異世界へ召喚された女子高生の話-72-
▼不穏な風の流れ
次のサックレース(袋飛び競争)は、小さな子供たちにも楽しんでもらうための競技だ。
広場には笑顔が溢れ、春の日差しが暖かく降り注いでいる。
参加者たちは麻袋の中に足を入れ、袋の上端を両手でしっかりと掴む。
袋は腰や膝の高さまであり、見た目にも滑稽で微笑ましい。
「よーい、スタート!」
合図とともに、一斉に飛び跳ねる参加者たち。
メイクイーンの美咲もその中に混じり、純白のドレスが春風にふわりと舞う。
彼女の笑顔は太陽のように輝き、周囲の子供たちも元気いっぱいにピョンピョンと跳ね回る。
騎士団の面々も、鎖帷子を脱いで軽装になり、袋に入って飛び跳ねている。
その姿は普段の厳格さとは打って変わって、まるで子供のようだ。
しかし、重厚な体格の彼らにとって、この競技はなかなか難しいようで、思うように前に進めない。
「はははっ、これはなかなか骨が折れるな!」
騎士の一人が笑いながら言う。
カインやリューク、レオン、そして美咲は軽やかに前へと進み、観客から歓声が上がる。
美咲は振り返って
「皆さん、頑張って!」と、声をかける。
その声に応えるように、騎士たちも必死に飛び跳ねるが、袋の中でバランスを崩して転んでしまう者もいる。
競技が終わると、子供たちは満面の笑みでお互いを称え合う。
美咲も息を弾ませながら
「この競技、楽しんでもらえて良かったぁ。」と、微笑む。
騎士たちも息を切らしながら
「いやあ、子供たちには敵わないな〜。」と、肩をすくめた。
ーーーその頃、一部の騎士が静かに退席し、鉱山へと向かった。
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次に行われたのは、弓矢の射的競技だ。
的が遠くに設置され、参加者たちは真剣な表情で弓を手に取る。
戦闘経験豊富なゼルギウスは、風を読みながら矢をつがえた。
その隣には、巫女として和弓の経験がある藤井玲奈が立っている。彼女は洋弓への興味から、この競技に初めて挑戦することにした。
「洋弓って、和弓と全然、勝手が違うのね…」
玲奈はそう呟きながらも、目の前の的に集中する。
騎士団からは、第二小隊隊長のジーナ・ホークアイと若い隊員たちが参加している。
競技で使う、リカーブボウという反りのある弓を巧みに操り、的の中心を次々と射抜いていく。
玲奈も懸命に弓を引くが、リリースのタイミングや姿勢が和弓と異なるため、思うように矢が飛ばない。
それでも何度か挑戦するうちにコツを掴み、的の近くに命中させることができた。
競技が終わると、玲奈は一直線に美咲の元へ、目を見開いて近づいて来た。
「美咲、さっき弓を引いたときに、あなたが連れて行かれる姿が見えたわ…」
彼女は美咲に深刻な表情で伝えた。
「玲奈ちゃん?!それ本当に?」
美咲は驚きと不安で声を震わせる。
玲奈は真剣な眼差しで頷き
「あなた、また攫われると2回になるんだから、3回目があるわよ。二度あることは三度あるよ。なんとか回避しなさいっ!」
と、力強く言う。
「でも、どうすればいいのよ?」
美咲は困惑し、苦笑いを浮かべるしかなかった。
玲奈は彼女の両肩をしっかりと掴み
「自分の身を守る方法を考えてっ!」と、促す。
そのとき、祭りの鐘が昼を告げた。
広場には美味しそうな料理の香りが漂い始め、人々は食事の時間を待ちわびている。
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一方、その頃、鉱山では別の緊張感が漂っていた。
閉鎖された鉱山の休憩所には、サイラス騎士団長と第一小隊隊長のガレスが立っている。
彼らの前には、拘束された黒烏の戦団のリーダー、ゴルバス・アイアンアームとドーガン・バルクが膝をついていた。
「なるほど、強烈な煙に燻し出されて獣のように飛び出したところを、一撃で倒されたと…」
サイラスはゴルバスの話を反芻しながら呟く。
その左頬には、鮮やかな紅のキスマークが残っている。
綱引きでの勝利の証だ。
それを見たゴルバスは鼻で笑った。
「テメェ、なんだそのキスマークは。腑抜けやがって」
「これか?これは貴様を下したという、お嬢さんから頂いた口付けだ。まだ信じられんがな。」
サイラスは軽く肩をすくめて答える。
その言葉にゴルバスの表情が険しくなる。
「あのクソアマの見た目で騙されんじゃねえよ!エグい得物持ってんだよ。」
隣でドーガンが声を荒げる。
「俺は、そいつらの乗る荷馬車を襲ったんだが、手下の武器が一瞬で刃先を切り落とされたんだ!俺のメイスも同様だ。見たこともない動きで、鳩尾に一発食らったんだぜ!」
彼の必死な訴えに、ガレスは興味深そうに眉をひそめた。
「ほう、どんな流派なのか気になるな。しかし、あのようなレディと剣を交える気にはなれんし…」
サイラスは腕を組みながら考える。
「女子供相手に掠奪して腕が鈍ったんだろう。移送の準備をするから、午後にはここを出る。覚悟しておけ。」
そう言って立ち上がるサイラスに、ゴルバスが焦った声を上げる。
「普通じゃないんだって!おい、見ろよ!この断面を!」
彼は拘束されたまま、義手を必死に見せようともがく。
サイラスはため息をつきながら背後に回り、その義手を確認した。
「団長、どうしました?」
ガレスが不思議そうに尋ねる。
サイラスの視線の先には、まるで鏡のように滑らかに切断された金属の断面があった。
「…どうだ、お前に同じことができるか?」
サイラスは低い声で問いかける。
ガレスは目を見開き、その断面に見入った。
「いや…思い切りグレートソードを叩きつけたとしても、砕ければいい方だ。こんな切断面は見たことがない。」
二人の間に重い沈黙が流れる。
ガレスは再び義手に目を戻し、信じられないという表情を浮かべた。
(これを、あのお嬢さんがやったというのか?しかし、これを口頭で伯爵に報告しても、信じていただけるだろうか。)
サイラス騎士団長は内心の不安を抑えきれず、遠くを見つめた。
遠くで子供たちの笑い声が風に乗って届く。
祭りの明るさとは対照的に、鉱山の空気は重く、二人の騎士は深い思案に沈んでいた。