異世界へ召喚された女子高生の話-84-
▼歓迎の準備は密やかに大胆に
時は少し遡り、エルヴァーナの朝。
…フィリップは深い思案に沈んでいた。
幼なじみのエリナは大切な存在であり、将来的には彼女を幸せにしたいと考えている。
しかし、今すぐ結婚するのは性急ではないだろうか。
彼にはまだやるべきことがあり、その途中だ。
間違えて召喚してしまった美咲を何とか元の世界に戻してあげたい。
彼女を振り回しておきながら、自分たちだけ結婚するのは無責任に感じた。
フィリップは挨拶回りを切り上げ、美咲と親しい山田剛に、村の居酒屋で相談することにした。
筋肉の塊のようなゼルギウスと、小柄な少女ソナも一緒になった。
「情けない話ですが、気持ちが定まらなくて、エリナにも美咲にも無責任な気がするんです。」
フィリップは素直に心情を打ち明けた。
山田は真摯な表情で頷きながら話を聞いてくれる。
「大丈夫だよ。美咲ちゃんは心の狭い子じゃないから、書き置きを見たらきっと嬉しそうに飛んでくるよ。」
山田は人懐っこい笑顔で答えた。
ソナも加わる。
「そうですよ。婚礼が終わってから考えれば済むことですっ!」
フィリップは頭をかきながら悩む。
「うーん、でも何か引っかかるんだ。美咲のこととなると。騎士に連れられたけど、どうしてるやら…」
ゼルギウスが低い声で響かせる。
「リリスがついてるんだろ? 美咲は心配ない。もっとエリナに向き合ってみたらどうだ? エドも若い頃は女の子に悩んでたから、やっぱり親子だよな〜。」
「え? 父さんをご存知なんですか?」
フィリップが驚いて尋ねると、ゼルギウスは懐かしそうに微笑んだ。
「昔、リリスとココに来たときに仲良くなったんだ。俺が一つ年上だったから、兄貴ぶんとしてな。」
ソナが興味津々で目を輝かせる。
「ゼルギウス様の若い頃って、どんな感じなんですか?」
「その頃はまだ、細くて貧相だったから、誰も俺のこと覚えてないみたいだな。」
「へぇ〜!全く想像つきませんね?!」
ソナは感心している。
フィリップは、自分の悩みが脇に置かれてしまったことに気づき、苦笑した。
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一方、その頃エリナは衣装の準備に浮かれていた。
「ああ、今まで同年代の子が結婚していく中、一人残されて辛かったわ。
『エリナちゃんには、フィリップ君がいるから安心ね。』なんて言われ続けて、今日まで我慢した甲斐があったわ〜♪」
彼女は母の花嫁衣装を当てがって、当日のイメージを膨らませていた。
「これはこれは、美しい花嫁で略奪のやり甲斐がありますな。」
突然、妙な声が背後から聞こえた。
「誰なの? 隠れてないで出てきなさい!」エリナは強気に声を張り上げた。
その瞬間、見知らぬ男が彼女の腕を掴んだ。
細身で不気味な笑みを浮かべている。
「離して!」
エリナが抵抗すると、もう一人の男が逆の腕を掴んだ。
禿げ頭で目の細い男だ。
「何なのよ、あなたたちは!」
必死にもがくエリナの前に、ローブをまとった魔法使いが現れた。
「エドウィンの坊主の花嫁がいると聴いてな。是が非でも、嫌がらせに来たぞ。」
突然の出来事に、エリナは恐怖を感じた。
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一方、ロヴァリスの森からエルヴァーナへ向かうエリザベスと娘のリナも、異様な光景に出くわしていた。
土塊の人型の動く物が茂みから現れ、二人を取り囲んだ。
「お母さん、これ何?」
リナは驚いて母に尋ねる。
「リナ、気をつけなさい。魔術で作られた魔法生物に違いないわ。」
土の人形たちは無言で包囲を狭めてくる。
その時、髭を蓄えた体格の良い男が現れた。
「アルステッド家の方とお見受けしたがどうかな?」
「そうですけど……あなたが、この土の人形をを操っているの?」
エリザベスはリナを守るように抱きしめた。
「ええ、お嬢さんとご一緒に来ていただきたい。我が主がお呼びですので…」
男は冷ややかに微笑んだ。
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エルヴァーナの集落は、突然現れた土や石の人形たちによって混乱に陥っていた。
彼らは何も語らず、ただ動く人々を追い回す。
