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異世界へ召喚された女子高生の話-86-

▼陰に咲く花・日向に咲く花

揺れる肌寒い石の荷馬車の中で、高橋美咲みさきはゆっくりと目を覚ました。

後部座席のシートに横たわり、体には毛布がかけられている。
前の席には、抜き身ぬきみのティルヴィングを手に持つ朝比奈あさひな九散くちるが座っていた。

彼女は美咲みさきの方を振り返り、声をかけた。
「あんた、良く熟睡できるわね。体目的のおっさんの近くでさ。」

隣に座るロウェンをチラリと見ながら、朝比奈あさひなは皮肉めいた口調で言った。

「失礼な小娘め。出血で衰弱した美咲みさきの回復が先だ。親密さを深めるのは、後からじっくりできる。」
ロウェンは腕を組みながら答える。

「昨晩、寝てないから余計にダメだったみたい。ふわぁ~…」
美咲みさきはまだ調子が悪そうにあくびをした。

「へぇ、昨晩はカストルムに行ってたんだって? 伯爵と何かあったの?」
朝比奈あさひな年相応としそうおうの少女のように、興味津々きょうみしんしんに尋ねた。

「大変だったのよ。伯爵の御曹子おんぞうしの命を救ったら、求婚されて、逃げてきたの。」

美咲みさきは、あのとき何度もリリスに助けられたことを思い返していた。

「なんだ、してないのか。伯爵とヤってたら、東桜台とうおうだいの男子たちがガッカリするから、痛快なんだけどなぁ。」
朝比奈あさひなは少しがっかりしたような口調で言った。

「まあ、もう日本に戻ることはないんだけどね…」彼女は微笑ほほえんだ。

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再びロウェンの城へと戻ってきた美咲みさきは、気が滅入めいっていた。

ーーもう来ることはないと思っていた場所だからだ。

活気のある街の住民たちが、馬車の中のロウェンに向かって手を振っている。
石造りの無機質な城の中で、美咲みさきはロウェンに伴われともなわれ、通路を進んだ。

またあの部屋かと思っていたが、今回は以前と違い、一階の門のある扉から地下へと向かった。
長い階段を下り、たどり着いた部屋に入る。

シンプルな造りで、地下のため窓はない。
ベッドや棚、簡易テーブルと椅子がある。

ベッドだけは大きなダブルサイズが用意されていた。

それを見て、美咲みさきは暗い日陰でひっそりと咲く花のようだと、自分の悲しい運命を受け入れつつあった。

「そうだ、服を脱げ。廃教会のような奇跡があってはならん。お前の持ち物はすべて預かっておく。」
ロウェンはそう言い残し、部屋を出て行った。

朝比奈あさひなが舌打ちしながら、美咲みさきに脱ぐよう指示する。

「ほら、早くしなさい。」

無駄に抵抗する気になれず、美咲みさきは制服を脱いだ。

「そうそう、お利口おりこうね。うわあ、ロウェンのヤツ、損したわね。あなた意外と派手な下着してるのね。」
朝比奈あさひながからかうように言う。

それでも会話してくれる人がいて、美咲みさきは少し嬉しかった。

「あははっ、結婚式に出るつもりだったから、ちょっと頑張ったんだけど、無駄になっちゃったね。」
美咲みさきは苦笑いしながら答えた。

「そういえば、あのとき校歌を熱唱してたのをロウェンの使い魔を通して見てたわ。あんた、面白いね。アイツ、顔面蒼白そうはくでビビってたよ。」
朝比奈あさひな抜き身ぬきみのティルヴィングを片手に、楽しそうに話す。

この城でまともに会話できる相手を見つける難しさは、美咲みさきも知っている。
脱いだ服と、魔法の巾着袋を渡した美咲みさきは、不安を口にした。

「まさか、全裸で過ごせってことはないよね?」

「待ってなよ。何か探して持ってくるから。」
朝比奈あさひな美咲みさきの所持品を持って、部屋を出て行った。

意外と良い人なのかもしれない、と美咲みさきは思った。

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一方、美咲を奪われた山田たちは、それぞれの無事を確認し合った後、会議を始めた。

集落で一番広いフィッツジェラルド邸を借りたのだ。
いや、その館の主人ロバートが憤慨ふんがいして、不届きふとどきな連中に鉄槌てっついを下せる者を招集したのである。

当然、エリナも立ち直り、父と共に憤怒ふんどの表情を浮かべ、仕返しの算段をし始める。

「アルステッド家のエドウィンさんの書斎から、オベリシアの書架を通れば、ロウェンの城の書斎まで行けるはずだけど、今回は警戒してるんだろうなあ。」
山田つよしがぼやいた。

