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『ああ、無情なる幻想世界でボクは生きる。』第1話【#創作大賞2024】【#漫画原作部門】

【あらすじ】
前世が日本人の少年――グリン・ビートウッド。
5歳の時に彼が神殿でもらったスキルは、使い方も名前すらも分からないというバグり散らかした代物であった。

神官さんにスキル名を尋ねられたグリンは、とっさに「木こり」のスキルであると嘘をついてしまう。
その結果、10歳になったグリンは木こりの親方の家に強制的に弟子入りさせられることに――。

「このままじゃ、奴隷コース一直線だ」

自身の不遇を嘆いたグリンは、「一度転生できたなら、もう一回すればいいじゃん」と考えて、オークの集団に突貫するが――?

この物語は――とある出会いから異世界を生き抜くことを決めた少年の成長譚である。


《第1話 無情で鮮烈な異世界転生》


ボクの名前はグリン・ビートウッド。
前世の知識を持っている、いわゆる転生者だ。

物語で例えるなら、完璧な主人公ポジション。
そんなボクが今何をしているのかというと――、

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」

「次はコッチの木だな」

「あ、はい……」

絶賛、木こり作業中だった。

指示を終えた親方が遠くへ行ったのを見て、その場にへたり込む。

「はぁ……。まじで終わってる……」

この世界では、十歳から職業訓練期間が始まる。
自分の所持スキルに応じた修行先が割り当てられ、成人するまで――つまり、十五歳になるまでの間はそこで暮らさなければならないのだ。

【木こり】スキルなんて持っていないのに……。

「給金すら出ないのに木を叩き続けなきゃいけないって、いったいどんな拷問だよ……」

ああ、あのとき嘘なんてつかなきゃよかったなー……。
もっと神官さんに必死に訴えておけば――……。

なんて考えても、後の祭り。
詰んでいる状況は変わらない。

修行をサボればペナルティが課されて奴隷に落ち――たとえ修行をサボらなくても、スキルが使えなければまともな仕事になんて就けないまま。

誰もがなれるとされる冒険者にすらなれず、盗みとかを働いて食いつなぐことしか出来なくなる。その先は餓死するか犯罪奴隷になるかの二択だけ。

そう――詰んでいるんだ。どうしようもなく。
今はただ、奴隷になるのがイヤで斧を振っているだけだ。
最悪な未来が訪れるのを先延ばしにしているだけで、モチベーションなんて皆無だった。

だから、思いを馳せずにはいられない。
ボクの運命を変えてしまったあの日へと――。
――――……。


「ねぇ、グリンってば――……聞いてるの?」

「……え? ああ、うん」

危ない危ない。今のボクはグリンなんだった。
声を掛けてくれたのは、気が強そうなぱっちりお目目と明るい金髪が特徴の女の子。名前はレミリア。

そして今日という日は、この世界の五歳児たちにとって一大イベントである『スキルツリーの解放』が行われる日だった。

「ほら、ぼーっとしてないでさっさと行くわよ!」

「うわっ――!?」

はやる気持ちを抑えきれないのか、レミリアが返事も待たずに手を引っ張ってくる。

無理やり馬車の座席から立たされたボクは、レミリアに手を引かれるまま馬車を飛び出し、他の子供たちの後を追った――。

「ほんと世話が焼けるんだから、グリンは」

「ご、ごめん……」

今ボクたちがいるのは、王都の真ん中にある大神殿の中。黒一色の奇妙な空間に、女神像が一つポツンと置かれているだけの殺風景な部屋だ。

天井から女神像に光が降り注いでいる光景はキレイでも、それだけ。

ついさっきまでお姉さん風を吹かせていたレミリアもやっぱり退屈だったのか、しばらく待たされているうちに壁の近くに座り込んでしまった。

「いつまで待ってればいいのよ……」

ぶー垂れるレミリアと一緒に広間の隅っこで座って待つこと――二十分。
他の孤児院から来た子どもたちがはしゃぐのを止めたあたりで、両開きの扉から神官さんが入って来た。

