異世界へ召喚された女子高生の話-73-
▼悪逆非道のヒロイン
祭りの広場に設けられた屋台小屋は、ベアトリス・ミルストーンの料理の独壇場となっていた。
仮設の厨房からは次々と料理がテーブルに並べられ、祭りに集まった村人たちは、彼女の料理を心待ちにしていた。
新鮮な葉野菜を使ったハーブサラダが、まず目を引いた。
ルッコラやクレソン、ベビーリーフにダンデライオン(タンポポの葉)、パセリなど、地元の自然から収穫されたハーブがふんだんに使われており、シンプルなワインビネガーとオリーブオイルのドレッシングで味付けされている。
目の前に広がるボウルいっぱいのグリーンが、春の訪れを告げているかのようだった。
次に、ほうれん草とフェタチーズのタルトが、テーブルに並べられた。
パリッと焼き上がったパイ生地の中に、ほうれん草とフェタチーズが詰まっている。
これにはパンのお皿が添えられており、祭りの参加者たちは、思い思いに手でちぎって食べていた。
スープも欠かせない。
グリーンピースのポタージュは、野菜の自然な甘みを引き出し、仕上げにクリームを加えてまろやかさをプラス。
熱々のスープを飲むたびに、体がほっと温まっていく。
そして、ベアトリスの名作とも言える、ハチミツとミントのケーキが登場。
爽やかなミントと甘いハチミツが絶妙に絡み合い、一口食べると春の風味が口いっぱいに広がる。
大皿に乗せられたケーキは、手で取って食べるスタイルで、次々と人々の手に渡っていった。
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一方、美咲のチームも負けてはいない。
ストーンハースト亭で準備した「おもてなしショートパスタ」を振る舞っている。
緑色のファルファッレに、ミートソースやチーズソース、そら豆のペーストなど、好みのソースをパンの皿で選べるよう工夫していた。
さらに、油で揚げたスナックファルファッレのハチミツ生姜味と塩味も、葡萄の葉で作った舟形の器に盛り付けられ、変わり種として人気を博している。
「わあ、器用ですね。」と、美咲が感心する。
葉を折り曲げて、器を作る山田剛は
「こういうの得意なんだ♪」と微笑んだ。
その手つきはまるで魔法のようで、次々と美しい舟形の器が生み出されていく。
ミアとクララもやってきて
「ケイリーさん、これ可愛くて美味しい!」と、嬉しそうに声を上げる。
「油で揚げたハチミツ生姜味、最高ね。友達にも教えてくるわ。」
とクララが言うと、美咲は
「ありがとう、ぜひ楽しんでね。」と、微笑んだ。
さらに、騎士団の通信士のフィオナ・スウィフトも
「これ、面白いわね。幕舎で待機中の隊員に持って行ったら喜びそう。」
と、スナックファルファッレを、手に持てるだけ取って去っていった。
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その頃、エリナはフィリップが空を見上げてぼんやりしているのに気づいた。
「どうしたの? 昨日のリリスの話で疲れたの?」
と心配すると、フィリップは
「いや、精霊がたくさんいるな〜って思って…」と答える。
「え、何かいるの? ちょっと怖いんだけど…」
と、エリナが戸惑うと、フィリップは
「大丈夫。ご機嫌だから悪さはしないよ。」と、穏やかに笑った。
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サックレースでリュークと競い合ったレオンは、彼に自慢のパチンコを手渡した。
「これ、お前にやるよ。練習すれば、背面打ちだってできるさ。」
リュークは驚きながらも
「もらっていいのかよ? まだ勝負はこれからだろ?」と、声を上げる。
レオンは少し寂しそうに笑って
「俺はこれから、父さんと行商の旅に出るんだ。いつまでも、お前に付き合ってられないよ。」と、背を向けた。
「必ずまた会おうぜ! 楽しみにしてる!」
と、リュークの叫びが彼の背中に響いた。
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一方、山田は少しずつ料理を口にしていたが、どうも元気がない様子だ。
「アレが欲しいですか?」
と美咲が山田に体を寄せて、耳打ちするように問いかける。
「えぇっ、アレ? 一体…、何のこと?」
山田は意味深な美咲の問いに一瞬ドキリとし、下世話な想像まで膨らませてしまう。
「ふふふ、アレですよ。」
と、美咲はニヤリと笑って、ソナに合図を送る。
しばらくして、ソナが土鍋を抱えてやってきた。
その蓋を開けると、湯気とともに炊き立ての白米の香りが広がる。
「まさか、そんな…」と、山田の目が輝いた。
周囲の人々もその香りに気づき、不思議そうにこちらを見ている。
美咲は土鍋から白米をよそい、すりおろした山葵、刻み葱、鰹節、切り海苔、すりゴマ、刻んだ紫蘇、レモンの皮のすりおろしを、葉で作った舟形の器に美しく盛り付けた。
小さな醤油差しも添えて、見た目も鮮やかな「わさび飯」が完成する。
山田が手を伸ばそうとしたその瞬間、美咲は彼をじっと見つめて
「私のこと、好き?」と問いかけた。
山田は白米の誘惑に勝てず
「好き好き、大好き! こんな料理を作ってくれるなんて最高だよ!」
と、勢いよく答える。
美咲は顔を赤らめながら
「うふふ、私のわさび飯、どうぞ召し上がって♡」と、差し出した。
その様子を見ていた玲奈も
「玲奈ちゃんも、どうぞっ♪」
と、美咲に勧められる。
「あなた、相当のワルね。」
と言いながらも、玲奈はわさび飯を手に取った。
二人が夢中で食べ始めると、その香りに惹かれた騎士のマーカス・ブレイドが「それ、俺にもくれ!」と声を上げた。
「え? うーん、お口に合うかわかりませんけど…どうぞ。」
と美咲が差し出すと、次々とわさび飯を求める声が上がる。
「えぇ〜っ?! これ、そんなに数はないんですよ…」
と、美咲は困惑しつつも、一生懸命に用意を続けた。
山田は自分が美咲に何を言ったのかも気づかず、ただただ異世界で久しぶりに味わう白米に感激していた。
その姿を見て、美咲はクスリと笑い
「やっぱり日本人はお米ですよね。」と、小さく呟いた。
祭りの喧騒の中、二人のやり取りはどこか微笑ましく、周囲の人々も楽しそうにその様子を眺めていた。
美咲の心は満たされ、山田も元気を取り戻し、春の一日が穏やかに過ぎていくのだった。