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汚恥果(オチジク) 第1章

かなりナニな内容の小説ですのでお気をつけて

タイトルからご想像ください。


(1)
客のまばらな昼下がりのファミリーレストランで、西井は独り、人を待っていた。スマホの画面を表示させると時計が表示される。約束の時刻まではまだまだ余裕がある。
ブラックコーヒーを飲みながらスマホを操作していると、たまに店の入り口の方から、店員が客を送り迎えする声が聞こえてくる。ランチタイムのピークを過ぎた店内は客の出入りも少なく、店員の接客にも余裕が感じられる。
席の背後にある窓に目をやると、穏やかな陽がさしている。通りを行き交う人も車も、どこかゆったりした雰囲気を感じる。
“平日の午後にのんびりとお茶をすることなんて、こんな約束でもない限りないな“
景色をボーっと見つめたあと、再び店内に視線を戻す。
その時、誰かが西井の席に近づいてくる気配がした。窓外がとても明るかったせいで、眼の順応が追い付かず、店内は暗く感じられる。席に近づいてくる薄暗いシルエットが西井の席の前で立ち止まった。何度も瞬きをして目を慣れさせると、相手の姿がおぼろげながら浮かび上がってくる。
そこに立っているのは20代後半ぐらいに見える女性だった。細身で色は白く、カチッとしたスーツにハイヒール。細いストラップに吊られた小さなバッグを肩から掛けている。一見するとまるで保険の外交員のようだ。
「あの、、ゆうやさん?でしょうか?」
聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で女が語りかけてきた。
「あ、はい。」
ゆうやと呼ばれた瞬間の違和感をすぐに修正し、西井ははっきりと答えた。
「み、みかんさん、ですね。」
女は西井の問いかけに対して少し口元を動かして表情を崩すと、瞼を閉じて返事をした。落ち着いた柔らかい仕草だ。
「は、早いですね。ま、まぁ、お掛けください。」
「すみません。駅に早く着いてしまったもので。失礼いたします。」
女は軽くおじぎをして西井の正面の席の椅子を手前に引いた。ゆっくりとした仕草で座り、肩にかけていたバッグを隣の椅子に置くと、背筋をまっすぐ伸ばし、両手を腿の上に置いて西井の方を向いた。
「早過ぎてご迷惑じゃなかったでしょうか?」
「い、いえいえ、全然。僕もかなり早く着いてしまって時間を持て余してたんですよ。」
余裕を装ってみるが心の中は明らかに焦っている。
西井はスマホをジャケットの胸ポケットに仕舞い込んで、女の顔を改めて見た。まったく想像していなかったと言えばうそになるが、まさかこんな人物が現れるとは意外だった。
テーブルに立てかけてあるメニューを取り、女に渡す。
「何頼みますか。僕はコーヒーのお替りをもらおうかな。」
私も同じもので、という女の返事を受け取り、チャイムを鳴らす。注文を取りに来た店員が、砂糖とミルクが必要か確認をしたが、女は不要だと答えた。風貌や仕草もさることながら、随分大人びた女だと思った。