「これから箱庭の扉《ゲート》を解放します。皆さん、こっちに来てください」

「?」

「ゲートって何? 知ってる?」

「……知らない」

知らないのはボクとレミリアだけなのかもしれない――なんて不安になって、まわりを確認してみたものの、ここにいるみんながみんな頭に「?」を浮かべてキョトンとしていた。

けれど、そこは元気いっぱいの子供たち。
身分の高い人物に「来い」と言われて従わない理由もない。当然のようにボクとレミリア以外の全員が我先にと神官さんの方へと駆けだした。

もちろん整列なんて出来るわけもなく、子供たちに群がられる神官さん。
わちゃわちゃと騒がしくなる中、神官さんは少し疲れた顔で女神像に触れる。

すると――。

とつぜん女神像が消えて、純白のゲートが現れた。
上から降り注ぐ光を受けて真珠のように七色にきらめく、アーチ状のゲート。
宝石を思わせる輝きに子供たちの目は釘付けだ。

「きれい……」

美しさに目を奪われたのはレミリアも同じだったらしい。さっきまで不機嫌な顔はどこへやら、頬をちょっぴり赤く染めて目を輝かせていた。

「では皆さん……順番にゲートをくぐったら、私の近くで待っていてください。いいですか? 勝手に帰ったりしないで、ちゃんと待っていてくださいね?」

「「はーい!」」

これまた元気のいい返事を残して、続々とゲートをくぐっていく子供たち。
少し遅れてゲートを潜ったボクたちもぐるりと一周回り、神官さんを取り囲む子供たちの集団に加わった。

「なんか、子供向け番組のエンディングみたい……」

「バングミー? なに語よ、それ?」

「あ……。いや、なんでもない」

「へんなの」

ボクらがそんなやり取りをしている間に、カバンからボードと羽ペンを取り出す神官さん。さらに彼は墨壺を首から提げると、ゆっくりと説明を始めた。

「もう皆さんは心の中でスキルツリーと唱えるだけで、自分のスキルが確認できるようになっているはずです。難しかったら声に出しても構いませんので、まず試してみましょう」

「「スキルツリー!」」

子供たちの声が一斉にシンクロした。
もちろんボクもレミリアも、迷わずに声に出している。

そしてついに、自分のスキルが判明する感動の瞬間が――、

にょきっ……。

「は?」

やって来るわけではなく――、

その代わり、なぜか空中に『木』が生えた。

「スキルツリーは見えましたか? 見えたらそれに触ってください」

「「はーい!」」

「……」

いやいやいやいや、ボクの知ってるスキルツリーと違うんですけど……!?

スキルツリーって言ったら普通はスキルの成長先が描かれた樹形図みたいなものとか、ゲームみたいにビルドをいじれるシステムのことじゃないの……!?

心の中でツッコむボクの目の前には、クリスタルの鉢植えに植えられた小さな『木』がふわふわと浮いている。

鉢植えだけではなく、『木』そのものも半透明。青々としている葉っぱも、細くて茶色い幹も全部がすけすけで、見た目はめちゃめちゃ神秘的。

神秘的だけど、ボクの中ではそうじゃないだろ感がすごい。
とはいえ、とりあえず神官さんに言われた通りにスキルツリーに触れてみることに――。

ぽーん。

『神樹の箱庭に接続しました』

頭の中にアナウンスが響いた。
同時に「フォン……」という小さな音を立てて、ディスプレイが表示される。

『■■ノ■■のスキルツリー レベル:■』

これじゃ何も分かんないじゃん……。

画面に走っているノイズが怖すぎたので速攻で手を放したら、視界から半透明のディスプレイが消えた。

「……見なかったことにしよう」

「――どうだった?」

一人でほっと胸を撫で下ろしていると、レミリアが話しかけてきた。
それも何かしらの良いスキルを貰ったのだろう、自慢したくて仕方がなさそうな顔で。

「私のは【雷魔法】だって……。グリンのスキルはなんだったの?」

「えーっと……分かんない」

「ええ~~、秘密にしないで教えてよ。変なスキルでも笑わないから」

「いやホントだから、本当に分かんないんだって……」

「そんな嘘つかなくてもいいじゃない!」

「嘘じゃないってば……」

「むーっ!」

レミリアはボクの言っていることを嘘だと決めつけて、ご機嫌斜め。ぷっくりと頬を膨らませるレミリアの向こうでは、神官さんがなにやら聞き取り調査のようなことを始めていた。