動きはぎこちなく、特別速いわけでもない。
山田やゼルギウスたちも異変に気づき、外へ飛び出した。
藤井玲奈はリューク、カインと集落を回っている最中だった。
ゴーレムたちに戸惑い、石を投げても効果がないことに焦る。
鍛冶屋のグレゴリーは店にある武器を持ち出し、皆に配って応戦しようとした。
しかし、斬りつけても叩きつけても、人形たちは怯むことなく動き続ける。
集落の長ロバート・フィッツジェラルドは、息子エドガーや狩猟仲間と土塊の人形と対峙し、得意の弓矢を射かける。
しかし、いくら撃ち込んでも、怯まず動き続ける。
「父さん、どうしよう。これじゃ埒が明かないよ」
エドガーが叫ぶ。
ロバートは腰のマチェットを引き抜き、飛び込んで土塊の身体に叩きこむ。
だが、効いてるとは思えない。
足で蹴飛ばし、マチェットを引き抜く。
土塊の人形は倒れて、ジタバタ踠くとまた起き上がる。
ロバートは歯噛みしながらマチェットを握り締めた。
「くそ、一体何なんだ、…こいつらは!」
人形たちは不気味に動き回るだけで、特に攻撃してくるわけでもなかった。
「これ、どういうこと?」山田が疑問を口にする。
「魔法で動く魔法生物のようだな。ロウェンの仕業かもしれん。」
ゼルギウスは、ソナを守るように立ちはだかる。
フィリップは杖を構え、考えを巡らせた。
「魔法生物なら、中心の核を壊せば倒せるはずだ。ゼルギウスさん、この剣に魔力を付与します。試してみてください。」
フィリップはゼルギウスの大剣に魔力を込めた。
ゼルギウスは頷き、大剣を振りかぶると、ゴーレムの胴体を一刀両断した。
すると、ゴーレムは再生せずに土へと崩れ落ちた。
「おお、見事だ。フィリップ、やるな!」
ゼルギウスは次々とゴーレムを薙ぎ払っていく。
「俺にもお願いできる?」
山田が期待の眼差しを向けるが、フィリップは首を振る。
「あなたの槍では、ゴーレムの核を壊すのに向いてない。」
「そ、そうか……」
そのとき、大きな声が響いた。
「皆の者、集まれっ、集まれっ!花嫁は我が手中にあるぞぉ!!」
「しまった、エリナが!」フィリップは声のする方へ駆け出した。
山田、ゼルギウス、ソナも後を追う。
婚礼の式をする女神像の広場に、石でできた巨大な蜘蛛の上にローブをまとった男が立っていた。
彼の隣には、拘束されたエリナの姿がある。
父のロバートも声を聴き駆けつけていた。
矢をつがえてローブの男を狙う。
「娘を離せ!この変態野郎っ!」
「おお、これはエルヴァーナの長老殿。気の強いお嬢さんはこの通り、大人しくなるまで可愛がってやったぞ。」
と高笑いする。
エリナは髪を乱して俯いたままだ。
ロバートが怒りに任せ、矢を放つが、魔法使いに届かず力無く地に落ちる。
「くそ、何か小細工してやがる。」と、ロバートは舌打ちする。
「お前がロウェンか! エリナを離せ!」フィリップが叫ぶ。
「そうか、エドウィンの息子か。親父に似てつまらん奴だ」
ロウェンは嘲笑した。
「お前の魔法生物なんか、すぐに片付けてやる。そうすれば数の優位はなくなる。さっさと諦めろ!」
フィリップが詰め寄ると、別の男がエリザベスとリナを連れて現れた。
「ボス、連れてきましたぜ。」
「おお、ノボケア。いいタイミングだ。さて、坊や、母親と妹もこちらにいるぞ。まだ、何か言うことはあるかな?」
ロウェンは腹を抱えて笑った。
フィリップは拳を握り締める。
「待てよ。ロウェンさん、あんたの目的は何?
フィリップ君に嫌がらせをしたいだけなの?そんなの根暗でカッコ悪いよ?」
と、山田が打開策を模索すべく質問する。
「誰だお前は? まあいい。私の真の目的はこんなつまらんことじゃない。
高橋美咲だ。彼女がここに来るのを待っているのさ。皆でお行儀よく待とうじゃないか。」
ロウェンは大袈裟に両手を広げた。
エリナやエリザベス、リナが人質となり、フィリップたちはやむなく武器を置いて拘束された。
そして、ついに美咲が黒豹の姿をしたリリスに乗ってやって来た。
彼女の前に立ちはだかったのは、フードを被った少女だった。
風に揺れるマントの下から見えたのは、見覚えのある制服。
女神像が見つめる広場で、緊張が高まる。
実はこの女神像は、グレイロック村で朽ち果てていた顔のない女神と同じ、月の女神セレーネであった。
戦いの行方はいかに——。