(2)
店内は休憩のサラリーマンや、雑談目当ての主婦など数組がいる。
「あ、はじめまして。ゆ、ゆうやです」
名前を口すると、やはり違和感を感じ、少し噛んでしまった。そのことを察したのかはわからないが、女は少しはにかんだ。
「こちらこそはじめまして。みかん、です。」
“みかん”の部分が少し強調されたように聞こえた。西井も女も、相手に伝えている名前は、ハンドルネームだということは理解していた。
「いや~」
西井は腹の中の空気を一気に抜くかのような声を出した。
「えっ、どうかしましたか?」
「い、いや。あの、正直びっくりしました。」
「びっくり、ですか?」
女は目がクリッと大きい。その目で疑問形を投げかけられると、なぜかそれが切実な疑問ように感じられる。
「ええ、びっくりですよ。まさかこんな人が。」
女は下を向いてしまった。それでも少し表情が緩んでいるのはわかった。
少し間を置いたあと、女は顔をあげ、西井の目をきっちり見据えて言った。
「本当なんです。」
女は一言だけ発すると、またうつむいてしまった。
にわかには信じられないという思いと、本当に本当であったなら、という願望が交錯した。しかしこうして実際に女を前にしている以上、後者であることを前提に話をする以外にない。
「嬉しいです。本当に。」
西井が前に乗り出すように声をかけると女はうつむいたまま頷いた。
また少し間を置いて、女は西井の表情を窺うように顔をゆっくり上げる。ハンカチで鼻と口のあたりを覆っていた。
「私も、嬉しいです。」
女の顔はさっきより赤らんでいるように見えた。
嬉しいと言われて嬉しくないはずはなかったが、女は自分のことをどう感じているだろうか、西井にはまだよくわからなかった。
店員が女のコーヒーを持ってきた。西井のカップにもおかわりのコーヒーを淹れる。
傍目からは、明らかに初対面の2人だった。男がアルバイトの面接のために女と対峙しているような光景に映るかもしれない。
「ブラックを頼まれるとは渋いですね。コーヒーがお好きなんですか?」
「ついつい飲んじゃうんです。コーヒー。」
「お仕事なんかでストレス溜まってらっしゃるのかな。」
「ええ、そうなのかもしれません。」
どこからみてもOL風の女だが、職業は知らない。しかも平日の昼下がりに時間をつけて待ち合わせに現れたことが西井の想像を混乱させた。西井も、自分が大学で講師をしていることは女には知らせていない。こんなリスクのある出会いで本名すら知らせるわけにはいかない。
女がコーヒーをすする。
「お時間、大丈夫ですか?」
職業を詮索するわけではないが、その言葉には、仕事の方は大丈夫かという意味合いが無意識に込められていた。
「ええ。そのつもりで来ましたから。」
“そのつもり“という言葉の意味を考えて少しドキッとした。今日はリアルで会って話をしてみようという約束だけだった。
「それはそれは。でも、どうですか?僕みたいなおじさんで。どんな人物を想像してました?」
自分がどう見られていたのか、会ってみてどういう印象なのか気になって仕方がなく、ストレートに訊いてしまった。実際こんなに歳の差がありそうな女が現れるとは思ってもいなかったし、そういう意味では若い女性に対する“おじさん”という劣等感を抱いてしまった。
「おじさん、というと失礼かもしれませんが、想像どおりです。」
女はクスっと笑いながら答えた。
「そうですか。よかった。さっきも言いましたけど、僕の方はとっても驚いています。こんな若い女性が来てくれるとは。」
「いえ、見た目ほど若くはないんですが、お話がお話しですしね。」
「まったく。そのギャップにびっくりしているんです。」
西井は目を輝かせながら、恥らっている女を見つめた。

(3)
西井はよくネットのマニアックな掲示板に書き込みをしていた。出入りしている掲示板はいくつかあったが、そのどれにも共通するのが、オムツ、お漏らし、排泄、オマル、幼児プレイなどの用語だった。このようなことを女性に対して施すことが西井の性癖であり願望だった。
いつも“ゆうや”というハンドルネームで書き込む。自分の簡単なプロフィール、性癖の詳細を並べ、メールやLINEなどでの会話、若しくはリアルでのプレイを所望する。相手は女性限定だった。しかし、連絡してくる者はあまりいない。性癖の内容や対象が女性であることから致し方ないことだった。同じ掲示板には1ヶ月ぐらいのペースで書き込みをするが、その間に2、3人反応があればいい方だ。それも冷やかし半分の者が多い。ごく稀に嗜好が合いそうな人物と繋がる場合もあったが、何度か会話を交換しているうちに、微妙な嗜好のズレが見つかり、そのギャップがどんどん大きくなって、西井の方から冷めていくというパターンが圧倒的だった。
西井が“みかん”と名乗る女と知り合ったのは、“オモラシ専門BBS”というタイトルの掲示板への書き込みがきっかけだった。
 そこには日に十数件の書き込みがある。男性が幼児プレイの相手を募集する旨の内容が多かったが、“ゆうや”の書き込みはそれらとは少し趣きを異にしていた。

投稿日時:○月○日 ○○:○○ 
名前:ゆうや  性別:男性  年齢層:35~44  体型:ふつう 場所:都内
<メッセージ>
女性にとって排泄行為は最大の羞恥です。本来、自分だけが知り、管理するべきものなのに、他人に、ましてや異性に悟られる事などあってはならないことです。
しかし、世の中には私のように女性の排泄を執拗に追及することで悦びを得る変態男性が存在します。こんな変態嗜好に、秘かに胸を高鳴らせる女性はいらっしゃいませんか。
排泄管理、着衣排泄、野外排泄、強制排泄、強制オムツ、排泄監視などをキーワードでお話から始めましょう。紳士的に対応します。安心してご連絡ください。
 メール: gomuibopanty5@yahoo.co.jp
 カカオ:fkn5579