「――君の名前とスキル、それと器の数を教えてくれるかい?」

「ええと……マーカスです。スキルは【身体強化】です。器は一個でした」

「はい。よくできました」

胸に提げた墨壺に羽ペンを浸し、ボードにさらさらと書き込んでいく神官さん。

「終わった人から帰っていいですからね」

と付け加えると、神官さんは流れ作業のように子供たちを捌いていく。
レミリアの追及をなんとか避けながら待っていると、ようやっとボクたちの番が回ってきた。

「名前とスキル、あとは――見えている鉢植えの数を教えてくれるかな?」

羽ペンを走らせながら問いかけてくる神官さん。
これに先に答えたのはレミリアだ。

「レミリアです。【雷魔法】です。鉢植えは――全部で二つです」

「おおっ――! 魔法系スキルに、未使用の器が一つ……これは掘り出し物ですね」

驚きの声を上げる神官さんを見て、レミリアは嬉しそう。
掘り出し物の意味を分かっていないらしい。

「確認のために聞いておきたいんだけど……君のいる孤児院の名前はメーリッヒ孤児院で合っているかな?」

「はい。アルマドの町のメーリッヒ孤児院です」

「うん……ありがとう」

 名簿らしきものにメモを終えた神官さんは、今度はボクの方を見た。

「名前とスキル、鉢植えの数を教えてくれるかい?」

「グリンです。スキルは、えっと――……分かりませんでした」

ボクの返答を聞いて、神官さんはあからさまに「はあ……」と、ため息を吐いた。

さらに神官さんはボクの隣にいるレミリアを見て、何かを察したように片方の眉を吊り上げてから――言う。

「あのね、君……女神様から頂いたスキルは、人がそれぞれ歩むべき道を示してくれるありがたーいものなんだ。自分が望んでいなかったスキルが手に入ってしまうことだってあるかもしれないけども、誰かと比べたりして恥ずかしがる必要なんてないんだよ?」

「……」

そんなことを言われましても……。

「いいかい、嘘をつくとロクな大人にならないよ? それにこれは、君の将来にも関わる大切なことなんだ。正直に言ってごらん?」

「あの、えっと――……本当に分からなくて」

「だから、私はね――――本、当、の、こ、と、を言いなさいと言っているんです」

「うわぁ……」

これって、正直に話しても絶対に信じてくれないやつじゃん……。

例えるならあれだ、自分の経験から導き出された答え以外は間違っていると思い込んでいる『話を聞く気がない小学校の先生』と全く同じ状態だ。

もう説得するのも面倒臭いし、テキトーに答えてちゃっちゃと帰ろ……。
名前にビートウッドって入ってるし、木こりっぽい感じでいいや。

「ごめんなさい……。本当は木を切る感じのスキルでした」

「木を切る感じ? ああ、【木こり】だね……。それで、鉢植えの数は?」

「……一個でした」

「よろしい。恥ずかしがらず、最初から素直に答えるように」

「あ……はい」

だから正直に言ってたんだってーの、バーカ、ハーゲ。


――――……。
やっぱりボク、悪くなくない……?

「っていうか最近力仕事がきついのだって、急にご飯がマズくなったせいだし……」

絶対に嫌がらせだろ……。
なんて考えて一人で愚痴っていると、

「おい!」

ツンツン頭の黒髪の少年が怒鳴り声を浴びせてきた。
コイツの名前はテデン。親方の一人息子で、木こりの兄弟子。年はボクの二歳上だ。

「目ぇ離した隙にサボってんじゃねえぞ?」

「あ、いやこれは――……ぐっ!?」

胸倉を掴まれて、言い訳が途中で遮られてしまった。
片手で斧を担いだまま、テデンがもう片方の手だけでボクの体を持ち上げる。

「つーかお前さ、親父が優しいからって舐めてんだろ?」

「そんな、ことは……」

「お前にやる気がねえってのは、二か月も一緒に居りゃあ分かんだよ。木を一本切るだけで半日もかけやがって……。スキルが育ってねぇのが丸わかりだろが!」

「っ……」

もっともすぎて返せる言葉なんてなかった。
でも、これでもスキルを持っていないなりに必死にやって来たんだ……。
無意味だってわかっているのに、木を叩き続けたんだよ……。

