コロナパンデミックの体験は、これからの医療をどう切り拓くか【20】エピローグ
私(西村)が取締役を務める株式会社ユカリアでは、全国の病院の経営サポートをしており、コロナ禍では10の民間病院と共にコロナ専門病棟開設に取り組んできた。
そしてこの連載では、日本の全病院の7割を占める民間病院が、どのような状況にあったのかを、現場の声と共にお伝えしてきた。
病院の取り組みを記録しておくことで、今後も起こりうる新たな感染症や災害医療に備える一助になりたい。そうした思いから開始した連載も、今回で最後となる。
最後に改めて「コロナ禍の医療現場では何が起きていたのか?」を振り返りながら、過酷な現場のリアルな体験を通して学んだことを伝えたい。
「コロナ専用病棟をつくる」とはどういうことだったのか
新型コロナの感染が拡大した当初、コロナ患者の受け入れは、感染症対策の備えができていた感染指定病院が担っていた。しかし、予想をはるかに上回る感染力で感染者が増加。あっという間に病床が不足する事態となった。
連日各地の病院が「満床」であるとの報道に、不安になった人も多くいた。「なぜコロナ患者を受け入れる病院と、そうでない病院があるのか」と、疑問に思った方もいただろう。
民間病院も、医療ひっ迫を解消する努力をしていた。だが、コロナ患者の受け入れにすぐに対応できなかった理由があった。
まず、指定感染症(新型コロナ)を診療するために、行政から認定を受けなければならなかった。
ほとんどの民間病院が、感染症に対する知識や経験、備えが不足しており、この申請のハードルが非常に高かったこと。また、防護服やマスクなどの医療資材も不足しており、行政が管理する医療資材の振り分け先リストに名前が入らなければ、コロナ患者受け入れ準備のスタートラインにも立てない状況にあった。
「病院」とひとくくりにしても、民間病院と公的医療機関では役割が違い、有事での対応のスピードに差が生まれる。
加えて、診療控えの影響で、急激な経営悪化に直面していた病院も少なくなかった。
そんな状況下で、さらにコロナ患者の受け入れのためには、一般診療の停止や入院患者の調整など、準備に数十日はかかる。病院の運営に影響が出るのは必須。影響の大きさは、病院の努力だけではまかないきれないと試算された。
民間病院に対する公的な補償や、公的支援があるのか否か、しばらく不明確で、コロナ患者受け入れと、病院経営の維持の両立を見極めるのが難しかった。
「地域のため」とわかってはいても、治療法が確立されていないタイミングで、患者を受け入れて大丈夫なのか。「あの病院にはコロナ患者がいる」という風評被害の広がりもあった。病院スタッフの理解と協力が得られるのか。行政は、民間病院を支援してくれるのか……。真っ暗な道を、光を求めて歩いているようだった。
そんな中でも、「自分たちがやるしかない」とコロナ専門病棟開設を決断し、2020年6月にはじめの一歩を踏み出したユカリアのパートナー病院の事例もある。
報道はされなかったが、地域医療を守るために東奔西走し、さまざまな努力を続けた医療従事者は大勢いた。
一方、市民の立場では、民間病院も公的病院も病気を改善してくれる「病院」である。なぜコロナ患者を受け入れる病院とそうでない病院があるのか? 経済難になる病院とそうでない病院があるのか? そうした、医療従事者と市民の間にある情報の乖離が、医療従事者に対する不満や風評被害に繋がってしまった。
振り返ってみると、民間病院がコロナ専門病棟を開設しながら、医療を守る術を模索する姿をもっと発信していくべきだったと思う。そして、民間病院でコロナ専門病棟を開設する方法があること、ユカリアはそのマニュアルを持っていることも、広く伝える努力も必要だった。そうすれば、もっと多くの民間病院の力で、コロナ患者受け入れ体制が作れたのかもしれない。
民間病院が乗り越えるべき3つのハードル
今回コロナパンデミックを経て、私は民間病院が災害時に市民の求める医療を提供するためには、3つのハードルを解決する必要があると学んだ。
まず、感染対策のハードル。
民間病院にとって大きなハードルが、ゾーニングだった。ゾーニングができなければ、コロナ患者の受け入れもできない。建物の古さや構造上の問題でゾーニングは難しいと考えていた病院も多かった。
しかし、ゾーニングにもマニュアルがある。正しく理解すれば、ほとんどの病院でゾーニングはできる。ユカリアはパートナー病院と共に、精緻なマニュアルを作れたからこそ、感染対策が特に難しいと言われていた精神科病院でも、コロナ患者受け入れの体制を整えることができた。
(参考事例/E病院、G病院)
次に院内マインドのハードルだ。
