お風呂場の戦い
もう9月後半か
今年はあまり蚊に刺されないな
奴らが活発化する気温は25 ~ 30°C
蚊でさえ行動しないのに、
人間は働きに出ているのかと嘆きたくなる
連日のように過去最も暑い夏だと
ラジオやポッドキャストで聞くけれど
それって、これからの人生で
1番涼しい夏が今ってこと?
その事実に危うく絶望しかけ、
地獄のような現実から目をそらすかのように
メガネを置いて浴室に入る
中学校までは視力はいい方だった
高校に入ってから次第に視力が衰え、
今では0.3ほどにまで落ちてしまった
一時、コンタクトにしていたこともあったが、
うまく外せず、熟れたトマトのように
真っ赤に充血してしまってからは
メガネ無しでは生活できないのだった
以前までは浴槽のお湯で髪を洗っていたが、
髪を伸ばしてからシャワーを使うことが増えた
シャンプーをし終え、キュッと蛇口を閉める
水がまだ流れているのだろうか、
金属音のような高い響きがまだ続いている
あれ、ちゃんとひねって止めたよな
年季が入っているから、
最後にギュっと力をこめる
うん、ちゃんと閉まっている
もう一度、耳に全集中する
よく聴くと、ツーーのように
一定ではなく揺らぎのある音だった
あ、いるな……
逃げられないように、
わずかに開いていた窓とドアを閉め
前髪が邪魔にならないように、
タオルを巻き戦闘体制に入る
まだ気配がする、奴は逃げ遅れたようだ
メガネを外した私には
壁や天井に止まっていると、
正確な位置がわからない
タオルを手に持ち直し、
ライブ会場の如く振り回す
奴は飛び回り、羽音がする、
狭い浴室にソナー音のように反響し、
いろいろな方向から音がする……
ピタッと音が止まる
そこにいるのかと、黒いものに目を凝らす
違う、カビだ……
焦点を合わせると、至るところに黒い点がある
全てカビなのかと、違う恐怖に襲われる
気を取り直し、再度タオルを回す
再び、ぷ〜んという音が聞こえてきた
羽音に集中すると、見つけたっ
奴はドローンのごとく、私の頭上を飛んでいた
蚊の特性上、横方向ではなく、
縦方向に手を振りかざすと良いらしい
高校の部活でつちかった、
バレーボールのクイックのごとく
右手を素早く振りかざす
触れて、落ちた
奴は浴槽と洗い場の段差を埋める
少し高いところに、不時着した
よく見ると、先に被害者がいるらしい
お腹がぷっくりと膨れていた
183cmの超大型巨人の手で叩きつけられても
まだ生きていて、飛び立とうとしていたので、
湯桶で叩きつぶす、血が広がる
湯船に浸かり、お湯をかける
赤く広がった液体は、さっぱりなくなったが、
黒いシミは、見なかったことにしよう……
over.