「お前みたいなヤツを穀潰しって言うんだろ? 出てってくれよ、目障りだからさ」

かちん――。

「……――んだよ」

「あ……なんか言ったか?」

「何も知らない奴がごちゃごちゃうるさいんだよ!」

「あ?」

「どいつもこいつもまともに会話もできねえバカばっかだろが……。勝手に脳内で物語を展開して、気に入らなかったら口撃して、挙句の果てには暴力か? ゴブリンと変わらないじゃんお前――今日から『ゴブリン君』って呼んでやるよ」

次の瞬間、頭突きをもろに食らってしまった。
チカチカと明滅する視界。よろける足。
そこへさらに――、

「おらっ!」

【身体強化】スキルで威力の上がったボディブローが突き刺さる。

「カハッ……――!?」

みぞおちを貫く激痛に、呼吸が止まった。

あまりの苦しさにその場にうずくまり、「はっ、はっ、はっ、はっ」と、犬みたいな浅い呼吸を繰り返す――が、空気が吸えた感覚がない。
それで軽くパニックになっている間に、今度は吐き気に襲われた。

「はあっ、おえっ……。ふうっ、おうえぇぇぇっ……」

「もうお前のお守りなんて無理だわ、魔物に襲われても自分で何とかしやがれ。つーか、そのままモンスターにでも食われて死ねよ」

テデンは吐き捨てるようにそう言うと、苦しみ悶えるボクを置いて去っていった。
足音が遠くなった頃に、ようやく戻って来る呼吸。

「結局、暴力じゃんか……」

この世界の人間は、ほとんどが文字なんて読めない。
本を読まずに道徳を学ぶ機会なんて、神殿で道理を説いたありがたい話を聞く時くらい。

そんな金にもならないことに時間を使う貧民なんているわけもなく――何かあれば暴力で片づけることがほとんどだ。

力には力を――。それがこの世界の真理。

吐き気を我慢してぐっと歯を食いしばっていると、胃酸の酸っぱさと一緒にくやしさが込み上げてきた。

「一体ボクにどうしろって言うんだよっ……!」

『――負けると分かっていてケンカを売ったのは、アナタでしょ?』

突然、女性の声が耳に響いてきた。

一か月くらい前から急に聞こえるようになった謎の声は、腹立たしいくらい的確な指摘を入れてくれる。

「うるさい……。言い返すことすらできなくなったら、みじめ過ぎるじゃんか」

『そういうものなの?』

「言ってもスキルのお前には分からないだろ、ボクの気持ちなんてさ……」

『かもしれないわね』

「で? ナビはなんで今ごろ出てきたんだよ?」

『ああ、そうだった……。北東の方角からオークが三頭、ゆっくりとこっちに向かっているわ。アナタたちの手には負えないだろうから、親方に報告に行ったほうがいいわよ?』

「そっか――……ありがとさん」

斧を片手に立ち上がる。
それからボクは、近くから聞こえてくるテデンが木を叩く音を無視して、オークが来ている方とは真反対の方角――南西へと歩き出した。

『テデンって子はどうするの?』

「さあ……知らないね」

『知らないって――……クズね、アナタ』

「なんでだよ……。スキルのお前の力はボクの力だろ? 与えられた力をどう使おうがボクの勝手じゃん。そもそも先にスキルで攻撃してきたのは、あのバカのほうが先だし……」

『他人をバカ呼ばわりする前に、そのご立派な頭で少しは考えてみたらどう?』

「……考えるって、何を?」

『テデンが今になってアナタにケンカを吹っかけてきた理由を、よ』

「そんなの、どうせ自分より力がない奴をいびって気持ちよくなりたいだけだろ……」

『どうしてそう思うの?』

「人間は攻撃する時に脳みそから快楽物質が出るんだってさ。ついでに、脳みそは快楽を得られる行動を『脳みそにとって良いことだ』って勝手に解釈するらしい。結果として、人間は快楽を得られる行動を何度も取るようになる傾向があるんだと……」

