異世界へ召喚された女子高生の話-58-
▼囚われの少女
グレイロック村から北東に、徒歩でも15分ほどの森の中に、朽ち果てた教会がひっそりと佇んでいた。
かつて旧鉱山が活気に満ちていた時代、この教会は村人たちの心の拠り所であり、忘れ去られた神が祀られていた。
しかし、今は石造りの建物が長い年月を経て崩れかけ、屋根は穴が空き、壁には蔦が絡みついている。
教会の塔は今にも崩れそうだが、それでも遠目にはまだ教会の姿を保っている。
軋む音を立てる壊れかけの扉を通り抜けると、埃まみれの祭壇が目に入り、その周囲には腐った木製の椅子やテーブルが乱雑に置かれていた。
窓ガラスはすべて割れていて、冷たい風が内部を吹き抜け、寒々しい空気が漂っている。
男たちは、少女を連れてこの廃教会に到着した。
馬車で村から遠回りをして、人目を避けながらの移動だったため、疲れ果てていた。
リーダーのカランは肩に小さな鴉を乗せた背の高い無精髭の男で、彼の指示でようやく休憩を取ることができた。
カランの手下は二人。
若い細身で、小柄な茶髪のローク。
中肉中背で浅黒い顔に、革の鎧をまとったサム。
二人とも、目の前にいる乱れた少女の姿に我慢が効かず、落ち着かない様子だった。
少女――高橋美咲(あるいは、英雄ケイリー)は、祭壇の朽ちた顔の無い神の足元の前に、運ばれた。
両手は縄で後ろ手に拘束され、白い旗袍の裾が乱れて露出した足を隠すように体を丸めている。
ラブ・ポーションの影響で体中が火照り、苦しそうにうめいていた。
猿轡を外され、少女は鋭い目つきで男たちを睨みつけた。
「こんなことして、一体何が目的なの?!」
彼女は強気な姿勢で尋ねる。
カランは笑いながら答えた。
「流石だねぇ、鉱山を解放した英雄様は違うな。メソメソ泣かれたら、こっちも萎えるってもんだ。だがな、あんたは俺たちの雇い主、ロウェン・アルディンの花嫁になる運命なんだよ。」
「ふ、ふざけないでよっ!どうして私が、ロウェンなんかと結婚しなきゃいけないの?!」
少女は、声を震わせながら抵抗した。
「おいおい、白無垢のセクシーな衣装まで着て、すっかりその気じゃないか?ここだって、ぴったりの場所だろ?すぐに扉を開けて新郎が迎えに来るさ。それまで、大人しく待ってな、子猫ちゃん。」
カランはそう言い放ち、手下たちに軽く合図を送った。
その合図に、若いロークが興奮した様子で前に出た。
「なあ、カラン、もう我慢できねぇよ。ちょっと触るくらい、いいだろ?」
白い旗袍からはみ出た少女の白い足に、ロークの手が伸びた。
「やめて、近寄らないで!」
少女は叫んだが、縛られたままではどうにもできない。
サムも興奮した様子で
「へへ、俺も少しくらい触らせてもらおうかな?」
と、鼻息荒く前に進んだ。
「お前ら、やめろ!依頼主が見てるんだぞ!」
とカランが一喝した。
彼女には意味がわからなかったが、ロークとサムはすぐに引き下がった。
「ちっ!」
とロークは苛立ちを隠せず、足元の石を蹴飛ばす。
その時、カランの肩にとまっていた鴉が羽ばたき、少女の前に飛び降りた。
すると、その鴉が、かすれた声で喋り出した。
「ミサキ…マッテロ…ミサキ…マッテロ…」
「いやっ!何なのこの鴉は?美咲なんて呼ばないでっ!」
少女は不気味な声に怯え、体を縮めた。
カランは鴉を指差して言った。
「コイツが俺たちの依頼主、ロウェンの『眼』だ。ストーンハースト亭でお前の顔を確認してくれたのもコイツさ。お前たちも気をつけろよっ!依頼主が不満に思えば、仕事の報酬も貰えねぇ。だから、俺たちの仕事が成り立たねぇってわけだ。」
カランは祭壇の裏にある部屋へ、手下の背中を叩いて追い立てた。
男たちは、鴉と少女を残して去っていった。
少女は、不気味な鴉を通して、自分の状況がすべてロウェンに監視されていることに恐怖を感じた。
外は日が暮れ始め、教会の中はますます冷え込んでくる。
彼女の心に広がる不安が、周囲の暗闇とともに大きくなっていった。
それでも、少女はフィリップを信じていた。
真珠のイヤリングを落として手がかりを残した。
彼がそれを見つけて、必ず助けに来てくれると。