みかんと名乗る女性からメールで接触があったのは、おとといだ。オモラシ専門BBSに書き込んだ日から2週間経過した日だった。それまでに1件連絡があったが、M男性だけどいいですか、という趣旨だったので丁重にお断りした。
みかんからの最初の連絡は、単に書き込み内容に興味があるというだけの短い文章だったので、冷やかしだろうと諦め半分で応じたところ、すぐに2通目のメールが届いた。その内容に、西井はどこか本物めいた熱い気持ちを感じ、メールをやり取りする中で、会って話をしようということになり、今日の待ち合わせにこぎつけたのだった。

掲示板で知り合った相手とリアルの約束をしたのは2度目だ。1度目は、相手の女性側から即プレイをとの希望で、待ち合わせ場所に行ってみたものの見事にすっぽかされた。
 今考えてみると、相手が本物の女性だったのかどうかすら怪しい。うま過ぎる話だった。
 今回、このファミレスを待ち合わせ場所と時間帯を指定してきたのはみかんの方だった。こういう出会いは女性の側がリスクが高いことも多いので、できるだけ相手の都合に合わせることにした。
 怪しさを感じなくもなかったが、みかんから届いた数件のメールの文面からして、本物のマニアであろうとに望みを託し、西井は今日この場に臨んだ。

(4)
「それにしても、ドキドキしますね。」
「ええ、とても。」
アブノーマルな出会いに、西井のコーヒーカップを持つ手は若干震えていた。それを言い訳するように言う。
「僕、こう見えてリアルで会うのは初めてなもので。」
「本当ですか?だって、、、」
と言いかけてみかんは言葉を留めた。みかんはあの掲示板を前から見ていて、“ゆうや”が頻繁に投稿しているのを知っているのだろう。
「前からご存じなんですね。あの掲示板。僕がずっと投稿してるのも。」
「ええ。」
みかんは恥ずかしそうにうつむいた。
「でも嬉しいな。ああいう掲示板にこんな女性が興味を示していたなんて。僕が投稿を始めてから3年ぐらいですかね。」
西井は、みかんがいつごろから掲示板を見ていたのかが気になった。
「私は1年前ぐらいからです。ゆうやさんの名前はずっと覚えていました。」
「月1ぐらいのペースで同じ文章を投稿していましたからね。いい相手が見つからないっていうの、バレバレでしたね。」
「なんか、違うんです」
「ちがう?」
「ゆうやさんの文面を読んでいると、他の人とちょっと違うっていうか。」
西井を直視していたみかんは、周辺の客席へと視線を移した。西井もつられて周囲を窺う。幸い一番近い客は3つほどテーブルが離れていて、こちらの会話は届きそうにない。
西井はそれでも少し音量を落として話した。
「具体的にはどんな所ですか?違ったというのは。」
「・・・えっと、そうですね、あの、、、」
「小さい声でいいですよ。こちらには聞こえますから。」
「あ、はい。あの、、、みなさん、幼児、、、的な書き込みが多かったのですが、私の場合はそういうことよりも、大人の女が、、、」
「ああ!わかりますよ。」
思わず声が上ずった時に、テーブルの背後を店員が通過したのがわかった。西井は興奮を抑えながら一段と声を小さくして続ける。
「僕もそこはすごい大きなポイントだったんです。赤ちゃんプレイって、される側が赤んちゃんになりきるとかいうのが多いように思うんですけど、それって一体どれぐらいの羞恥なのかなーとか思って。被虐的なプレイのはずが、能動的になっちゃったらどうなのかな。」
「自分からなりきるよりも強制感がある方が好きです。」
「なるほど。みかんさんは、大人の女性が一番恥ずかしいことを、逃げられないような環境でさせられて、屈辱を感じることとかに憧れているのでは?」
「おっしゃるとおりです。」
この女、思ったとおりだ。夢ではなく、本物のマニアが目の前にいること。そんなことが信じられるだろうか。詳しい話はこれからだ。一気に核心の話をしてしまってはもったいない。ゆっくりと変態嗜好を紐といていかなければ。心でそんなことを呟きながら、心は期待に震え上がり、それが手足に伝わってきた。西井は興奮を抑えつつ話を続ける。

