見出し画像

新型コロナに感染した高齢者の受け入れ先がない!【06】 北海道C病院

この連載は、コロナ専門病棟を開設した10の病院の悪戦苦闘を、スタッフの声とともに紹介していくものである。連載一覧はこちら

私(西村)が取締役を務める株式会社ユカリアでは、全国の病院の経営サポートをしており、コロナ禍では民間病院のコロナ専門病棟開設に取り組んできた。

今回は、新型コロナに感染した高齢者の受け入れ先がない中、地域のニーズに一早く対応した北海道札幌市のC病院を紹介する。

地域ニーズに応え、病院も守る

C病院のコロナ専門病棟開設は、札幌市内の高齢者施設でクラスターが発生し、札幌市が高齢者の受け入れ先を公募したことがきっかけだった。市立病院に入院後、症状が安定した介護が必要な患者の入院受入先が不足しており、協力病院がなかなか見つからないためだった。

「地域の医療ニーズに応えるためにも、札幌市の公募に手を上げてはどうか?」
「治療法も未確定な感染症の診療行為はうちでは無理だ」

ユカリアからの提案に、当初、C病院の経営陣は反対した。

だが、A病院、B病院でのコロナ専門病棟開設の経験で、すぐに活用できるマニュアルがあり、ゾーニングや軽症〜中等症患者対応の知見も蓄積されていた。

だから私は、感染管理さえしっかりしていれば、C病院でも受け入れが可能だと判断した。加えて、高齢者の受診控えの影響が大きく、大幅な稼働率低下が続いていた。コロナ患者の受け入れで稼働率の回復に立ち向かわなければ、経営が立ち行かなくなることは、早くからわかっていた・・・。

市の公募受付の締め切りは迫っていた。この機会を逃すと、コロナ専門病棟を開設する交渉を自力で行わなければならない。行政交渉の厳しさを知る私は、経営層に訴えた。

公募期限最終日(2020年5月8日)。
C病院は市の求める高齢者の新型コロナ患者受け入れ先協力病院の候補に手を上げた。

応募したのは、C病院のみだった。

なんでうちが?!

「うちより大きい病院ですら受け入れていないのに、なんでうちがやるんですか!」
「家に帰れなくなるじゃないですか!」

新型コロナ患者の受け入れが正式に決まり、スタッフに説明会を開いた。
反対があることは予想していたが、想像以上の「反対の声」が上がった。

経営層で話し合いをしている間に、院内には「うちでコロナ患者を受け入れるらしい」という噂が流れていた。真意のわからない噂が不安を煽っていた。

コロナ専門病棟で受け入れる予定の患者は、市立病院での治療を終えて症状が落ち着いている患者が対象だったので、スタッフの負担は少ないと考えていた。しかし、C病院内で、初めてコロナ患者に対応するのだから、スタッフは私が考える以上に不安を抱いていた。その不安に気づき、もっと早くから、説明を実施しておくべきだった。

受け入れへ向けて準備を進めたことに後悔はなかったが、その進め方には反省すべき点がおおいにあった。説明は事前に行うほうがいい。事後になるとしたら、スタッフが安心する方策の説明もなければならないと痛感した。

新型コロナ患者を実際に受け入れるまでに、スタッフの心の準備ができるステップをつくるのが我々の責務だと、しみじみ思った。

「新型コロナには一切関わりたくない」と、退職届を出すスタッフもいた。勤め先の病院がコロナ患者を受け入れているというだけで、まだまだ差別的な扱いを受ける時期でもあった。

C病院は横に長い構造になっており、専門病棟のゾーニングは難しくなかった。建物も古くはなく、医学的にもゾーニングは簡単に対応できたが、あえて病棟の改修工事を実施することにした。

視覚的にも安心できるようにゾーニングをとる重要性。仕切りをつけ、見た目にも「隔離ゾーン」を明確にすることで、スタッフの不安解消や安心につながる改修工事を実施した。

あとはスタッフの判断に任せるほかない。看護部長を中心にスタッフと話し合いがなされ、ギリギリ病棟を稼働できるメンバーが集まった。

2020年6月から、コロナ専門病棟の受け入れが開始された。

穏やかに進んだ行政との交渉

札幌市の公募に手をあげた唯一の病院だったこともあり、行政とも良好な関係をつくれた。医療資材の確保も優先的に動いてもらい、大きなバックアップがあることは、安心につながった。