「コロナ患者の受け入れと感染対策は両立できる」という理解が浸透した病院と、感染症に対する不安だけが広がった病院では、対応のスピードに差が生じた。地域医療の課題に応える医療を提供するためには、院内マインドの醸成も必要だった。
(参考事例/A病院、C病院、F病院、H病院、I病院)
最後に、行政交渉のハードル。
災害時に地域医療と病院を守るためには、行政との連携が欠かせないと実感しながらも、行政との交渉や連携に苦労した民間病院も多い。
(参考事例/B病院、D病院、J病院)
私は、2020年の早い段階から行政と交渉を行ってきたが、1年程はハードな交渉が続いた。交渉中に、コロナ専門病棟の認定に必要な条件や、支援(補助金)の情報が変更になったり、行政に地域医療のリアルな現状を説明しても、理解してもらえず残念な思いをしたこともあった。
2021年になると、行政と民間病院の関係も前進したが、コロナパンデミック以前から行政交渉を経験していた私でも、厳しさを感じる日々だった。日頃、行政との関わりが少ない民間病院の担当者は、相当な苦労をしたのではないかと想像する。
行政担当者も、混乱する中であちこちから入る問い合わせの対応に追われていたのかもしれない。民間病院と行政の橋渡しをする役割の必要性と、日頃から連携をとっておく重要性を感じずにはいられなかった。
この経験を活かし、行政と民間病院で、緊急時を想定した関係作りを更に強化していければと考えている。
「地域医療を守る病院とは」答えは、これからの医療の姿にある
ユカリアのパートナー病院が、コロナ禍に辿ってきた道のりや直面した課題は、日本の民間病院の縮図だと思っている。地域医療を守るために、民間病院と公的医療機関、行政がどのように連携していくのか。そのヒントを、いち早くコロナ専門病棟を開設したパートナー病院のあり方が示しているのではないだろうか。
アフターコロナに向けて、パートナー病院が抱えている課題もまた、これからの地域医療構想を考える上で、大きなヒントになるのではないか。
コロナパンデミック以前から、病院の統廃合を進める「424病院構想」(※2019年に厚労省が公立・公的病院の再編統合を公表)が議論されていたが、パンデミックの経験を経て、地域医療構想も大きく変化していくのかもしれない。
コロナパンデミックでは、地域ごとに必要な病院機能があることや、どの病院がその機能を果たせるのかなど、地域医療エコシステムの構築には新たな課題も浮き彫りになった。地域医療を守るため、新たな視点が加わって、より活発な議論が始まっていくだろう。
この私たちの記録が、今後の災害医療対策、地域医療対策を考える機会になれば幸いである。
おわりに
「どうせつぶれるなら、地域に貢献してつぶれよう」。病院という地域の砦を守るために、覚悟を持って走り出してから2年以上が経過した。
私たちの生活が、多くの人の努力と、互いの協力で成り立っていると、改めて実感した2年でもあった。そして、医療従事者の強い覚悟と信念に支えられ、いくつものハードルを乗り越えてきた。挑戦を選んだからこそ得られた経験は、この先の病院経営に欠かすことができないものとなるはずだ。
爽やかに澄み渡る秋の空を、穏やかに見上げる今日のような日常が、これからも続くことを願いながら、医師として、経営コンサルタントとして、目指す医療の未来を議論し、実現させていくための挑戦を続けていきたい。
最後に、医療を守り、命を守るために、さまざまな苦難を乗り越えてきた医療従事者と、医療従事者を支えて下さった多くの方々に、感謝と敬意を込めて。ありがとうございました。
2022年11月16日 西村祥一
<語り手>
西村祥一(にしむら・よしかず)
株式会社ユカリア 取締役 医師
救急科専門医、麻酔科指導医、日本DMAT隊員。千葉大学医学部附属病院医員、横浜市立大学附属病院助教を経て、株式会社キャピタルメディカ(現、ユカリア)入社。2020年3月より取締役就任。
医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し、医療従事者の視点から病院の経営改善、運用効率化に取り組む。 COVID-19の感染拡大の際には陽性患者受け入れを表明した民間10病院のコロナ病棟開設および運用のコンサルティングを指揮する。
「BBB」(Build Back Better:よりよい社会の再建)をスローガンに掲げ2020年5月より開始した『新型コロナ トータルサポ―ト』サービスでは感染症対策ガイドライン監修責任者を務め、企業やスポーツ団体に向けに感染症対策に関する講習会などを通じて情報発信に力をいれている。
編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう