おぞましき歓喜の宴(創作)


「こん家ではな、大人になる時の仕来たりちゅうもんがある。おめぇは長男じゃども、そんことを過ぎんことにゃいつまでたっても跡取りにはなれんのじゃて。」

とある地方の山村にある清水家の大屋敷。古くは庄屋の血筋であり、この地方随一の力を持つ旧家。

その家の最も古い住人であるトミの大婆さまが、ひ孫の祐樹を前に諭していた。

「おめぇもそろそろ通らんことにゃぁ弟に先をこされちまうで。なんてことになりゃ清水の大恥じゃ。」

祐樹は屋敷の一番奥まった場所にあるトミの部屋に居座り、机に向かって何か書き物をしていた。

「でもね、大婆ちゃん、大人って20からだよ。僕まだ15だもん。」

トミに背を向けたまま返した。

「昔、この地の武家さんは15で元服するのが習わしじゃった。清水家はな、百姓ちゅえども庄屋の出じゃ。跡取りにゃ武家さんと同じように儀礼させとったんじゃ。」

「うん。それはこの前も聴いたけど。」

祐樹は相変わらずトミに背を向けて面倒くさそうに言った。

「おめぇは小さいころからワシの部屋に居候しよって書き物ばっかりしよる。ちっとも外で遊ばんのう。近くのガキどもと比べても色が白うて、まるでおなごみたいじゃ。そんことが悪いちゃ言わんが、やんちゃな弟とは正反対じゃ。それで清水の跡取りが務まるじゃか。ワシはそんことが、、」

「またその話かぁ。跡取りってそんなに大変なの?」

トミの話を半ばで遮り、うんざりしたように返した。

「跡取りちゅうたら清水の血筋を守らにゃならん。そんだけやのうて、あとに血を継いでいかにゃならん。跡取りは男の中の男でなきゃならんのじゃ。じゃから仕来たりを通らにゃ認められんのじゃ。」

祐樹がペンを置いてトミの方に向き直った。

「仕来たり仕来たりって何度も聴いたけど、実際に何をするのか、この家の誰も教えてくれないよ。」

「そりゃ当たり前じゃ。他言無用じゃて。清水の中でも血筋のまっすぐのモンしか知らんでの。」

トミを見る祐樹の眼が少し鋭くなった。

「大婆ちゃんは知ってるの?」

「ワシはこん家に17で嫁いできたんじゃ。清水のことで知らんことはありゃせん。」

「じゃあ聞かせてよ。中身が分からないで仕来たりってだけ言われても不安なだけだし。」

トミは一旦伏せた目をぱっと見開いた。

「かわいいおめぇのことじゃ。よかろ。んじゃ、こっち向いてちゃんと聞くんじゃ。」

いつもと違った様子のトミに、祐樹は少し心が躍った。


「表の戸はきっちり閉まっとるか?雨戸も引かんと。」

トミは曲がった腰を立ち上げて部屋の雨戸を閉めにかかった。

どんどん部屋が暗くなる。

最後の一枚の雨戸を閉めようとする前に、トミは祐樹に命じた。

「祐樹、そこんとこにある電気のスイッチ入れんか。」

小さな卵のような形をしたスイッチを入れると、裸電球がともった。

トミが最後の一枚の雨戸を閉めると電球の周辺だけが薄くオレンジ色に照らされる。

「誰にも聞かれちゃならん話じゃて。恐ろしい話じゃ。おめぇも覚悟するんじゃぞ。」

外の音も遮断された暗闇でトミの低い声だけが聞こえる。

「うん。」

「おめぇは大爺さん知らんじゃろ。おめぇが産まれるもっと前に死んだからな。」

「写真で見たことあるよ。お父さんとそっくりだった。」

「そじゃそじゃ。その大爺さんから聞いたんじゃ。大爺さんはの、ワシの4つ上で、明治30年の生まれでの、清水の家で次男で産まれてきたんじゃ。」

「えっ、長男じゃなかったの?」

「そうじゃ。長男はおったが病弱での。おめぇのようにいつも屋敷に引き籠っておったそうじゃ。じゃが、それでも長男じゃ。元服の歳になれば清水の仕きたりに従ってもらわにゃならん。」

「うんうん」

祐樹は、そこが核心とばかり耳を澄ませて聞き入る。

「その仕来たりというのはな、、、」

その先を言うのが憚られるようにトミの話は途絶えた。

「ん?」

「おめぇ、もうアレはやったか。知っとるんか?」

「なに、アレって?」

「年頃の男じゃろ。おめぇ、おなごの裸見たら、何も思わんか?男のものついとるじゃろ。なんもせんのか。」

「え、いや、あの、その、、」

まさかトミからそんな話が飛び出すとは思わず、しどろもどろになった。

返答に困っている祐樹を見てトミの口元は少し緩んだ。

「暗がりでもほっぺが赤こうなっとるのわかるぞ。ならわがった。続きの話するでの。」

この先どういう話の展開になるのか祐樹の鼓動はいきなり高鳴り出した。

「跡取りになるにゃ、その次の跡取りもしっかりこさえられるモンじゃねぇとならん。それを代々守ってきたから、清水の家は続いておるじゃ。わかるの?」

「な、なんとなく。」

「なんとなく、か。これじゃからワシは心配しとるんじゃ。まあええ、聞け。」

トミの口調にだんだんと熱がこもってきたのが伝わってきた。

「跡取りをこさえるにはどうする。それは言わんでも知っとるじゃろ。」

「うん。小学校の時にそんな授業あったよ」

「学校でか。今どきの時代はワシらにはわからんわ。それでのう、おめぇの爺さんもワシと大爺さんが作った子じゃ。」

目の前でそういうことを言われて少し照れた。

「いいか祐樹、ここからはおめぇも知らんかもしれんが、子を作るのに大事なものはな、男の方にあるんじゃ。」

「どういうこと?」

「おめぇ、さっきおなごの裸見たら男のモンがどうなるつってほっぺ赤らめたろう。ワシは女じゃから男の身体にはなれんが、男のモンはおおきゅうなる。そのあとどうなるんじゃ?」

「え、えと、、」

「おおきゅうなって、ゴシゴシさわっちょったら、白いもん出てくるじゃろ。小便じゃねぇぞ、精子じゃ。」

「う、、、」

「射精ちゅうんじゃ。ん?知っとるくせに赤くしやって、かわいいのう。」

トミが目を細めた。

「子を作るにはな、精子がちゃんと生きとって、ピンピンしとらにゃならんのぞ。それが大事なんじゃ。清水ではな、江戸の昔からそんことはようわかっちょってな、次の跡取りになるモンがちゃんとした精子もっちょるんか、調べるんじゃ。」

「調べる?」

「大爺さんは元々次男じゃったけ、調べられるのは長男じゃった。そんでな、」

トミの口調が一層深刻になると、祐樹の肩にも力が入った。



「長男が15になった頃じゃ、精子を調べるちゅうてな。大正じゃ。調べるちゅうてもどうやって調べよったか、町さ行ったら林田医院ちゅうのがあるじゃろ。あれも昔から代々やっておる医者で清水も随分世話になっちゅうじゃ。そこには当時珍しかったんかどうだか、顕微鏡が置いてあっての。それで調べたんじゃと。どうやって出させて持っていたんか、そんな事は聞きゃあせんかったが、とにかくそれで調べたんじゃと。そしたらのう、あかんかったんじゃ。ちゅうのはな、精子が少のうて動きもピンピンせんと死んだようなのばかりじゃと。そんで、長男があかんちゅうことになって、清水の跡取りは次男の大爺さんに鉢が回ってきたわけじゃ。大爺さんは元々健康じゃったので、精子調べてもまったく問題なかったそうじゃ。

かわいそうなのは長男じゃ。調べのあと、周りの一同はみな気を落としてしもうての。悪いんは長男だとなってしもうたそうな。そんでの、清水の家の誰とはいわんが、ほんにえげつないことを考えよるのがおっての。長男は跡取りになれんのじゃから、男に生まれながら男じゃないじゃと。男じゃないくせに男に見せかけてきた長男は極悪人じゃと。跡取りじゃと期待させおって跡取りになれんのは極悪人じゃと。男じゃないんならそれを体でわからせにゃならんのじゃと。そこで恐ろしいことを仕組みよったんじゃ。

そうこうしてるうちに清水の血筋のある男がの、次男の大爺さんをそそのかしてしまいよってのう。「お前は清水の本物の跡取りじゃ。偽物は偽物じゃと清水の家に知らしめにゃならん」とな。大爺さんは物心もついておらん13の頃じゃ。何かわからんがそれはその通りじゃと思うてしまいよった。