新型コロナに関する行政交渉は、都道府県ごとに対応が異なる。難解な資料を渡されることもあったが、札幌市は理論的な説明で、スムーズに手続きを進めることができた。

政令指定都市の多くは、都道府県庁と市庁の指揮命令系統が複雑なことが多く、交渉に時間を要した。行政交渉はコロナ病棟開設時には避けて通れないが、タフな交渉も多く、気の抜けない時間が続く業務だった。

そんな中で、札幌市は指揮命令系統が明確で、決定がとても速い。一刻も早く課題を解決したい我々とって、とてもありがたかった。市が中心となって指揮をとり、道庁の保健福祉メンバーが市に合流し、サポートをするくらいの力加減だったように思う。

心穏やかに進んだ札幌市の対応には、本当に感謝している。

介護と医療の両面で、専門病棟開設の意義は

C病院のコロナ専門病棟の開設は、高齢者事業の課題解決に一役かった。

2020年5月、市内の高齢者施設でクラスターが起こった時、「入院」「治療」「療養」の全てを病院が担うには、病床が足りなかった。その状況を解消するために札幌市は公募を行い、C病院にコロナ専門病棟ができた。

行政も介護事業者も、「全ての人の入院が必要か」「介護施設内で対応ができるか」の選択が可能になった。「選択」を前提に議論できることは、大きな前進であり、ヘルスケアの視点で見ても健全な状態になった。

ヘルスケアにおいて、医療と介護は両輪で回る。どちらかに偏ってしまっては、立ち行かなくなる。医療を担う立場として、私は高齢者の感染という介護事業の課題に手を差し出せたことは、非常に大きな意味があり、そこに応えられたことが一番の喜びである。

また、C病院が軽症〜中等症の患者の受け入れを担うことで、重症患者の受け入れ病院の負担を減らせた。一方で、C病院で受け入れた患者が重症化した場合に、対応可能な病院へ搬送できる安心もあった。それぞれの役割に専念できる関係性は、地域医療を守る上で非常に重要だ。

そういった事例をいくつか経験して、中小病院がコロナ専門病棟を開設する意味を噛みしめていた。

病院経営を考える視点の変化

市の公募に手を上げて、地域のニーズに対応したC病院。
患者を守り、スタッフを守り、地域のインフラを守るために奮闘してきた。

経営層は収益性だけでなく、社会貢献も経営指標に入れた判断をした。どちらかに偏らない経営が、これからの進む道や、存在価値を決める分岐点になるのかもしれない。経営をサポートする者として、新たな病院の方向性を示す際には、院内のマインドセットの変化を促す丁寧なケアが必要であることを学んだ。

C病院は「社会インフラとしての病院」のあり方だけではなく、「社会貢献としての病院」を考えることを改めて示した。様々な問題や課題に取り組み、判断する姿勢は、これからも影響を与え続けていくだろう。

ーーーーー

次回は、C病院のスタッフインタビューを軸に、コロナ専門病棟開設に対する「賛成」「反対」のリアルな声や、心揺さぶられる言葉をお届けします。

<語り手>
西村祥一(にしむら・よしかず)
株式会社ユカリア 取締役 医師
救急科専門医、麻酔科指導医、日本DMAT隊員。千葉大学医学部附属病院医員、横浜市立大学附属病院助教を経て、株式会社キャピタルメディカ(現、ユカリア)入社。2020年3月より取締役就任。
医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し、医療従事者の視点から病院の経営改善、運用効率化に取り組む。 COVID-19の感染拡大の際には陽性患者受け入れを表明した民間10病院のコロナ病棟開設および運用のコンサルティングを指揮する。
「BBB」(Build Back Better:よりよい社会の再建)をスローガンに掲げ2020年5月より開始した『新型コロナ トータルサポ―ト』サービスでは感染症対策ガイドライン監修責任者を務め、企業やスポーツ団体に向けに感染症対策に関する講習会などを通じて情報発信に力をいれている。

編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう