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映画「カストラート」の感想 〜失うものと得るもの、去勢願望者からの視点〜

普段、それほど映画を見ない方なのですが、
ある方から、興味深い映画作品を教えられ、いても立ってもいられず、どうやって視聴しようかと調べてみると、ネット配信はされておらず、DVDを取り寄せての視聴となりました。
ちょっと普通の感想文ではありません。私自身の願望も思いっきり差し挟まっていますので、その点はご容赦願います。


女性が教会で歌うことを禁じられていた古い時代のヨーロッパで、ソプラノ声域を担わせるため、変声期に去勢を施された「カストラート」と呼ばれる歌手が存在しました。この映画は、そんなカストラートの物語。
一人の才気あふれるカストラートが、オペラ歌手として類稀な才能を有しつつも、その裏では、いかに不完全な人間として苦悩に満ちた存在であるか、という視点で描かれています。

私は去勢願望者の立場で、全体のストーリーを追いつつも、性的倒錯的な目線で、何が描かれているのかを見るつもりで物語を追いました。
映画の中では何度か女性との性交シーンが出てきますが、主人公のカストラートの役割はいつも前戯までで、明らかに性交渉を完遂できない男性不能者として描かれています。しかし、彼自身が、それをどれぐらい屈辱的に感じていたかどうか、映画の中からはその程度は伺い知ることはできませんでした。

というのも、彼は表の歌手としては非常な才能に恵まれており、歌に没頭することで、性的不能者であることを大して気にせずいられている、とも感じられたからです。しかし、性的不能者であることは間違えなく、性的な拠り所を失った不安や絶望感は、去勢された者の感情としては絶対つき纏ったに違いないとは思います。

私はマゾヒストの視点で、彼の立場を自分に投影し、去勢者の不遇を存分に味わうつもりでいました。
ここから少し脱線しますが、私のマゾヒズムには、去勢願望という大きな柱があります。
男性として機能を有しながら、去勢(願わくは宦官のような完全去勢)により、性的なアイデンティティーを喪失することの不安や絶望を感じたいという願望。
なぜそのような負の要素にまみれた願望があるのか、自分でもよくわかりませんが、自己処罰意識が強いことは確か。
男は、(少なくとも私が生まれた年代では)生まれながらにして強さを求められるプレッシャーにさらされます。強くあるべきという思いが強ければ強いほど、そこに到達できない自分への処罰感情は大きくります。記憶のない幼少の頃から、そのような意識が少しづつ積み上げられたのではないかと推測はできます。
記憶が残りはじめる3歳ぐらいの頃には、去勢への憧れがおぼろげながら固まりつつありました。誤解されてはいけないのは、これは性同一性障害とは異なるということです。自分の体が男であることについて、脳が違和感を感じたことはありません。
ただ、男として生きていくことを放棄したい、という感情と、男を放棄した裏切り者として、一生後ろめたさを抱きながら生きたいというマゾヒズムの感情が合わさっています。そのための去勢であって、性別適合手術を経て女性として生活するという前向きな選択ではないのです。

こうした後ろ向きな去勢願望者の視点でこの映画を見た時、私の願望との一致点はさほど見つけられないものであることに、途中で気づきました。損失ばかりの私の願望に対し、カストラートは歌手としての成功という大きな利益目的があります。失うものと得るもの、その対比があるから映画にできるストーリーを維持できたのかもしれません。

だからといってカストラーレの人生が、本当にそれでよかったのか、という点については誰しも疑問に思うかもしれません。去勢さえされなければ、彼は普通の男性として生きられたことは間違いないのですから。
しかしそれは結果論。彼は去勢者という与えられた境遇で、誰を恨むわけでもなく精一杯人生を生き抜くのです。そうした主人公の姿勢も、映画作品として見る耐えうるものにしていると感じました。

実はこの映画には主人公のカストラーレのほかに、兄(才能の凡庸な作曲家)存在が大きく、本来は、その兄なくして感想を語れないのですが、本稿は去勢者という存在に絞って感想を書いてみました。

映画自体は、舞台となった17世紀のヨーロッパの時代背景、風景、衣装などの再現において非常に手が込んで作られており、またオペラ音楽としても、男と女の声をミックスして再現したというカストラーレの美声に驚かされます。
性的倒錯の視点がない方にも、おすすめしたい美しい映画です。去勢術の生々しい場面は、直接的には表現されていませんので、そちら方面を心配される方にも見ていただけると思います。

ちなみにDVD付属の解説書が素晴らしく、カストラートの成り立ちなどが分かりやすく解かれています。
その解説によると、カストラートは中国の宦官のような完全に生殖器を切除するものではなく、睾丸の切除のみとのこと。(私としては前者の方により興味を惹かれますが)

ご興味のある方はぜひ本編を。

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