ある夜のことじゃ。その男は長男のいる部屋に突然入ってきて怒鳴り散らしよった。お前のせいで清水の血筋が無茶苦茶になるところじゃったと。ひるんだ長男はあれよと言う間にその男に縛られてしもうたそうじゃ。そこに入ってきたんは大爺さんじゃ。大爺さんはふんどし一丁での。縛られた長男は男に後ろに回られて羽交い絞めにされたかと思うと男の手で口をむりやり開けさせられたんじゃ。おい、今じゃ!はよせんか!って叫んだら大爺さんは自分のふんどしをはだけて長男の顔の前に仁王立ちになりよった。 

そんでの、一気に男のモンを長男の口の中に突っ込みよったんじゃ。頭を持て、しっかり持てて言われて、まま長男の頭をつかんだら今度は、前に後ろに揺さぶってみろと言われたんでそのまま揺さぶったんじゃと。そしたらだんだん大爺さんのモンもおおきゅうなってきての。長男の頭は大じいさんの手に落ちたちゅうんで、男は長男から手を放して自分は二人の横からその様子を鉛筆で紙に書きとめまじめよった。男は大爺さんに、もっと振れ、腰使うんじゃ、なぞと指図しながら必死に書きとめおった。大爺さんはわけがわからんようになって、いよいよ興奮して収まりがつかんところまできた。そしたら男は、縛られちょる長男の着物の裾をはだけさせての、ふんどしも力づくでグワッと外して長男のモノを表に出しよった。そしたらの、ここじゃ、ここ目がけて出すんじゃ!と指図しおった。大爺さんは長男の口からおおきゅうなったモノを出すなり、表に出された長男のモノ目がけて一気に出しおったそうな。
これがその夜の顛末じゃ。ワシの旦那の大爺さんが長男にそげん恐ろしかことをしよったんじゃ。ワシは大爺さんの口からそげんこと聞かされておぞましゅうてならんかった。じゃが、過ぎてもうたことじゃし、なにより清水家の恥じゃから一切他言しなんだんじゃ。」

トミは一連の話が終わったかのように肩の力を落として目を閉じた。

「祐樹。ちょっとそこの物置あるじゃろ。その扉開けてみい。」

 半ば放心状態の中で急に指図されたので驚いたが、トミに従った。

「その引き出しの一番下じゃ。その中の一番下に巻物があるから出してみい。」

かなりの骨董品と思われる物置から指示されたものを見つけてトミに差し出した。

トミは巻物の結びをほどくと、一気に祐樹の前で広げて見せた。巻物には粗末な紙に書かれた2枚の絵が並べて貼ってあった。

「これがの、その男が描いた絵じゃ。男はのう、あの夜に描いた絵を次の日に巻物にして、清水の家じゅうに触れて回りよったそうじゃ。男が言うにはのう、長男は男に見えて男じゃない。これがその証拠じゃちゅうての。なんで証拠か、長男には男のモノがちゃんとついとるのが描かれてるじゃないかと言う者もおった。じゃがその男はのう、『男が男のもんくわえることがあるもんか、長男についとるモンがほんに男のモンじゃったら、そこに男の精子をかけられるなんちゃはずがなかろう、こいつは男の姿をしながら男じゃな証拠じゃ』と。あろうことかその男の言うことを信じる者が多くてのう、一気に清水の家に広まってしもうた。その後、長男はひどく打ちひしがれてしもうて、数日後に納屋で首を吊ってもうたんじゃ。あ~南無阿弥陀部、南無阿弥陀部・・・。」