(5)
「ところで、待ち合わせ場所がファミレスだとは意外でした。このお店はみかんさんがよく利用されるとか?」
「いえ、以前に前を通ったことがあるだけで、入ったのは初めてです。どうしてファミレスでお願いしたのかというと、これも理由があって、、」
「ほう」
西井が興味深そうに聞く。
「ファミリーレストランって、家族連れだとか友達連れだとかがいて、とても日常的な空間ですよね。そんな普通の空間で、二人だけヒソヒソとアブノーマルなお話しをしているのって、想像してみたらちょっとドキドキしちゃって。でも、人に聞かれてしまったらだめですけど、そのギリギリみたいな。」
「あ、はぁ、なるほど。」
西井はみかんが意外なほど饒舌に話したのに少し驚いた。
「さすがにランチタイムはダメだろうって思ったので、それでこの時間にさせていただきました。」
「そうでしたか。でも平日のこの時間というのも、なんだか中途半端な感じもしましたけど。えっと、時間は1時間程度でしたよね。」
「あ、すみませんでした。無理じゃなかったですか?でもお越しいただけて本当に光栄です。」
みかんは西井に軽く頭を下げ、謝意らしき意志を示した。
「あ、いやいや、そういうつもりで言ったのではなくて、この時間帯に設定されたのも何か意味があるのかなと思って。」
「ええ。それはありますが、またおいおい。」
「わかりました。まあ、日中の昼日中に掲示板の書き込みのようなことをお話しするのって、なんか背徳感がありますよね。今日は外は天気がいいから、余計にこんなお話とギャップを感じます。」
「そういえばそうですね。でも雨だと余計にこんな話も合うのかもしれませんが。」
みかんはどこか寂しげな目をしてそうつぶやいた。
「雨、、、、」

西井は窓の外を見て、今日がもし雨だったらと想像してみた。
土砂降りの雨の中、レインコートに身を包んだ女性が傘も差さずに寂しい通りを歩いている。女の名はみかん。レインコートの下は白いブラウスにタイトスカート。ベージュのパンストに黒のパンプスといったOL風の出で立ちだ。みかんはこの通りに出る間際に、公園の公衆トイレに入り、ある準備をしていた。その後、意を決して外に出てみたのだが。。。

「ごめんなさい、お話の腰を折っちゃいましたね。」
外を見てボーっとしている西井に気づいてみかんが話しかけた。
「とんでもないです。ちょっと雨を想像してしまいました。そういえば、昔々の成人雑誌に載っていた雨にまつわるお話があります。」
「どんなお話しですか?」
「ゴムマニアの女性の告白文でしてね。台風で大雨の日に、ゴムの胴長、魚屋さんみたいなやつですね。それを履いて、その上からゴム引きの雨合羽を羽織って田んぼのぬかるみに身をゆだねて、、、そこでおもらしをして独り悦に浸る、というような内容でしてね。とても印象に残っているんですよ。」
「へぇ、すごいですね。」
みかんはそうとしか反応しなかったが、さっきより真剣な目つきで西井の話を聞き入っていた。
「もしかすると、そういった嗜好はみかんさんにも通じるものがあるかもと思って。」
「・・・なんか、わかるような気はします。」
「すみません、僕の方こそ話の腰を折っちゃったかもしれませんね。でも、みかんさんって、正直なんですね。」
みかんは再びうつむいてしまった。

