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『ああ、無情なる幻想世界でボクは生きる。』第3話【#創作大賞2024】【#漫画原作部門】

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《第3話 条件》


「弟子を途中で放り出せってのは無理な相談だ。スキルが育ってないってんなら、なおさらそんな無責任なことは出来ねぇし――しかも、顔を隠しっぱなしの怪しいヤツに弟子を丸投げしただなんて知られた日にゃ、俺までおまんま食いっぱぐれちまう」

「……もっともな指摘ね」

親方の言葉を聞いて、感心したようにつぶやくルルナリアさん。

テデンだけじゃなくて親方もボクを追い出したがっているのではないか――というボクらで勝手に立てた予想は大はずれ。

簡単に事が進まなくて、ビミョーに面倒臭そうな感じだ。

「……では、どうすれば許可を頂けるのか、お尋ねしても?」

「そりゃあもちろん、お前さんの顔を覆ってる布を全部引っぺがして、身分を証明する物を出してもらえりゃあ話が早いだろうよ」

「――ごめんなさい。それは出来ないわ」

「はぁ……。だったらせめて、グリンが独り立ちできることを証明するこったな。アンタがどれだけ入れ知恵したところで、そんなこと出来るとは思えないが……」

「証明、ですか? 具体的にどのような?」

「ふぅむ……。そうだな――……」

そうして――、
親方とルルナリアさんとで話し合った結果、ボクがルルナリアさんの弟子になるためのおおまかな条件が決められた。

・一つ、転職するために必要な費用はすべて自力で稼ぐこと。
・二つ、グリンが修行場を離れていた日数分の稼ぎを親方に納めること。
(だいたい一日五本換算)
・三つ、期限は一年。守れない場合は弟子入りを諦めること。

ルルナリアさんから渡された紙――紙とは名ばかりの木材を薄くスライスしただけの代物――には、そう書かれていた。

修行場を離れる許可を貰えたのはデカい。
これなら、今まで温めてきた金策が使えるのでは?

「1日100ルピカとすると、1年でだいたい3万6千ルピカかぁ……。うーん、意外と何とかなりそうな感じかな?」

「ぷはっ……」

ひとり言をつぶやくボクの横で、ルルナリアさんが顔を覆っていた布を外していた。親方の家を出てからしばらく、村の外れに人影がないことを確認しての行為だ。

パタパタと手で扇いでいるルルナリアさんへ、別れのあいさつを一言。

「それじゃ、行ってきま――……」

一歩踏み出した瞬間、またまた思いっきり首根っこを掴まれた。

「ぐえっ――!?」

「どこに行くつもり?」

「どこって……王都ですけど?」

「何しに行くの?」

「えーっと……金を稼ぐために、靴磨きでもしようかなって……」

「自分で稼ごうとするのは構わないけど、靴磨きを一年やっても間に合わないわよ?」

「そりゃあ、まあ……普通にやったらそうなんじゃないですか?」

「じゃあ、アナタは普通にやるつもりは無いってことね?」

「はい……。靴磨きで一番になるつもりなんで、ボク。それと――誰かに先を越される前に行かなきゃなんで、今すぐ手を放して欲しいんですけど……」

「イヤよ。何をするつもりなのかちゃんと言わないと、放してあげない」

「えええ……」

「アナタを一人で好きにさせると、危ない感じがビンビンするもの。前世の知識を使ってロクでもないことをされるかもしれないし……。もしそんなことになったら、私の名前に傷が付くじゃない」

「そんなこと……しないですよ」

「じゃあ、話せるわよね?」

ちらりと横を見たら、ルルナリアさんの眼が据わっていた。

「うっ……」

ああ、これは言い逃れできそうにないな……。
観念したボクは、きっかけからゆっくりと話すことに。

「その……前に王都に来た時に、小さい子が靴磨きしてるのを見てピンと来たんですよ。そういえば、仕上げの時に目の細かい布を使ったら革靴ってキレイになったよな――って。だから、身分が高そうな人をターゲットにして質の良いカーテンの切れ端で磨けば、簡単に一番になれる自信があって、そのお金で……」

「待ちなさい、カーテンの切れ端はどこから出てきたの?」

「それはそのぅ……。劇場のカーテンをちょっと借りるつもりで――」

「そう。盗むつもりだったのね」

「いやでも、決して親方とかルルナリアさんに迷惑をかけるつもりはなかったんですよ……! 仮に捕まりそうになったとしても、スラム街にカーテンの秘密を流せば、子供たちが劇場だけじゃなくて貴族の家とか押し入って、ボクを捕まえるどころじゃなくなりそうだし……。仮に捕まったとしても牢屋が子供たちでパンクしそうじゃないですか? そしたら無罪放免になる可能性が高くなって――……」