「私が風の使いで、一日あればすぐに助けに行けるわよっ!」
藤井玲奈れいな息巻くいきまく

「お前の気持ちはわかるが、行ったところで仕方ないだろ。前の時とは状況が違う。」
ゼルギウスがたしなめる。

「もう、なるようにしかならないでしょ。人数集めて殴り込みなぐりこみよ!」
エリナが、机を叩いて叫ぶ。

「姉さん、無茶苦茶だよっ!」弟のエドガーが頭を抱える。

「何よ!そうだ、フィリップも結婚式をめちゃくちゃにされた仕返しを考えてよ!」
エリナは、もう夫だと思っているフィリップに良案を求める。

「ああ、すまない。ちょっとリリスのことを考えてた。どうもに落ちないんだ。」
ぼんやりとつぶやくフィリップ。

「あんな化け物どうでもいいでしょ?!…本当に腹の立つ奴だわ。何がしたいのかしら…」

「いや、あの人は昔からあんな感じだ。なあ、エリー?」
ロバートが落ち着きなく言う。

「そうよ、エリナ、フィリップ。 よく考えてみて、あれで状況が一変したでしょ?」
エリザベスが穏やかに問いかける。

「一変したというより、美咲みさきちゃんは怪我したことで、猶予ゆうよができたと思う。体調が良くなるまでは、あの感じじゃロウェンは大事にしてくれるんじゃないかな?」
山田は思ったことを口にする。

美咲みさきは痛めつけられて重症を負ったのよ? あの薬がなきゃ死んでたかもしれないってのに!」
玲奈れいな激昂げっこうする。

「お嬢ちゃん、落ち着いて。まあまあ。俺もロバートと、リリスにいたずらしてらしめられたくらいによく知ってるんだ。困った人だが、悪い人じゃないよ。」
鍛冶屋かじやのグレゴリー・アッシュフォードがなだめる。

「私だって、あの人には恩があるけど……もう、いい。話がれちゃったわね。」
玲奈れいなが落ち着きを取り戻す。

「じゃあ、仕切り直しよ。どうやって殴り込みなぐりこみをかける?」
エリナの鼻息は相変わらず荒い。

フィリップが話をまとめようと口を開く。

「じゃあ、書架のポータルから行く第一隊。これは狭い室内にいきなり入り込むから、精鋭部隊だ。
次は玲奈れいなの風の使いで空から撹乱する第二隊。玲奈れいなとリュークとカインの身軽な人選で、おも撹乱かくらんが目的にしよう。
それから最大戦力の地上から正面突撃の第三隊。残りの人間すべてで当たる。一番消耗が激しい激戦の予想されるところだ。
三隊に分けて城攻めというわけだけど、名案というほどの作戦じゃないよ…」

「どうだろう? 他に意見はあるかな?」議長席のロバートが確認する。

「残りの人間って、どのくらいを想定してるの? 十人? 二十人? 数が増えれば、ここから西へ移動するのも大変だけど……」
山田は慎重に尋ねる。

「ポータルでリリス様の小屋の方から出てはどうですか?」
ソナがそっと控えめに提案する。

「うんうん、でも、あの小屋へ一列で送って行って、全員揃ってそろってからロウェンの城へ向かうだろ。馬はポータルを通れないから、小屋から城までは徒歩での移動になるよ。どれくらいかかるかなあ……」

山田は指折り数えるが、想像がつかない。

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その頃、リナ・アルステッドは、つまらない会議に飽きて、外へ飛び出していた。

兄の婚礼、相手は幼なじみのエリナと聞き、実はがっかりしていた。

一日にも満たなかったけど、ケイリー――美咲みさきを姉のように慕ってしたっていたからだ。
久しぶりの再会を楽しみにしていたので、ロウェンに連れて行かれてショックだった。

その現場に着くと、月の女神が見つめる広場で、今も美咲みさきが倒れていたあたりには草花が生き生きと生えて、お花畑と化していた。

「近くで見ると、すごいなぁ、これっ! 見たことないものもある。これ、秋咲きや、一足早い夏の花まであるわ。」

リナはしゃがみ込んで、興味深そうに覗き込んでいた。

「やあ、実に不思議だ! わしも初めて見る。これは一体どういうことだ? 何が原因でこんなことに?」

隣には老人がいて、一緒に花を見つめていた。

「ケイリーさんの血液から生えてきたんだよ。おじいさん、見てなかったの?」

リナが説明すると、老人の興味はリナへと移った。

「ケイリーさんとな。エドウィンが召喚したという勇者かの?」

「あれ? ケイリーさんとお父さんを知ってるの? おじいさんは、だあれ?」
リナはなんだか嬉しくなって尋ねる。

「わしか? わしはアルテミス・グレイウッドじゃ。以後、お見知りおきを、エドの娘さんや。」

アルテミス老人は、リナに手を差し出した。

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