「・・・大婆ちゃん。」

祐樹は話を聞き終えて、嗚咽が込みあげてくるのを我慢しながら声を絞り出した。

「僕も、もうすぐ調べられると?」

「そじゃな、それが清水家の仕きたりじゃからの。」

「あのね、実は僕、、、」

話し終えて憔悴したようなトミが祐樹を見据えた。

「なんじゃ祐樹、言うてみぃ。」

「実は、この絵のこと、知ってたんだ。」

「・・・祐樹、そりゃほんとか?」

驚いたのはトミだった。



「うん、小さいころから大婆ちゃんの部屋のあの物置の中がずっと気になってたんだ。3年ぐらい前だったかな。大婆ちゃんがいない間にこの巻物を初めて開けてみたのは。最初は何が描いてあるのかわからなかった。ノートみたいな紙に鉛筆で乱暴に描かれてあったから。で、よく見ていると、裸みたいな男の人が二人いるのだと気付いた。それと、、、男の人の、、チンチン?がすごく強調されてて、さっき大婆ちゃんが話してくれたようなことがされてるってことがわかるまでに1年ぐらいかかったかな。この絵だけじゃわからなかったから、家の中のいろんな本で調べたんだ。お父さんの書斎には古い本がいっぱい並んでるでしょ。その本の奥に隠れるように、エッチなことが描かれた本があるのを知ってるんだ。それを隠れて読んでいたら、あの絵に何が描かれているのかがだんだんわかってきたんだ。大婆ちゃん、僕がいつも大婆ちゃんの部屋で書き物してるでしょ。あれはどんなことを書いているかというとね、この絵に描かれていることを想像しながら物語を作ってるんだ。それは僕と弟をこの絵の2人に置き換えてみてる。今日大婆ちゃんが話してくれたことと僕が描いていた物語がほんとによく似ていてびっくりしちゃった。僕が作った物語では、僕、大婆ちゃんの話では長男の人だね。その僕は、悪い親族に乱暴にされて、弟も巻き込まれて酷いことされるんだけど、まだ僕は死んではいないんだ。むしろそこから違う話になってる。僕が作った話ではね、酷いことをされて打ちひしがれた僕はむしろそのことを受け入れて、本当に男の子失格のみじめな人間だということに内心歓んでるんだ。この感覚はちょっとわかりづらいかもしれないんだけどね。弟に、チンチンを口に入れられて、最後僕のチンチンに射精されて、男の子失格の烙印を押されるってことを考えれば考えるほど、僕にはすごく受け入れられることだと思ったんだ。それから僕はその心の中を信頼する大婆ちゃんに打ち明けた。そしたら、そしたら大婆ちゃんはね、」

「もうよか、祐樹」

伏し目にして祐樹の話をきいていたトミが話をさえぎった。

「おめぇから話さんでも大婆ちゃんはようわかっちょる。おめぇは清水のもんが期待するような立派な男じゃない。それをいなされるおめぇの心持ちもようわかりよる。さっき、大婆ちゃんにはわかんねぇって言いよったども、ようわかっちょるんじゃ。かわいそうなんじゃな、おめぇは。かわいそうな祐樹じゃ。じゃどもおめぇは歓んどるんじゃろ。そういうのはな、世の中じゃ変態ちゅうてな。ワシもそういう人間さおうたことがあるきに、わかるんじゃ。変態は変態でええ。世間様に受け入れてもらえんじゃろけど、それが嬉しいなら、大婆ちゃんだけは受け入れるきに心配すな祐樹。ここで男でいる必要はないけんね。」

トミの話を聞く祐樹の眼が涙ぐんでいた。



「ところでおめぇさ、ワシにもう一つ隠し事あんじゃろ。」

「え?」

ふいの質問にたじろいだ。

「知っとるんぞ。おめぇ、あの物置の中だけじゃのうて、ワシの部屋の古い方のタンスも開けてみとるじゃろ。」

「あ!」

盲点を突かれて祐樹の眼は点になったが、トミの眼は幾分和らいでいるように見えた。

「な、祐樹。ワシちゃんが何にも知らないと思うとったら大間違えじゃぞ。あのタンスには大婆ちゃんが女学校に通うちょった時の制服が仕舞ってある。大婆ちゃんの女学校は、ここら界隈では有名な学校じゃて、制服もしゃーんとしたもんじゃた。流行の先端じゃったセーラー服でな。じゃから女学校出た後もずっと大事に仕舞ったおいたんじゃ。おめぇ、それ着てみてどうじゃった。」

「・・・・」

トミのニヤニヤした顔には目を合わせられず、うつむいたまま顔を赤らめていた。

「もう何年経つかの、男が初めてスカート穿いてどうじゃったか。へへ、おめぇ、それ着てごしごししてたんじゃろ。ある日、古いタンスの扉が半分開いてたんで中見てみたらセーラー服に皺が寄っとってな、こりゃワシが直したらこんな雑なことせんしな。そんでからスカートの方には白いシミがついておったんじゃ。そんでワシもピンときてな。この部屋によう出入りしよるのはおめぇしかおらんで。でもワシは咎めんと様子見ちょった。そんで、大爺ちゃんとお兄さんのこと思い出してな。それがおめぇと弟の関係にそっくりじゃと思うようになった。じゃけんども、また同じことが繰り返されて、あの長男と同じようにおめぇが死ぬことになっても困る。それが心配でな、おめぇをずっと観察しよったんじゃよ。じゃて、さっきおめぇが話したこと、大婆ちゃんにはようわかっちょるからな。」

「大婆ちゃん・・・」

祐樹は大婆ちゃんに甘えるように抱き着いて続きの涙を流した。

「わかっちょる、わかっちょる。これからも大婆ちゃんの部屋じゃ何も気にせんと好きにせい。」

祐樹がトミの中で一層小さくなって震えていた。

(終)

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