「はあぁ~っ……」

返ってきたのは、でっかいため息だった。

「それを聞いて私が許可すると思う?」

「あはは……。ですよねー」

「……とんでもないクソガキね。野放しにしないで本当によかったわ」

あきれ顔のルルナリアさんはボクからぱっと手を放すと、胸元から小さな金属の板を取り出してみせた。ドッグタグみたいな見た目のそれは、文字通り冒険者の証である――冒険証だ。

「ついでに言っておくと……アナタ、そもそも勘違いしてるわよ?」

「勘違いですか……? いったい何を……?」

「親方に納める分のお金は1万8千ルピカでいいんだけど……冒険者として私の弟子になるには、プラスで50万ルピカ必要だからね?」

「……は? ごっ、50万――!?」

「そうよ。きっかり50万ルピカ。冒険者って、他の職業と違って修行期間中の税金が免除されない職業だから、1年あたり10万ルピカが5年分、計五十万をあらかじめ払っておく必要があるってわけ」

なんだそのバカみたいな大金……。
十歳児が一年でどうこうできる金額じゃないだろ……。

「もしかして……それも自力で稼がないとダメ、なんですか?」

「もちろんよ。条件の一つ目にちゃんと書いてあるでしょう?」

ちらりと、紙に視線を落とす。
たしかに書いてある。書いてあるけども――……。

「おかしくないですか!? そんなのでっかい犯罪でもしないと絶対に稼げないですよ!?」

詰め寄ったボクの頭を、ルルナリアさんがスパンと叩いた。

「なんで犯罪が前提なのよ!? おかしいのは倫理観が終わってるアナタの頭でしょ!?」

「合理的なだけだと思うんですけど……」

小さな声で抗議したら、じろりと睨まれてしまった。
でも、ボク、めげない。

「だって、スキル無しで冒険者になるのは実際のところ無理ってことじゃないですか!? まともな方法で稼げるわけないのに犯罪もダメって、ボクにどうしろって言うんですか……!?」

「…さっきまで死のうとしてたくせに、その熱量はどこから来るのよ……? ついこの間なんて『冒険者なんて死亡率の高い職業なんて絶対イヤだわー』とかなんとか言ってたでしょう?」

「それは……」

「なに? 人様に迷惑かけてでも楽に稼ぐのが好きなわけ?」

「違います……」

「じゃあ、なによ?」

ルルナリアさんの顔を見ながら言葉にするのが恥ずかしくて、ボクはそっぽを向いた。

「……――――です」

「聞こえないわ」

……すうぅ。

「決めたんですよ! ルルナリアさんが見てきた世界を、ボクも旅するって!」

「……」

「犯罪だってちょっとくらい見逃してくれてもいいじゃないですか!? スキルが使えないなりに必死なんです! こんなところでダラダラしてる暇なんて――……わぷっ!?」

大声で訴えている途中で、いきなりルルナリアさんに抱きしめられた。
強制的にお腹に顔をうずめた状態のボクに、やさしい声が降ってくる。

「ねぇ――」

「?」

「私との約束を守れるなら、新しいスキルを一つあげる。って言ったら、どうする?」

ばっと勢いよく顔を上げたら、嬉しそうなルルナリアさんの顔があった。

「……そんなこと、出来るんですか!?」

「ええ。もちろん」

答えたルルナリアさんの眼差しは真剣そのもの。確たる自身が滲んでいる。
嘘を言っているようにはまったく見えなかった。

「約束って、どんな……!?」

「それはね――」

もったいぶるように言葉を切るルルナリアさん。
一体どんな無茶な条件が出されるのだろう……?

知らず、ボクの喉がこくりと鳴る。

「自分のチカラを、自分以外の誰かのために使うこと」

え……? そんなんでいいの?
親方の出した条件なんかより百倍簡単じゃん……。

拍子抜けしたボクは、ただルルナリアさんを見上げることしか出来なかった。

「――いい? わかった?」

「あ、はい……」

深く考えることもせず、すぐさま首を縦に振る――ボク。

だからこのとき――、

スキルを貰える喜びで頭がいっぱいだったボクが、ルルナリアさんの瞳に宿っていた冷たさの意味に気づくことはなかったのだった――。


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