『ふうん……面白いわね。それは前に言っていた科学っていうヤツかしら?』

「そうそう。で、『気持ちいい』から誰かを攻撃するっていうことは、他人をいじめるのが楽しくてしょうがないクズってことだろ? そんな人間が死のうがどうしようが、ボクはなんとも思わないね」

『たしかに嗜虐性が強くて、残虐な行為に抵抗のない人間というのは存在するわね……』

「だろ?」

『そうね……。その理論の一部は納得できるわ。そもそものトラブルの原因が、アナタがテデンだけじゃなく親方一家とコミュニケーションを取ろうとしてこなかったからだ、ってことは置いておいて――だけどね』

「それは……。スキル使えないのがバレないように仕方なく……」

『わかっているわ。だから置いておいてあげるんでしょ?』

「じゃあ、なにが納得できないのさ?」

『それだけを根拠としてテデンをクズだと断ずることを――よ。それどころか、テデンを見捨てようとするアナタはクズで愚かだと、私は思うわ』

「えええ……?」

あれ? なんで傷口に塩を塗られているの、ボク?
スキルの所有者(マスター)が傷心している時って、全肯定してくれるのが思考自立型とかサポート系スキルの役目なんじゃないの? 異世界モノの作品でそういうものだって教わったんだけど……。

『これは私の推測でしかないけれど――テデンが今になってアナタに攻撃的になったのは、おそらく子供ができたことが原因じゃないかしら?』

「……え? テデンに?」

「そんなわけないでしょ」

思わず足を止めたボクに、ナビは淡々とツッコんだ。

『もちろん親方夫妻の方に、よ』

「……なんでそんなことが分かるのさ?」

『アナタがいた世界ではどうだったかは分からないけれど、この世界では基本的に一人っ子というのはあり得ないのよ。特にこの国では親の仕事は長男が継ぐのが当たり前で、長男に何かあった時には次男が後を継ぐことになっているから』

