見出し画像

石丸さんの「多選の制限」と銀行の「人事異動」

1.背景と目的

2025年1月,石丸さんが新たな地域政党「再生の道」を設立しました.1月15日(水)に会見を行い,その内容を説明しています.トップページに掲載されている内容は以下のとおりです.

  1. 目的:地域政党として,広く国民の政治参加を促すとともに,自治体の自主性・自立性を高め,地域の活性化を進める

  2. 目標:2025年6月の都議選に向けて候補者を擁立する

  3. 綱領:多選の制限(2期8年を上限とする)

綱領が「多選の制限のみ」であることが話題になっていますので,この「多選の制限」について若干の考察をしてみたいと思います.参考資料は一番最後に示しています.なお,参考資料を確認した上での推測に基づいていますので,その点ご容赦下さい.

2.金融業界の人事異動

私は「多選の制限」という綱領を見たときに,民間企業における人事異動を連想しました.よく知られていることですが,金融業界,特に銀行は,異動が非常に多いです.民間企業の異動は①人材育成,②適材適所の発見,③従業員のモチベーション,④組織の硬直性を防ぐなどが言われています.
ここでは,④の組織の硬直性に注目します.部署で担当している仕事に慣れてくると,現在担当している仕事がルーチン化され,効率的に行うことが可能になります.他方,せっかく慣れた仕事のやりかたを変えることは非効率に見えるため,仕事のやり方を変える心理的抵抗感が強くなります.また,同じ部署での勤続年数が長くなると,その部署での価値観があたりまえになり,新たな価値観を受け入れることが難しくなります.このような要因を原因として,組織が大きな環境変化に対応できなくなることを組織の硬直化といいます.
そして,特に金融業界の場合,不正防止も目的としていると言われています.銀行員は仕事をしている中で,特定の企業や人と貸し借り関係ができるようになります.ノルマに困った際に助けてくれる企業もいるかも知れません.将来の営業を考え,取引先に貸しを作ることもあるかもしれません.また,時間が経てば,仕事を離れプライベートの付き合いも生まれてきます.行きつけの飲食店,子どもの学校のPTA,配偶者の通う病院などで様々な人間関係が生まれます.このような人間関係を背景に,融資業務などで判断に歪みができる可能性があります.この癒着を防ぐために,銀行の支店長は3年程度で異動することが多いと言われています.
ご存知の通り,石丸さんは三菱UFJ銀行に勤務していました.石丸さん自身は,現場の経験は姫路支店のみのようですが,銀行の人事異動制度には馴染みがあり,このメリット・デメリットをよく理解されていると推測します.
そして,石丸さんは,4年弱の安芸高田市での市長の経験において,組織の硬直性(新しい仕組み・価値観に対する抵抗感)と,判断の歪み(仕事・プライベートにおける貸し借り・好き嫌いに基づく意思決定・行動)を目の当たりにしたのだと思います.このような経験から,組織の硬直性判断の歪みは,①政治にとって大きな問題であり,同時に,②この問題は「多選の制限」によって解決できる,と考えこのような綱領を提示したのだと考えます.
これは石丸さんの性格を推測したうえでの予測ですが,解けそうな問題を見つけたから,解決策を提示したという演繹的な意識なのではないでしょうか? これは,新規事業の立ち上げと類似した考え方だと思っています.現在の都議会議員の任期を制限することは不可能なので,新たな都議会議員の一部が任期制になることで,都議会議員の流動性を高めようとしているのだと思います.ちなみに,私は石丸さんの根底の思想(価値観,考え方の軸)を理解するキーワードとして,「演繹法」と「流動性」があると考えています.これはいつか書いてみたいと思います.

3.個人的評価

多選の制限は非常に面白い試みだと思います.
第1に,多選を制限することで,将来的なキャリアを自ら切り開く必要があるため,都議会独自のスキルを獲得するよりも,汎用的な政治スキルを獲得することに注力する可能性が高まります.これは,民間企業で言う,企業内特殊技能(firm-specific skill)と一般的技能(General Skill)の議論を参考にしていると思います.東京都の重要なキーパーソンと濃密な人間関係を形成したとしても,8年後には辞めることになります.8年後に辞める議員では,相手も濃密な人間関係を形成するインセンティブが薄れます.そのため,議員にとっては,議員本来の仕事の能力を高めることが,今後のキャリアに重要になってくると考えると思います.
第2に,多選を制限することで,①能力のある人は国政や市長など他の政治活動へのステップアップになり,人材輩出の場として機能する可能性があります.他方,②議員としてうまくやっていけない人でも,最大8年が任期となり都政に与えるダメージが限定されます.
第3に,価値観の変容です.多選はこれまで信頼の実績とされていたと思います.しかし,「再生の道」が多選の制限を打ち出すことで,多選=老害というイメージが広まる可能性があります.私は,この影響は意外と大きいのではないかと考えています.

