『モンテーニュ逍遙』第3章
第三章 《よろづの物の父母なる天地》 と《我らの母なる自然》──モンテーニュの自然と老荘の自然──
(pp.88-124)
「我らの母なる自然(ノトル・メール・ナテュール) nostre mere nature (notre mère nature)」の表現は、『随想録』の各所に散見。第1巻第20章、第26章、第27章、第31章など。
自然思想の観点から、老荘との比較が始まる。この比較は次章以降にも続く。
111頁〜119頁に『随想録』第3巻第12章「人相について」からの長い引用あり。(III・12・1194-1211)
(本章から)
モンテーニュは始め、世界は動揺であり反復運動であると定義した。それから、それは誰かによって引きずりまわされているのではなく、自分の動きをもって動いているのだと考えた。そしてついに、自然界の運動はすべて有機的な過程のもとに行われているのだと示唆する。(p.88)
《あえて自然の必然に歯向かおうとするのは、自分の騾馬と蹴合いをしたというクテシフォンの狂態を再演することにほかならない。》(p.92)
『随想録』「経験について」(III・13・1254)より
必然ないし自然に随うということは、外部の拘束に服することでは決してない。むしろそうすることによって、人は自分の内部に霊的な調和を発見し獲得するのである。正にそれは〈アタラクシア〉の感情である。人間という小宇宙と大自然という大宇宙とが渾然一つとなって、はじめて我々は自分の心の中に本当の平安を見出すのである。(p.93)
こういうモンテーニュの自然に対する気持ち、自然の秩序に、いやいやではなく、欣んでまた謹しんで随おうとする気持ちは、彼がしばしば用いた〈我らの母なる自然〉という表現の中に遺憾なく示されている。(p.94)
モンテーニュの〈自然〉というのは、前にも述べたように、山川草木、鳥獣虫魚というような形ではなく、そういう形を与えた根源、老荘のいわゆる〈道〉なのである。(p.107)
このソクラテス的自然随順の思想こそ、モンテーニュの自然哲学の根本であり、彼のモラルの中心をなす。(p.123)
『随想録』「経験について」(III・12・1211-1215)を参照。
このような自然哲学は、我々の東洋人の血肉の中にすっかり溶け込んでしまっており、それとは明瞭に意識されない老荘思想のうちに、ほとんど共通した表現によって述べられているように私には思われる。私は中国や日本の思想史にきわめてうといから、誰かこの方面の専門家が、モンテーニュの『随想録』を読まれて、本格的な老荘とのパラレルを試みられることを、ひそかに期待している。(p.124)
関根秀雄著『新版 モンテーニュ逍遙』(国書刊行会)
関根秀雄訳『モンテーニュ随想録』(国書刊行会)