「それだけ?」

『いいえ。考えてもみて――テデンが持っているスキルは何だったかしら?』

「あっ……」

テデンのスキルは【身体強化】、本来は木こり関係のスキルじゃない。

『それともう一つ。アナタが最近飯がまずくなったってぼやいていたのも、親方の奥さんの妊娠が原因だとしたらどう?』

言われて、ハッとした。

「……もしかして、ボクのご飯も妊婦用の食事に切り替わっていた、とか?」

『私の予想だとそうなるかしら』

「でも、それとテデンがボクに攻撃的になるのと何の関係があるのさ?」

『採算が取れなくなったとか、そうなる予定があるからじゃないかしら』

「……採算って、何の?」

『アナタが一日に切れる木の数は一本か二本。それだと一人分の食費とトントンでしょ?』

「トントンなら何も迷惑かけてないだろ……」

『それは違うわ。アナタがモンスターにやられないように親方が気を回しているせいで、全体の作業効率が落ちているもの。本当ならアナタはその分働かないといけないのよ』

「……」

『――だけど、今のアナタの仕事ぶりじゃそれは見込めない。そこに奥さんまで離脱したらもっと効率が落ちて、子供が生まれたら税金まで増えてしまう』

なんだ、そういうことか……。
大きく肩を落として、一息。

「はぁーあ……。だから『穀潰し』ってことね。ボクを追い出したいってわけだ」

『まだそうと決まったわけじゃないけれど……子供ができたのかも、っていう予想の方ならかなり自信があるわね』

「はいはい……。知りたくもなかったことをわざわざ教えてくれてありがとうございます」

『そう。分かったのなら、テデンと一緒にさっさとここから離れて――』

「あー、もういいや……」

『なにが、もういいのよ?』

怪訝そうなナビの声に、ボクは空を見上げてから答えた。

「――――全部」

答えてすぐに、道を引き返す。

『……全部ってどういう意味よ? ねえ、聞いてる?』

困惑するナビを無視して、そのままボクはずんずんと森の中を進んでいく。
さっきまで作業をしていた場所を通り過ぎ、さらに北東へ。

藪の中を突っ切っていくと、生乾きの雑巾どころじゃないひどい臭いが鼻を突いた。

「うえっ……これがオークの臭いってやつ?」

『アナタ、まさか――――!?』

「ああ、そのまさかだよ」

答えた直後、ボクは走り出した。

モンスターに出くわした時に、怖気づいて引き返さないように。
なるべく視線を下げて、全速力で――。

『なに考えてるの……!? アナタが勝てる相手じゃないわよ!?』

分かり切ったことを注意してくるナビが、ちょっと鬱陶しい。

「勝つ気なんて最初からないって……オークを別の方向に誘導した後は、そのまま捕まって死ぬつもりだから」

『死にに行くって、アナタ正気……!?』

「正気も正気。だって一回転生できたんだから、死ねばもう一回転生できるかもしれないってことだろ? こんなクソみたいな世界からさっさとおさらばしたいんだよ!」

『……』

「あー、異世界ガチャ大外れだわー……。まじで無理。来世にでも期待しよ」

雰囲気から、ナビが絶句しているのが伝わってくる。

道連れにするのは気が引けるけども、そもそもスキルのナビに命はないし、痛い思いをするのはボクなんだからどうか我慢して欲しい。

……と、すぐ近くから「フゴフゴ」という野太い声が聞こえてきた。
大木の奥にオークらしき生き物が動く影。

近くを通り過ぎるついでに、すかさず大きく息を吸い――大声で叫ぶ。

「こっちだぞ、豚共!!」

ぴくりと豚の耳が動く。その直後、

「「――ブゴオォォォォォオオオオオッ!!」」

三匹分の激怒の咆哮が響いた。
予想以上の大音量。
低木をへし折る音と、重量級の足音が一斉に背後から近づいて来る。

「――ひっ!?」

後ろを振り返って――後悔した。
お相撲さんみたいな体格の筋肉質のバケモノが、こん棒を片手に迫って来ていたのだ。

皮膚はうすい緑色、腰布一枚巻いただけのみすぼらしい格好。
走る時は四足歩行らしく、熊みたいに太った体を折り曲げ、獲物であるボクをめがけて一心不乱に走って来る。

ボクを食べるのを待ちきれないのか、口から飛び出した舌が暴れて唾液をびちゃびちゃと飛び散らせている光景は――あまりに不潔で、不快で、そしてなによりキモかった。

恐怖に引き攣ったボクの顔を見て、目を血走らせた豚顔がニタリと嗤う。

その嗜虐的な笑みを見た瞬間、いたぶられ生きたまま食われる自分を想像して――、

途端に、死に向かう勇気が嘘みたいに消えた。

「イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだっ――……!!」

担いでいた斧を捨て、逃走に全力を注ぐ。

けれど――

もう遅かった。

太い腕に足元を薙ぎ払われたボクは、回転する勢いそのままに体を地面に打ち付けた。

「ぐっ……」

一メートルほど地面を転がって、止まる。
痛みを堪え、起き上がろうと地面を掻いていると、急にふくらはぎに激痛が走った。
 
ぐちゃっ、ぐちゃっ。ぐちゃっ、ぐちゃっ。

そして当然のごとく、嫌でも耳に入って来る咀嚼音の正体は――、

オークがボクの足をむさぼり食っている音だった。

「――うあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

夢中になって食らっている大型のオークの後ろで、他の二匹はなぜか殴り合っている。

ボクがまだ生きているのは、美味しいごちそうの奪い合いによるもの。強者たちの気まぐれでしかなかった。

「あああああああっ、やめろっ、やめろよっ……!」

動かそうとしても、オークに捕まれた右足は万力に締め上げられたみたいにびくとも動かない。それどころか、暴れたのは逆効果――オークが足を掴む力が強くなっただけ。激痛が激痛で上書きされただけだった。

