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『モンテーニュ逍遙』終章
終章《思想を思想という形では主張することを欲しない思想家》 ──《メ・レーヴリー》、覚めたる者の見はてぬ夢──
(pp.370-390)
思想を思想という形では主張することを欲しない思想家、哲学を哲学という形では主張することを欲しない哲学者、それが本居宣長であった。
モンテーニュもまた「思想を思想という形では主張することを欲しない思想家、哲学を哲学という形では主張することを欲しない哲学者」であったこと。
モンテーニュ自身による『随想録』の定義。
『随想録』は「親しみやすい優雅な散文詩、すぐれた随筆文学である」こと。
(本章より)
《resver》(夢みる・夢想する)という言葉は、フリードリヒの説明によると、古代フランス語でもすでに〈寝言・うわごと、取りとめのないたわいのないことを言う〉という意味であったそうだが、モンテーニュ自ら例の〈レーモン・スボン弁護〉の章の中で、はっきりと自分の思想の実態をこう定義している。《夢想(resverie)こそは覚めたる人の夢であり、ただの夢よりもいっそう悪い夢である》(II・12・703)と。(p.373)
フーゴー・フリードリヒ Hugo Friedrich, 1904-1978 … ドイツの文学者、ロマンス語文献の研究者。フランス文学に広く精通していただけでなく、現代詩の構造分析にも業績を残している。
いま一五八〇年の序文とデスティサック夫人宛の献呈詞を改めて読み返してみても、やはり『随想録』第一の特徴は〈個性(personalité) の優位(prépondérance)〉ということ、〈モワの自然流露性(spontanéité)〉であることに思い至る。自由検討の精神だとか懐疑の精神だとかいうこともさることながら、この事を措いては『随想録』はないのである。(p.377)
デスティサック夫人宛の献呈詞 … 『随想録』第2巻第8章「父の子供に対する教育について」の最初のパラグラフ(II・8・468-469)。
自由検討の精神 … ユマニスムの根幹を成した大事な姿勢・働き。渡辺一夫著『フランス・ルネサンスの人々』(岩波文庫)参照。
とにかく彼は人に自分の学識を示したり誇ったりする気など毛頭ない。ただ、自分を分析したり描出したりするその仕方(manière) ・方法(façon) を通じて、読者にも己れ自らを知り、人間そのものの正体を捉えてもらおうと思っているのだ。(p.379)
いわんや私のような頭のぼけた老書生に、生きて動いているモンテーニュという人の人格を、系統立てて語ることがどうしてできよう。せいぜい四方八方から照明を与えて、その都度目にうつるその時々の姿を、幾度にも見てもらうよりほかはなかった! (p.384)
このようにモンテーニュは自ら自著『随想録』を定義・説明し、このように言葉をつくして、いかに学説や説教がきらいであるかを訴えているのに、それでもなお《エッセー・ド・モンテーニュ》を哲学書の範疇に入れないでは満足しないと言うのか。もちろん彼は思想家であり哲学者であるが、それにしても私は、彼が学究者であるよりも、むしろ荘子やプラトンや兼好や宣長と同じく詩人であり随筆家であったことを、彼の《エッセー》は佶屈聱牙な・あるいは理路整然たる・哲学書ではなく、親しみやすい優雅な散文詩、すぐれた随筆文学であることを、何よりも強調しないではいられない。(pp.388-389)
モンテーニュは詩人であるとの認識こそ、モンテーニュの生涯と著作とに関するもろもろの問題を解決するいわばマスター・キーであろう。(p.389)
関根秀雄著『新版 モンテーニュ逍遙』(国書刊行会)
関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)
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関根秀雄著『新版 モンテーニュ逍遙』は、序章と終章を合せて全部で十三の章で構成されています。章ごとに記事を立てて、本書のなかで気に入ったところ、気になったところ、多少補足があっても良いかもと思ったところなどを抜き書きしています。ほんの少しでもみなさんの読書のお役に立てたら幸いです。