禍話「押し入れの布団」
道楽息子はよくない、という話だ。
お金持ちの三男坊で、家は継がなくてもいいがお金だけはある、だが少し歪んでいる、そんな友人Aがいた。違約金をいくらでも支払えるがゆえだろうか、彼はあえて事故物件に住むのが趣味だった。今の物件の大家さんも、
「ああ、ここは人死んでますよ」
と軽いノリでそこを紹介してくれたそうだ。ボロボロのアパートの、二階の角部屋だった。
「どんな感じで死んだかはちょっと言えないんだけど、ここ、告知義務ないから。間にインド人挟んだからね。ビザ取る取らないっていうので半年くらいだけだったんだけどね、実質住んでたのは。あんた物好きみたいだから言うけど、ここ、死んでる。女。それは間違いないよ」
随分とフランクな大家さんである。それを伝え聞いたAの友人たちが、わらわらと様子を見に来た。
「おー、相変わらず馬鹿なことやってんねぇ」
「お前、漫画だったら次のページでもう死んでるぞ、げっそり痩せてさ」
一見すると、畳が少しギシギシいうだけの、ただの古いアパートだった。
「越してから何か変なことあった?」
「ひとつだけあるんだけど」
「え?なになに」
「そこの押し入れだよ」
押し入れを開けてみると、中に布団がある。小花柄の模様で、どう考えてもAが選ぶような柄ではない。聞けば、その布団は前の前の住人の持ち物らしい。ということは、大家さんが言っていた、この部屋で亡くなった女性の持ち物ではないか。
「捨てればいいじゃん…」
「大家が、それ捨てるとよくないって言うんだ」
「なんで?」
「捨てようとしたら大家さんに不幸があったとかで、ゲン担ぎで捨てずにおいてあるんだってさ。怖いだろ」
「布団、念のため広げてみる?」
皆で広げてみたが、染みなどは何もなかった。ほっとしてその後は家呑みを繰り広げ、いつものように翌朝解散した。
一週間後、Aは特に痩せてはいなかったが、どことなく元気がない。
「大丈夫?」
「いやー、ちょっと、怖いんだよ。やっぱり俺引っ越そうかな」
「何かあった?オバケ出たかオバケ?」
「それがさぁ…」
Aが不安そうに話す。
ある日、家に帰ると、出がけに閉めたはずの押し入れが少し開いているという。その日はまだ、風かネズミのせいだろうと思っていた。ただ、押し入れが開くことを認識した途端、頻繁に開くようになったらしい。次の日は半分くらい開いていた。さすがに風でここまでは開かない。そんなことが続くので、怖いからもう引っ越そうと思っているという。
「お前、金あるしな」
「社会勉強っていうか…魔界勉強?霊界勉強?になったんじゃない?よく分かんないけど」
「飲もう飲もう、お前の金で」
「お前らみんなそれ目当てだもんな…」
Aはいつになく元気がない。
「ま、偽りの友情だからな(笑)。まあ行こう、コンビニで一番高い酒買ってこよう」
友人たちはいつも通りのノリで、家呑み用の買い出しへ出かけ、またAのアパートに戻ってきた。ただいまー、と元気に部屋に入ると、押し入れが全開になっていた。
「これは…ねぇ?」
「ねぇ…」
それを見て、仲間内のひとりがぽつりと言った。
「これはさ…。明確な意思表示されてるよな」
「え?なに?」
「いいや、やっぱ今のナシ。言うのやめとく」
「えー?そういうのよくないよー」
「明日引っ越したほうがいいよこれ。全開だもん」
家呑みも解散となり、自分と同じ方向に帰る人がいた。その友人と帰りがけに、また例の押し入れの話になった。見送りに来ていたAも巻き込んで、もう一度押し入れを確認しにいくことになった。
「さすがにさっきはちゃんと押し入れの戸、閉めたよな?もう一回戻って見てみようぜ」
「これもう一回開いてたら確実だよ」
アパートの近くまで来たところで、Aの部屋である二階の角部屋に目をやると、窓を開けて誰かが布団を干している。
「いやいやいや…さすがにこれは…」
Aの部屋の前まで来る。もちろん、玄関の鍵は締まっている。無理やり開けた形跡もない。しかし、三人で部屋の中に恐る恐る入ると、押し入れは全開になっていた。朝の六時過ぎだったが、Aは大家さんにすぐさま申し出た。
「朝からすみません!引っ越しさせてください」
「…やっぱりだめだったかぁ」
即日現金で退去費用を清算し、さっさと引っ越した。明るいうちに、ということで友人皆で手伝った。
大方引越しが落ち着いた頃、友人のひとりが尋ねた。
「そういえば昨日、やっぱりやめとこうって言わなかったアレ、何だったの?」
「あぁ…。これって『この布団でずっと一緒に寝ましょう』っていうあちらさんの明確なアピールなんじゃないの?って」
おわり
※このお話は、怪談ツイキャス「禍話(まがばなし)」から、一部を編集して文章化したものです。
※出典 真・禍話/激闘編 第8夜 2017年8月11日放送
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