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異世界へ召喚された女子高生の話-62-

▼お騒がせ少女は今日も低姿勢

ストーンハースト亭の朝は早い。
宿泊客たちが旅立つ前に、朝食の準備やホールの片付けを済ませておかなければならないからだ。

厨房では、美咲みさきが慣れた手つきでパンの生地をこねている。

今日の彼女の装いは、昨日の反省を活かして控えめにまとめていた。
淡い青のパステルカラーのブラウスに、膝下丈のネイビーのフレアスカート。
そして足元はフラットシューズ。
さらにその上からエプロンを身につけ、清潔感のある姿を演出している。

女将おかみさんのメイベルは、本日は絶好調でいつもの腰痛もない様子。
野菜の下拵えしたごしらえをしてるその息子、17歳のウォーレンも黙々と働いてる。

朝の時間帯、姉にあたるメアリーは、嫁ぎ先での家事のため不在だ。
そのため、美咲みさきは彼女の分まで頑張ろうと意気込んでいた。

「昨日は、ご迷惑をおかけしてすみませんでした。」

美咲みさきのこの言葉が、今朝一番の挨拶となっていた。
誘拐された被害者であるにも関わらず、村全体を巻き込む騒動となったことに対し、彼女は感謝と謝罪の気持ちを大切にしていたのだ。

オーブンの前でパンの焼き加減を確認しながら、美咲みさきは何か自分にできることはないかと考えていた。

まだ、村人の間では「ケイリー」と呼ばれ、「英雄ケイリー・ミサキ」が通り名とおりなとして一人歩きしている。

「ケイリーさん、これ、よかったら飲むかい?」

常連客の一人が、ニヤリと笑いながら彼女に声をかけてきた。

「ごめんなさい。皆さんに、『人からの貰い物は食べない飲まない』ってルールにしてるんです。」

美咲みさき微笑ほほえみながら丁寧に断った。
(まるで動物園の『餌を与えないでください』みたいだわ。)
と、心の中で苦笑する。

村人たちのからかいは、彼女を可愛がっているがゆえのものだった。

昨夜、宿に戻った美咲みさきはフィリップに魔術解析で診断してもらい、誘拐の経緯を詳しく話した。
その結果、彼女は「人からの貰い物は食べない飲まない」という新たなルールを皆から厳しく言い渡されたのだった。

フィリップからも注意を受けたので、美咲みさは山田に
「これは家訓として子供にも教えないとね?」
と、冗談めかして言ってみた。

しかし、山田は
「ははは、私に言われてもねぇ。美咲みさきちゃんがしっかり守らないとね。」
と、軽くかわされた。

彼との距離はまだ縮まっていないようで、美咲みさきは少し寂しさを感じた。

(もっと頑張らないと…)

昼食の時間になると、メアリーと交代して美咲みさきも食事の席についた。
仲間たちとスープをすすりながら、彼女は思い切って問いかけた。

「懸賞金って出るんだっけ?」

フィリップは首をかしげる。
「どうだろう。ゼロってことはないと思うけどな…」
どうも、彼は世情せじょうには疎いうといようである。

その様子を見てエリナが、おもむろに手を挙げた。
「メアリー、黒鴉くろがらすの戦団の手配書ってなかった?あったら見せてよ。」

美咲みさきは、エリナとメアリーのやり取りを不思議そうに見守った。
他の仲間たちも、同様に興味津々きょうみしんしんだ。

「人の集まる場所には、手配書が回ってくるものさ。」
と、ゼルギウスが低い声でつぶやく。

「20人だぜ?数だけでも、相当な金額になりそうだなあ。」
と、レオンが指を折りながら計算を始める。

山田が口を開いた。
「取り分とか、決めてるの?ああ、そういえばグループの代表は誰になるのかな?」

フィリップは、すぐさま答えた。
「作戦立案や実行、活躍から言えば美咲みさきだろうね。」

「えっ?!私なの?」

美咲みさき驚いおどろいて目を見開いた。
「てっきり、行商に参加させてもらった形だから、オリバーさんだと思ってたんだけど…ねえ、レオン君?」

レオンは苦笑いを浮かべる。
「父さんは美味しいところを持っていったからね。おじょうさんと仲良くなったんだし、十分だろ。俺もあの時は、美咲みさきがリーダーだったと思ってるよ。」

その言葉から、レオンが父親の行動に少し不満を抱いていることが伺えた。

「何だか大変なことになっちゃったよね。レオン君、ちゃんとオリバーさんと話したの?」
と、美咲みさきは心配そうに尋ねる。

「いや…昨日は忙しかったしね。」
と、レオンは視線をそらし、スープをすすった。

今日のスープは鶏肉のあっさり味だ。

美咲みさきは申し訳なさそうに頭を下げた。
「昨日のことは、本当に私の不注意でごめんなさいっ!」

すると、玲奈れいなが優しく彼女の頭をでた。
「もう、美咲みさきったら。不注意は良くないけど、あなたは被害者なんだから悪くないのよ。」

その時、メアリーが手配書を持って戻ってきた。
「ありましたよ。ふふっ、皆さん見てびっくりですよっ♪」

彼女は何やら意味深な笑みを浮かべながら、手配書の羊皮紙をエリナに手渡した。

「えーっと、これか…ふんふん…えっ?!」
エリナは驚きおどろきの声を上げた。

隣にいたフィリップが覗きのぞき込む。
「一人頭、金貨50枚が、20名だから、合計で金貨、1,000枚だね。」

その金額を聞いて、一同は目を丸くした。
周りで食事をしていた村人たちも、口々に驚きおどろきの声を上げている。

山田が思い出したように口を開いた。
「確か昨日、部屋を借りる時に聞いた話では、共同部屋で一人一泊5銅貨だったよな。金貨は銅貨の百倍の価値だから、0.05金貨だ。賞金1000金貨を使うとすると、2万泊できる計算だ。今のメンバー10人で割っても、一人2000泊、つまり約5年も宿泊できるってことだ。すごいねっ!」

「それは、…かなりの額ですよね。」
とソナが呆然ぼうぜんとつぶやく。

美咲みさきは真剣な表情で皆を見渡した。
「そのお金を、私、派遣されるカラドール騎士団と、グレイロック村の人たちへのおもてなしに使いたいと思うの。足りるかな?」

その提案に、仲間たちは驚きおどろきつつも彼女の顔を見つめた。

美咲みさきは昨日の件もあり、村民に感謝の気持ちを伝えたいと考えているのだろう。
その金額の大きさもあり、それぞれが思うところがあるようだ。

レオンがおおよその必要金額を弾き出してくれて
「騎士団50人 + 村人200人 = 合計約250人となり
1人あたり金貨0.5枚で豪華な食事を提供すると、金貨125枚が必要。」

懸賞金の一部、金貨125枚でおもてなしをしようという計画になった。

▼通貨の価値の目安▼
○一般的な収入○
……日雇い労働者の一日の賃金:5銅貨~1銀貨
……熟練職人の一日の賃金:1銀貨~2銀貨
……商人や騎士の一日の収入:5銀貨~1金貨

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