(6)
許された時間を無駄に使ってはもったいないので、話を戻すことにした。
「僕が掲示板に書いた嗜好のことですが、みかんさんは何かプレイめいたことはされたことはありますか?」
「なかなか行動までは。妄想だけで抑えています。」
「そりゃそうですよね。嗜好が嗜好なだけに、いろんなリスクがありますし。後始末とかも大変だし。」
「あとしまつ、、、」
「あは、ちょっとリアルでしたかね。」
「ゆうやさんは?」
「プレイですか?実は僕も妄想中心です。妄想だけはたくましいんですけどね。いつもそっち系のビデオを観たりしています。」
「どんな内容でしょうか。」
「ここで言っていいかな?」
西井はさらに声を低くしてみかんの方に身を寄せるように話を続けた。
「お浣腸デートっていうんですかね。デート前に公園のトイレで女性にイチジク浣腸を入れさせておいて、それですぐに車で郊外に移動するんです。当然その間に便意に襲われるのですが、降ろされた場所にはトイレなどはなくて、みたいなのとか。」
「・・・すてき、です。」
「そんな絶望的な場所なので、ショーツやパンストを穿いたまま、地獄のような排泄をせざるを得ない。とても女性がする排泄だとは思えないようなすさまじい音とともに、、、」
「・・・あぁ」
みかんは半ば涙目になりながら、ハンカチで顔の半分を程を覆い隠した。
「あ、大丈夫ですか?」
「・・・」
「ちょっとグロテスクすぎましたか?」
「・・・いえ、グロテスクだなんて。私、排泄物そのものに執着はなくて、どちらかというと苦手なのですが、追い詰められて恥ずかしい姿を晒さなければいけないような絶望感とかを想像すると、すごくドキドキしてしまうんです。」
「スカトロってわかりますかね。僕はああいうとはちょっと違って、排泄物に興味があるわけじゃなくて、女性が羞恥や屈辱を感じているのを見るのが好きなんです。排泄はひとつの手段みたいな感じかな。まぁ、あんなこと書いておいてスカトロじゃないって言ってもわからない人にはわからないでしょうけど。」
「私も同じです。さっきのお話もそういう視点で聞いていました。ビデオの女性の羞恥を想像するととても。。。」
「興奮しますよね。その女性をご自分に置き換えて想像してみたらどうでしょう。」
「既に私自身なりきっていました。」
「あはは。やっぱり。そんなビデオをたくさん持ってましてね。他人からすると絶対やばい人なんでしょうけど。何かの罪で警察に捕まって、持ってるビデオを撮影されてニュースで流れるとかなったら最悪ですけどね。」
西井の自虐っぽい話にみかんもクスクスと笑った。
「みかんさんにも見せててあげたいなぁ。」
「・・・」
西井は横目でみかんの反応を見ながら言ったが、みかんは直接の答えを避けた。
「ネットならサンプルだけ見れますけどね。」
「い、いえ。見るなら、、、一緒に・・・」
「お、おお、そうですよね。同じ嗜好なんだし、一緒に見たら、すごい興奮しそう。ぜひいつか実現しましょう。」
「はい。」
西井にはみかんの返事が夢のように思えた。この女はどれほどのリスクを感じているのだろう。すでに僕を信用しきっているのだろうか。
みかんの手首にある時計に視線がいった。みかんが現れてから1時間ほど経つ。カップに残ったコーヒーは既に冷たくなっていた。
「なんだかあっと言う間に時間が過ぎていきますね。」
「ほんとうに。」
「まだ少ししかお話ししてないけど、みかんさんの嗜好と僕の嗜好はかなり近いと思いましたよ。」
「私も、そう思いました。」
西井は、残された時間で、次に繋がる約束を作っておかなければと思ったが、すぐには思いつかずに考えあぐねていた。少しの時間、二人に沈黙が流れた。
「あの、、、」
「はい?」
みかんからの問いかけにすかさず西井は答えた。
「初めての場でこんなこと何なんですけど・・・」
「あ、どうぞ、言ってみてください。」
「・・・命令、していただけませんか?」
命令という意外な言葉に西井は思わず唾を飲んだ。
「命令ですか?」
「そうです。なにか強制になるきっかけがほしくて。せっかくお会いできたので、ゆうやさんの嗜好の中でいただけたら。」
「そ、それは、大歓迎ですけど、う~ん何か命令命令・・・」
「私、実は、会社の仕事を中抜けしてここへ来たんです。だから時間も短くなってしまいましたけど、またこれからお仕事に戻るんです。」
「さっき、時間帯の設定で、“またおいおい”と言ってたのはこのこと?」

「はい。」
「わざわざ仕事の合間にこんな逢瀬の時間を設けて、さらに何か命令を受けて仕事に戻るとか、そういうことですか。」
「・・は、はい。」
西井自身は、今日の出会いの場でお互いの嗜好について確認し合えればいいと思っていたが、みかんはすでにそれを超える目的をもってこの場に挑んでいることがわかった。こういった場面では男性が女性をリードするのが普通だと思ったが、みかんの方が確実に期待を膨らませて積極性を見せていた。
「それは面白いですね。で、みかんさんはどんな職場で働いてるんでしょうか?」
「庶務関係の事務仕事をしています。小さい事務室に私と男性上司の2人で。」
「ここからどれぐらいの時間がかかる場所ですか?」
「電車で来ましたので、それでも30分ぐらいですね。」
「都心ってことですね。そうですか。」
西井はしばらく考え、ジャケットの胸ポケットからメモ帳とペンを取り出して、何かを書き始めた。みかんはその様子をわざと視界から逸らして、ずっと俯いたままでいた。
「じゃ、こうしてもらいましょう。」
西井はみかんに一枚の紙切れを渡した。
「今、読んでもいいですか?」
「どうぞ、そうしてください。」
みかんは両手でメモを覆い隠すようにして内容を確認した。
「わかりました・・・。」
紅潮した顔からは笑顔が消えていた。
西井は二人分の会計を済まし、みかんとともに店を後にした。

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