異世界へ召喚された女子高生の話-81-
▼いちばん真実に近い虚言
砂浜から海を眺めていた高橋美咲は、ふと反対方向に目を向けた。
いくつかの建物が見え、日本であることに間違いはなさそうだ。
まだ明け方なので、人影は遠くにちらほらと見える程度。
車も時折、走っているようだ。
「とにかく、道路の方へ歩けば何とかなるかも。」
そう考えた美咲だったが、ふと自分の姿が気になり、スマホのカメラアプリを立ち上げて自撮りモードで確認した。
長い髪は乱れ、お化けのようで、顔や身体には女性騎士から受けた暴力の痕が残っている。
メイクイーンの衣装にも、クラウスの血液が飛び散ったままだった。
「まるで殺人犯か、事件の被害者みたい…。これは人目を避けた方が良さそう。」
美咲は頭に花冠を乗せ、腰に巻いていたモスグリーンの布を肩にかけて、胸元の血の跡を隠した。
砂浜を抜けてからは、美咲は慎重に(苦手ながらも)何かで身体を隠しながら、車道や建物のある方角へと進んだ。
すると、駐車場に差し掛かったとき、車の近くで水着姿の男女が身を寄せ合い、甘い時間を過ごしている現場に出くわしてしまった。
そのカップルの男性と目が合った瞬間、美咲は思わず声を上げた。
「久保田先生!?それに立花先生!やっぱり、付き合ってたんですね!」
派手な短パンの水着にサンダル姿の、久保田先生は狼狽し
「なんで、こんなところにいるんだよ!?ここ、御宿だぞ!千葉だよ、千葉っ!」
と、英語教師の立花綺咲先生を庇うようにまくしたてる。
立花先生は花柄のビキニを着ており、豊満な身体を手で隠そうと恥ずかしそうにしている。
パレオやパーカーは地面に落ちていた。
「ああ…、これはお邪魔しましたね。」
美咲は口元に手を当て、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「先生こそ、こんなところで何してるんですか?」
スマホを手に取り、二人の写真を一枚撮ろうとする。
「おい、何するんだ!俺たちは見ればわかるだろ。お前も子供じゃないんだから。」
久保田先生はさらに焦る。
「あははっ、私の想像通りでいいんですね。」
美咲は意地悪く言った。
「お前こそ、なんだ、その花をつけた浮かれた格好は!」
弱点を突かれ、美咲は一瞬たじろぐ。
「うっ、これは…」彼女は一息ついて、言葉を続けた。
「メイデイのお祭りに参加していたら、私を執拗に追いかけるストーカーに狙われちゃって。
今は、同級生の藤井玲奈さんの知ってる、巫女さんの修行場で匿ってもらってたんです。
でも退屈で抜け出して、今、スマホの電波が届くところを探してたんですよ。」
そう言ってスマホを指差す。
(どうよ。全くの嘘でもなく、真実を少し混ぜてるのよ。ストーカーはロウェンのことだし、メイデイも本当だし…)
久保田先生は立花先生と顔を見合わせ、アイコンタクトで何かを確認したのか
「あぁ、…そうか。お前も大変だな。」と、納得した様子で言った。
「ねえ、それが本当なら警察に相談したらどうかしら?ここから北に進めばJR線があって、東へ進むと御宿駅の近くに警察署があるわよ。」
立花先生が訝しげに言う。
嘘なら相談に行けまいと言いたげだ。
その視線には何か敵意すら感じる。
美咲も彼女が苦手で、学校でもあまり接点がない。
「大事にして両親に迷惑かけたくないから、大丈夫です。
それより、コンビニの場所を教えてください。お腹空いちゃって。」
美咲は舌を出しておどけてみせた。
敵意がないことを示そうとしている。
「そこをまっすぐ行くと国道に出るよ。それから東、こっち側へ行けばすぐコンビニがある。
…見たこと、黙っとけよ。」
久保田先生は案内してくれ、小声で忠告してきた。
美咲も
「私のことも見なかったことにしてください。お互い会ってませんってね。」
と、背を向けてコンビニへ向かった。
そこなら、電波もあるだろう。
「ねえ、本当に大丈夫なの?」立花先生は心配そうに尋ねる。
「コンビニで、みのりん(佐藤実里)やモカリン(守山花梨)に連絡したら、またすぐに戻るから、心配しないで。」
美咲は背を向けたまま手を振り、国道に向かって歩き出した。
何だか久しぶりの出会いで、日常が戻ってきた気がする。
沈んでいた心が少し解放され、彼女は微かな笑みを浮かべた。
「こんな時間だけど、友達の声が聞きたいな…」
美咲はそう呟きながら、足を速めた。