「ああ……斧、捨てなきゃよかった」

肉を咀嚼する音を聞きながら、観念してぽつりと零す。
と、そのとき――

「「ブギャアアアアアアアァァァァァァァーー!?」」

「え?」

何の前触れもなく、咀嚼音が聞くに堪えない絶叫に変わった。

瞬きしている間にオークへ殺到する枝、枝、枝――。

複数の枝が絡まり合って大きな触手へと形を変えたそれが、オークを力いっぱい締め上げ――宙づりにし、さらには手足をねじり折っていく。

あらぬ方向に曲がった手足をバタつかせ、暴れるオーク。
醜悪なモンスターのどてっ腹に、ドリル状の鋭い枝が突き刺さった。

「――ブグッ!? ブゲェェェェエ!?」

純木製のドリルは容赦なくオークの体の中を突き進み、最後には口からにょろりと飛び出していく。――その先端に、血塗れになった紫色の魔石をくっつけて。

当然のごとくオークは絶命し、ピクリとも動かなくなっていた。

あとに残ったのは百舌鳥の早贄ならぬ、オークの早贄が三つ。

そして――

無残な死体(オブジェ)の真下を潜り、こっちに歩いて来る人影が一つ。

「ほんとうに不快ね。この豚共……」

どこか聞き覚えのある声の持ち主は、ボクの前で立ち止まると――おもむろにフードを外してみせた。

汚らしい茶色いフードの下から現れたのは、天使を思わせる美貌。
エメラルドの瞳にブロンドの髪。絹のような白い肌に泣きボクロが二つ。
そして、卵を思わせる黄金比のご尊顔に――長い耳。

控えめなプロポーションの上にローブを羽織ったその美少女は、紛れもなくエルフ。

痛みを忘れて呆けていたボクを見て、見ず知らずのエルフが口を開く。

「初めまして、人間。私の名前はルルナリア。アナタには『ナビ』って名乗っておいた方がいいかしら?」


【世界観の補足説明】
舞台はリアル寄りの中世ヨーロッパ。
この世界のスキルシステムは、女神などの特殊な存在が人間に授けたものではなく、古代エルフ族が作り上げたシステムの一つである。
世界樹を超巨大な記憶媒体として、またCPUの一部のように扱うことで、『魔力を使う動作をサポートするシステム』をさして『スキル』と呼んでいるに過ぎない。

【ストーリーの補足説明】
ルルナリアはスキルシステムに関する深い知見を持っているため、王国での異常を察知して調査に来ていた。彼女が主人公に接触したのはこのため。

ルルナリアは主人公に新しいスキルを一つあげた後、ヒロイン(四話に登場するルルナリアの血縁の少女)と主人公を正式に弟子とすると、ふたたび王国にスキルシステムの調査に出かける。
がしかし、エルフの里に帰る前にルルナリアは刺客の手によって殺されてしまう。刺客の男が使っていたスキルは【武器錬成】というハズレスキル。
本来であれば、魔法には手も足も出ないクソスキルであるが、男は携帯していた髪切りばさみを『拳銃』に変え、ふいうちでルルナリアを撃ち殺すことに成功する。
「ああ、役立たずだと言われ続けた私が、英雄王のパーティーメンバーを殺せるなんて……。ああ……ああっ! あのお方は誠に……誠にすっっっばらしいっ!」「私のスキルは、あのお方のため……そして、この時のためにこそあったのだ!」
などと黒幕の存在をほのめかす狂信的な言葉を吐いてから、その男は主人公たちの前から去っていく。
またこの直後、銃声によって呼び寄せられたオークキングが登場。
ルルナリアの死体が食われることに拒否反応を示した主人公は、オークに襲われた時のトラウマを克服し、ヒロインと力を合わせオークキングを討伐。

第一部はここで終了。

第二部において主人公は、「自分以外の誰かのために力を使うこと」というルルナリアの言いつけを守り、そして復讐を誓うヒロインに力を貸すため、ルルナリアの残した手掛かりをたどって王都の学園に潜入する。
二部以降で主人公が主に戦う強敵は、『ハズレスキルとされていたが、黒幕によって新たなスキルの運用法を授けられたことで、救われた人間たち』である。


▷次の話

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