい言葉をたくさんくれた。それで、みんなに話してみようって思えた。……ごめん、なんか、言いたいこと全然まとまらなくて……」
「いいよ。大丈夫」
この後はなんて言えば良いんだろう、なんて考えていたら、晴くんがそう言って緩く笑った。
「俺も頼ってくれないの寂しいタイプだから、一人で抱え込まれるより下手でもいいから話してくれた方が嬉しい」
「……そっか」
その時、教室のドアがガラガラと鳴って美玲ちゃんと立花くんが入ってきた。
「仲直りは終わった?」
美玲ちゃんが悪戯っぽく笑っている。
「うわ、立ち聞きしてた?」
「立ち聞きっていうか、来てみたら太田が真緒ちゃんに頭下げてるからさ、入るに入れないじゃん?」
美玲ちゃんの気持ちになって考えてみれば確かに入りづらい。
「そりゃそうだけど……え、てか俺が謝ってるとこ聞かれてた?」
「あぁ、録音しといた方が良かった?」
「絶対やめろ」
美玲ちゃんと晴くんの様子がいつも通りで、どこかホッとした。
「仲直りできたか?」
立花くんが私にそっと聞いてきたから、小さく頷く。
「うん。立花くんにも迷惑かけたね。ごめん」
ん、と立花くんは一言にさえなってない音で返してきたけど、それで充分だった。
「お前ら中村の話聞くんじゃねーの? そこで騒いでるなら別に俺だけ聞いとくけど」
「そんなことさせるか!」
「立花のこと無視するならまだしも真緒ちゃんのこと無視は絶対ない!」
「俺をさらっと無視するな」
そんないつも通りの光景に、心の中が温かくなっていく。色づいていく、の方が正しいかもしれない。昨日の帰りは、心が重くて色もなくて、鉛みたいだったけれど、今は違う。
私に色をくれるみんなに、私の都合を押し付けるのは、やっぱりわがままなんじゃないかって、言わないほうが良いんじゃないかって思う気持ちは、まだある。
けれど、今なら分かるから。
晴くんが私を心配してくれたこと、立花くんがあの時の私の意志を尊重してくれたこと、美玲ちゃんがそれらを分かった上で正直な気持ちを話してくれたこと。
どれも私とこれからも一緒にいるためにしてくれたことだって。
「みんな、こんな早い時間に集まってくれてありがとう。迷惑かけてごめん。聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな」
私の言葉に美玲ちゃんと晴くんが笑って答えてくれる。
「もちろん!」
「そのために来たからな!」
友達が出来て、こんなに私のことを考えてくれるなんて、数か月前の私は考えもしなかっただろう。
「ありがとう」
この一言では伝えきれないくらいの感謝を。
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