見出し画像

『エンドウォーカー・ワン』第40話

「それで、貴方は何者なのですか? 死者を一人も出さず、我々を無力化させた『鬼神』は」

 ヴァッツが先ほどまでビーフステーキを突き刺していた肉汁まみれのフォークを強制退院したばかりの青年へ突き付けた。

「俺は、ベルハルト……ベルハルト・トロイヤードだ。周りがなんと言おうとこの想いは変わらない」

 かつてのどちら着かずだったノインの姿はなく、まなこに光を取り戻したベルハルトが凛とした表情で告げた。
 まるで憑き物が落ちたかのように晴れ晴れと、覚悟の決まった一人前の男性の顔をしている。

「ケッ、どこぞの熱血野郎が吐き捨てそうなセリフだな。テメーに命救われたからよ、あまり言及はしねーが」
「うむ……しかし、こちら・・・の隊長はあなたのことを消そうと躍起になりますよ。どうするのです、ベルハルト・・・・・

 元ハウンズの二人は空になった食器を手持ち無沙汰につつきながらたずねる。

「エターブ社は内部分裂していると聞くし、イリアたちの行方も分からずじまいだ。あの爆撃もどこが行ったものか判明できない。五里霧中ごりむちゅうとはこのことを言うんだろうな」

 ベルハルトはマグカップに並々と注がれたコーヒーをまるで水のようにごくごくと喉を鳴らして飲み干し、大きく息をついて四人掛けのテーブルに戻す。

こっち解放戦線も連絡役とコンタクトが取れなくてな。お前のカネでメシ食ってるわけだがよぉ――」

 ランスが食器を下げにやって来た若いウェイターを舐めるように眺めながら呟く。

「ベルハルト、コーヒーがここについていますよ」
「ああ、すまないな」

 ヴァッツに指摘され、ベルハルトは紙ナプキンで口の端を拭う。

「テメーら、ついこの前まで殺し合ってたんだぞ、もう少しギスギスし合えよ!」

 ランスは机を両手で叩いて怒りをあらわにして立ち上がる。
 だが、レストラン中の視線を一点に受け「見てんじゃねー……見世物じゃねーんだぞぉ……」と消え入るように呟き、俯き加減に再び着席する。

「ランス、感情的になったところで何一つ解決などしないだろう。ここは腹を割って話し合ったほうが得策と思われるが」
「これだから新世代型はよォ! 良い子ぶってんじゃねぇ!」

 病院での一件と同一人物とは思えないほど淡々と話すベルハルトにランスが罵声と共に掴みかかる。

「お、お客様。他のかたのご迷惑になるので、お静かに……」
「お……おう……」

 通りがかった女性のウェイターに囁かれ、ランスは身を小さくし、小さな声で返した。

「そういうお前も人見知り癖は抜けませんし、女性が苦手ですけどね」
「……」

 ヴァッツの一押しにますます小さくなるランス。
 それはまるで擬態するフクロウのようであり、他の二人は同じことを思ったのか苦笑いを浮かべる。

「茶番は置いておいてですね」
「茶番だったのかよ!? 差し詰めオレは道化師ですかってよ!」
「……はは」

 二人のやりとりにベルハルトが笑みを溢した。
 変わらない。
 立場や状況が変わっても、一度生まれた絆はそう簡単に切れはしない。
 お人好しな幼馴染がいつか言っていた言葉を彼は満ち足りた気分で噛みしめる。

「……まるで本物みたいじゃねェか? おお?」
「そうだな。これは俺の推測だが、此処に居るベルハルトと解放戦線のベルハルトはどちらも本物・・なんだ。死の淵を彷徨っている時、それを強く実感した」
「まさか、この星の流動エーテル体が集合意識というオカルトを信じてるのですか?」
「ヴァッツは理解が早くて助かる」
「おいおいおい。オレにも分かるように説明しろよ! 二人だけで盛り上がってんじゃねェ!」

 頷き合う二人の間に割って入るランス。

「要するに。あの作戦後、局所的なエーテル嵐が発生しありとあらゆる有機体が飲み込まれました。そして個体差はあれど、それらは再びアルター7中に不規則に出現。私とお前のようにです」
「その際、精神構造体がほぼ一致するベルハルトとノインの意識が何らかの要因で混ざり、分離した」
「あー、あれだ。お前ら、オレのこと小馬鹿にしてんだろ。一度混ざったものが元通りになるなんて考えられねえ。ましてやお前らは人間だぞ!?」

 どこで合点がいったというのだろうか、さも「当然のことだろう」と淡々と説明をするヴァッツとベルハルト。
 ランスは声を殺しながら「それは魔法なんかじゃねェ、インチキってやつだろ!」と憤慨する。

「とはいえ、この惑星は未知の部分が多いのです。地層まで流れるエーテルもそう。それが膨張し、噴き出して大気と混ざり合うことで急激な気圧差が生まれて――」
「うっせえ! 分かったから、それ以上先公みたいなことほざくんじゃねー!」

 ランスは小さく頭を振り回したのち、ヴァッツの顔に指先を押し付けた。

「相変わらずお前は……。それよりも、問題はこれからどうするべきかだな」

 ベルハルトは瞼を閉じて大きく息を吐いた。
 多幸感の根底にちりちりとした焦りの気持ちがある。

 イリア・トリトニアやリカルド、部下たちの行方。
 もう一人のベルハルトを名乗るサウストリア解放戦線の真意。
 そして一帯を焼き払った爆撃の目的と所属――

「まあ、一つ一つあたっていくしかないな」

 ベルハルトはそう言うと、プラスチックの筒に捻じ込まれていた伝票を抜き取り、席を後にしようとする。
 刹那、油断しきっていた彼らの元へ黒い影がねとりと忍び寄る。

「臭いだ。臭いで分かるぞぉ……お前たちハウンズ猟犬だな」

 その声の主、顎鬚あごひげを生やした中年男性はからす色の長髪を揺らし、ベルハルトの顔を覗き込んでいた。
 ヴァッツとランスは一瞬だけ表情を強張らせるが、彼らの長は違った。

「初対面の人間を『猟犬』呼ばわりなど、失礼なお方だ」

 極めて冷徹に、だが警戒心は決して表に出さずにベルハルトは言い捨てる。

「初対面ではないぞ、999スリーナイン。いや、ベルハルト・トロイヤードと呼ぶべきか」
「……さて、人違いでしょう。我々は急ぎますので、これで」

 ベルハルトは胡散臭い男性を柔らかく押しのけると、レジで精算を済ませて硝子戸を押して室外に出る。

「ハンドラー・リカルドは行方不明なのだろう? 奴からの伝言がある。着いてこい」

 店先に停車していた闇色のワゴン車の後部ドアがスライドし、彼らを招き入れる。
 他に選択肢などなかった「元」ハウンズたちは顔を見合わせた後、後ろから迫る長髪男性から逃げるように渋々といった様子で車に乗り込んだ。



  • 執筆・投稿 雨月サト

  • ©DIGITAL butter/EUREKA project

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?