4.その他

「再生の道」に示されている候補者選考プロセスを確認し,よく考えられていると感じた点を2つとりあげます.
(1)適性検査の設定
私は常々,選挙に立候補する人は,適性検査(論理的思考力/一般常識のテスト)を受験し,その結果を公表すべきだと考えていました.現在,多くの民間企業が新入社員の採用に関して適性検査を受験しています.新入社員の採用に有効なのであれば,他の選考の意思決定にも採用するべきだと考えていました.例えば,①課長,部長などの選考,②役員,社長,外部取締役などの選考などです.そして,最も適切なのが,選挙だと思います.強調したい点ですが,「適性検査の結果で立候補を制限しろ」と主張しているわけではありません.適性検査の結果を広く社会に公表し,有権者に判断を任せるべきだと考えています.極端に言えば,私は立候補者の討論会よりも,立候補者同士の一般常識クイズ大会が見たいと思っています.適性検査の結果を公表することは難しいと思いますが,少なくとも,適性検査を選考要因としていることは,嬉しく思います.
(2)3次選考の公開
3月中旬から始まる3次選考はYoutubeで公開されます.おそらく,この動画は非常に多くの視聴者を集めると思います.石丸さんは,「政治のエンタメ化」を主張しています.これは,私はこの「政治のエンタメ化」というのは,「市民の当事者意識の醸成」を目的とした試みだと捉えています(興味のある方は,私の以前のノートもお読み下さい.ちなみに選挙のエンタメ化は,非常に誤解されやすい言い回しだとは思います).再生の道は,立候補に至るプロセスを興味深い形で公開し,一人ひとりの議員にストーリーをもたせ,個別議員に関心を持ってもらうことを意識しているのだと思います.換言すれば,「芸能人・Youtuberが議員になる」のではなく,「議員が芸能人・Youtuberになる」という考え方だと思います.

5.最後に

勝負どころは,応募者の数と質にかかってくると思います.これは,既に動画で説明していますが,都議会議員の給与(約1400万円+約600万円)と,仕事内容(公務日数約90日/年)について,石丸さんが今後積極的にアピールしていくと思います.おそらく,業務内容の面白さ・やりがいなどについても今後アピールしていくのだと思います.
石丸さんが応募者に求めている要因は,①業務遂行能力(情報収集能力,情報処理能力,行動力等)と,②決断力(人間関係ではなく長期間のコストベネフィット分析に基づく冷静な判断力)だと思います.石丸さんは,少なくとも都議会議員には政治的な理念よりも上記2つの能力のほうが重要だと考えていると推測しています.
また,応募書の数と質をあげるためには,スケジュールに柔軟性をもたせることも考えているかもしれません.3次選考が3月中旬から開始され,YouTubeで公開される予定になっていますが,この3次選考の動画を視聴して,「私も応募したい!」と考える人が一定程度いるのではないかと思います.そのため,3次選考をしている間にも,追加の1次選考を行う可能性があると思います.
ちなみに,国政政党等への所属を許容しているため,都議会選において,選挙結果がどのように報道されるのかは興味深いですね.「維新の会」と「再生の道」というように2つまとめて表記されるのか,国政政党で整理した際の表記の方法などは難しいと思います.正確に表記すると,「再生の道」が異常に目立つ形になると思います.これも,マスメディアに新たな課題をぶつけているようで興味深いです.
この取組みについてのもう一つの特徴は,「仮に失敗したとしてもそれほどダメージがない」と思われる点です.何と言っても党議拘束が多選の制限のみであり,政治的理念を打ち出していないので,選挙期間以外はコストがほとんど掛かりません.今後6月まで,石丸さんは馬車馬のように短期集中的に働く必要はあると思いますが,借金まみれになる可能性は少ないです.また,「再生の道」は政治的理念を打ち出していないので,失敗したとしても,「理念の失敗」ではなく,「仕組みの失敗」として捉えられれば,石丸さん自身のダメージも比較的低いように思います.
いずれにせよ,この試みによって,都議会選が注目を浴びるのは間違いないと思いますし,それが石丸さんの一番の狙いなのだと思います.

6.参考資料

いいなと思ったら応援しよう!